透きとおるように晴れた夜 ただ、月の光だけがわたしを照らす
ひっそりと だけど 清廉と光を放つそれを見て 頬を濡らした
この街のどこかで あなたも同じ光を浴びているとして
許されるはずのない この想いが
誰にも知られないことを 祈った
FMラジオから流れたその歌声は、最近デビューしたばかりの女性アーティストのものだった。
ストリングの聞いたきれいな音源だったけれど、その歌手の歌声は痛いほどに切なく胸に響いた。
今日は両親とも家を空けていて、遅くにならないと帰ってこない。
いつもはそういう時、チャンスだとばかりに抱き合うのだけれど、今日はそういう風にはならなかった。
なんだか月がきれいで、それがもったいない気がしたから。
僕は浩樹の部屋で、彼の肩に頬を寄せながら窓から月を見ていた。
こういう時僕たちはいろんな話をする。
「和人のヤツさぁ、いざ告るとなったらびびったらしくてさ。なかなか言えなかったらしいんだよ。そしたら相手の女がまた気が強くてさ、そんなウジウジしてるのが嫌だったんだろうな。言うことあるならハッキリ言いなさいよ!って怒られてそれでいよいよ言ったらしいんだよね。」
話は、浩樹の同級生で、僕とも幼馴染である和人の話だった。浩樹と同じ様にバスケ部に在籍している和人は、マネージャーの女の子のことが好きで、ついに告白したというのだ。
「それで?そんなんでうまくいったの?」
「ま、ビビった割には即オッケー。岸本も和人のこと好きだったみたいよ?」
「へぇ、よかったじゃん。でも和人ってそういうの場慣れしてそうなのにね?以外と奥手なんだ。」
「いやぁ、あれは奥手っていうより、相手が相手だからだと思うぜ?」
「何?そんなに怖い子なの?」
「まぁね。すげーサバサバしてて姉御って感じだね。すごい美人だし。」
浩樹がたとえ親友の彼女とはいえ同級生のマネージャーの容姿を誉めたことで、我ながらバカらしいことにちょっと気分がくもった。それは顔に出てしまったらしい。
「そんな顔すんなよ?もしかして怒った?」
「別に。そんなことで怒るかよ。」
それを認めるのがちょっとくやしくて、バレバレなことに気付きつつ、否定した。
なんだか気まずくて下を向く。
すると、上の方から僕の頭を抱えるように浩樹が抱き寄せた。まるで僕の不安などこの世で一番不要なもののように。
それは頭ではわかっていながらも、本当は浩樹の気持ちをいつも疑っている自分がいた。
「バカだな。優樹は。俺はこの世で一番優樹が美人だと思ってるぜ?」
「買いかぶりすぎだよ。僕なんて、男の癖にちっぽけで。恥ずかしいよ。」
「例え世界中のみんながそう思っても、俺がそう思ってればいいだろ?」
僕の両方の頬を手で包み、おでこをぶつける。一番近いところにある男らしい眼差しに、目がくらみそうだった。
「それに、今までに優樹以上に好きだと思った人間はいないから。」
「これから現れるかもしれないね。そういうヒト。」
「またそういうコト言う…。俺のずっとは信じられない?」
「そういう訳じゃないけど…。」
「ああいいよ、そう思ってな。俺の一生かけて、信じさせてやる。」
そう言って浩樹は僕のこめかみにキスを落とした。
それだけで、ドキドキする。
まだ若い僕たちは。罪悪感を感じないように、ただただ自分の気持ちにまっすぐに生きている。
いつか来るであろう壁を、見ないようにして。
もしかしたらその壁は、すぐそばに忍び寄っているのかもしれないけれど。
今のこの空間は僕ら二人だけのもの。もう少し時間がたったら、僕らは兄弟に戻らなくちゃいけない。
そのほんの数時間の間、静かな月夜の中、何百回もキスをした。
「ユウキ、どうしたんだい?急にシリアスな顔になって。」
昔日本から持ってきて捨てられずにいたものを整理していたら、いつの日か浩樹と二人で聞いた曲が入っているMDをみつけた。あのころ頻繁にラジオに流れていたあの曲を、録音しておいたのだ。当時は二人で随分と気に入っていたことを思い出した。
なつかしくなって、僕はMDをプレーヤーにセットした。
ゆるやかなストリングのイントロが流れる。
透きとおるように晴れた夜 ただ、月の光だけがわたしを照らす
ひっそりと だけど 清廉と光を放つそれを見て 頬を濡らした
この街のどこかで あなたも同じ光を浴びているとして
許されるはずのない この想いが
誰にも知られないことを 祈った
知らない間に涙が出ていた。曲を聞いたことで、昔の思い出があふれ出てくる。
「この曲、キレイだね。日本の曲?」
僕の心に何か思うところがあることに気付きながら、それを問い詰めるようなことはしなかった。
それがいつもの、彼のスタンス。
「そうだよ。昔、好きだったんだ。そう…昔のことだよ。」
過去のことにしてしまっても、涙が止まらなかった。
僕は涙を隠すようにして夜空を見上げた。
アパートの小さい窓からは、ちょうど月が出ている。
ただ、ひっそりと。
清廉とした光を放ちながら。
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