この頃自分を酷く醜い人間だと思う時がある。
例えば裏切っているのは僕なのに、“アイツが悪いんだ”と罪をなすり付けている時。
僕たち2人がすれ違ってしまったのは、どちらのせいでもないのにね。
それでも僕は君を責める。
こうして他のひとに抱かれているのは、君が僕を追い詰めたからだって。
けれど本当は、君が僕を追い詰めていたんじゃない。
僕が君を追い詰めて。


そして壊してしまったんだ。



【regret】
〜それはきっと、僕の一生の中で最も深いリグレット〜

the side story of First Love
Naoki & Natsume's story
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「ナツメ、今日も帰らなくていいのか?」


髪を乾かしながら男は聞いた。
僕は情事の後の気だるさからか、帰ることへの気後れからか、まだ何も身に付けずにベッドに横たわっていた。


「ん・・・。今日は泊まっていっていいですか?」」


「ああ・・・いいけど。こう毎週毎週週末に外泊してたら怪しまれるんじゃないのか?」


そう言って男はベッドの縁に腰掛けて、僕の髪をなでた。


「もう気付いてますよ・・・きっと。」



僕とこの男<田辺晴彦>は5ヶ月前から体の関係を続けている。
田辺さんは僕の直属の上司で、30歳。独身。
今年の四月に移動で僕の所属する営業2課の課長に就任してきた。
一緒に外周りをすることも多くて、よく会社帰りに飲んだりしていくうちに僕のことをとても可愛がってくれるようになった。
始めは、仕事のこととかをいろいろと相談する仲だった。
しかし僕が同棲中の恋人とうまくいかなくなって、そのこともいろいろと相談するようになってからさらに親密さは増した。
そして、一回どうしようもなく切羽詰った時に、彼と身体を重ねてしまった。
田辺さんは、ゲイだった。
仕事もできて、顔も良くて、女子社員からは人気の的なのに浮いた噂がなかったのはこういうことだったのかと妙に納得したのを覚えている。
一度身体を重ねてからはなし崩し的に何度もそういうことに至ってしまっていた。
もちろん田辺さんは僕に相手がいることは知っていたし、同棲していることも知っている。
それでも僕とこうしているのは僕のことが好きなのか、それともただのセフレの一人として認識されているのかはわからない。
怖くて聞けないというより、むしろ僕にそんなあつかましいことを聞く資格なんてないと思った。
こんな始まり方をして田辺さんのことを好きかどうかなんてわからない。
けれど彼がいてくれたことで僕は随分と救われたことも事実だ。

僕と同棲相手である高梨直輝は、大学時代の同級生だ。
お互いその時まで男と付き合ったことはなかったが、僕は友達としてというよりも直輝のことをそれ以上に見ていた。
運命なのか、直輝も僕のことを恋愛対象としてみていたみたいで、大学4年の時に3年間の友人期間を経て付き合い始めた。
そして就職と同時に同棲を始めた。
直輝は才能のある男だった。
僕が一般企業の営業職という普通の道を歩き始めたのに対して、直輝は大学在学中から始めていた物書きの仕事を本格的にスタートさせた。
一度名のある賞を取ってからは印税もたくさん入ってきたようだし、本業の小説の仕事以外にもエッセイやらコラムやらで仕事は絶えないみたいだった。
直輝は家で仕事をすることがほとんどだったから、家事なんかもよくしてくれて、僕らの同棲生活は順調かのように見えた。


しかし、いつしか僕らの間には見えない溝が生まれていた。


始めは、何がうまくいってないのかわからなかった。
けれど確実に僕たちの距離は広がっていってた。
いつも外で仕事をし、いろんな人と会っている僕とは違い。
直輝は仕事柄外に出ることも少なく、いつの間に彼にとって僕が全てになってしまっていた。
ワガママかもしれないけれど、僕はその感情の重さに息苦しさを感じてしまったんだ。
だから直輝が僕のためにしてくれることの全てをうざったく感じてしまう。
残業で帰るのが午前様になっても、ちゃんと僕の帰りを起きて待っててくれる直輝が無性に疎ましかった。
それは、態度に出て現れる。
時々直輝と口を利くのも億劫になったり、逆に仕事で上手く行かないことなんかがあると八つ当たりもしたりした。
そんな僕を、仕事が大変なんだねって労わろうとする直輝に憎しみすら覚えた。


(何で直輝は俺のことばかり考えるんだ。もっと自分のことを考えろよ!)


溢れていく憎悪を感情を、僕は田辺さんに抱かれることで解消している。
年上の、優しい人。
ちょうど良く、僕を愛して。
ちょうど良く、僕を突き放す。
追われることよりも、追うことに飢えていた僕は、田辺さんとのセックスに溺れていった。







朝7時ごろ、僕は田辺さんの部屋を出て直輝と暮らすマンションに帰った。
直輝は僕とは違ってケタ違いの収入を得ていたから、僕もその恩恵でかなりの高級マンションに住むことができた。
1フロアに1部屋しかないデザイナーズマンションは快適な住空間だったけれど、最近は最も帰りたくない場所だ。
ドアを開けて廊下を抜けると、広いリビングがある。
2人とも白が好きで、ソファやら壁紙やらほとんどの家具をホワイトで統一している。
その2人で買った大きな革張りの白いソファに、見慣れた姿の男が寝そべっていた。
ちゃんと寝室で寝ていないその姿を見ただけで、僕を待っていたことがわかる。
それを見て僕の心に苛立ちが生まれるのを感じた。
リビングを抜けて自分の部屋へ戻ろうとすると足音に気付いたのか、直輝が目を覚ました。


「ん・・・今、何時?」


「朝の7時。」


そう言った時直輝の顔が少し引きつった。


「昨日どしたの?また飲んでたの?」


「ああ、また課のヤツらと飲みに行って、そのまま泊まった。」


嘘をつく時は多少罪悪感を感じる。それでもバレないようにと思って目線を合わせないように言った。
バレないように、なんて何で思うんだろう?
もしバレてしまえば直輝と別れることになるかもしれない。それはそれでいい気がする。
まだ、僕も直輝を捨てきれないでいるのか・・・。


「それにしても最近随分多くないか?飲み会。」


「新しく来た課長がさ、好きなんだよ。部下引き連れて飲み歩くのがさ。一応職場の人間関係もあるし、ある程度付き合っておかないと。これでも大変なんだよ。サラリーマンも。まぁ直輝にはわからい話かもしんないけど。」


僕はずるい。こう言えば直輝が何も言えないのを知ってて言ってる。


「そっか。じゃあしょうがないよな。」


浅くため息をついて、直輝は言った。
そしてソファから起き上がるとそのまま前に立つ僕を抱きしめた。


「どうしたの?急に。」


「何でもないけど。ちょっと甘えたくなった。」


直輝が何かに怯えているのがわかった。
きっと、急な僕の変化に何かを気付いているんだろう?
それでもこの不安定な幸せを壊したくなくて、必死で我慢している。


「お風呂入ってきたの?」


僕のお腹に顔をうずめていた直輝が顔を上げて聞いてきた。


「何で?」


「いや、石鹸のニオイがするから。」


「ああ、泊まった家のヤツのとこで借りた。酒くさかったから。」


「ふーん。そっか。」


そう答えた直輝の声は、僕の言葉を信じていないみたいだった。

一体いつから僕らはすれ違ったのだろう?
今となってはそれすらもわからない。
問題なのは、僕がこの溝を埋める努力をしようと思っていないところだ。
別れる勇気もなくて、かと言って分かり合おうともしない。
こんな状態がいつまで続くのかと思ったら、休日の朝だというのに憂鬱な気分になった。














崩壊は、急に訪れる。
それは僕にとって直輝との2年間の中で最大の“失敗”だった。




その日は金曜日で。
いつものことなら飲み会と偽って田辺さんの家に行く予定だった。
しかし田辺さんが出張に行ってしまったため、僕は結構早く家に帰った。
久しぶりに早く帰って来たことに調子を良くしたのか、今日の直輝は機嫌が良く、2人の間も和やかだった。
いつも忙しいからと言ってずいぶんお預けを喰らってきた直輝は、ベッドに入るやいなやすかさず僕の上に乗ってきた。
直輝が与えるダイレクトな快感に、僕は暗い気持ちも忘れて翻弄され始める。
2年も付き合って入れば、お互いドコがいいかなんて知り尽くしていて。
僕の気持ちいいところを直で狙って責めてくる愛撫に、陥落し始めていた。
久しぶりに体の中に直輝を感じて、僕らの快感も最高潮を向かえる頃だった。
下から激しく揺さぶられて、僕の視界が揺れる。
僕は現実と夢との交じり合った境界線を、見誤った。




「ん・・っあ!・・晴・・・彦さん!」


いつもは“田辺さん”とよぶ上司の、アノ時に使う呼び方を叫んでしまった。
一つになって揺れていた僕たちの体が止まる。
繋がった部分はそのままに、直輝は信じられないというような目で僕を見た。
その鋭い視線を受けて、僕は初めて自分がした失態を理解した。
しばらく、声は出なかった。


「ごめ・・・。」


「何で謝るんだ?」


「あ・・・。」


「何に謝ってんのかって聞いてんだよっ!」


一瞬で怒りを露わにしは直輝は僕の両腕を掴むと腰を一気に突き、僕を奥まで貫いた。


「っつぅ!」


急な衝撃に僕は奇声を発した。


「痛がってんじゃねーよ。何?お前俺に隠れて他のオトコにもケツ差し出してんの?どんな淫乱だよ?」


そう言いながらも直輝はどんどん腰を進める。
さっきまでしていたお互いの快感を求めるようなそれではなく、ただ自分勝手に欲望を満たすための動き。
パンパンと肉のぶつかり合音が妙に響く。
掴まれた腕が痛い。


「俺と他のオトコとどっちが気持ちイイ?」


直輝の狂気に怯えながら、僕は馬鹿みたいに首を振った。


「そんな泣きそうな顔しちゃってさ。それで何人のオトコをその汚いケツに招き入れたワケ?」


「ちが・・う!」


「違うわけないだろ?誰だよ、晴彦って?ちゃんと説明しろよ!」


「・・・。」


当然答えられるわけがない。
僕はちゃんと直輝を裏切ってる。


「ホラ、何も言えない。やっぱりそうなんだろ?」


直輝は僕の髪の毛を急に掴み、顔を至近距離に引き寄せた。
近くで見た彼の顔には、狂ったような怒りの火が灯っている。


「浮気してんだろ?その晴彦ってヤツと。週末はいっつもそいつとヤってんだろ?」


僕は恐ろしさのあまり必死に首を振った。
しかし直輝からの叱責はさらに激しくなる。
掴んだ髪の毛で僕の頭を上下に揺らしながら尋問を続けてきた。


「浮気してるならしてるってハッキリ言えよ!」


怒りの中に、無限の悲しみが見えた。
あまりの尋問に耐え切れず、僕はついに真実を口にした。


「ごめん・・・会社の上司と・・・寝た。」


それを聞いた直輝の顔が歪んだ。
一瞬泣くのかとおもったけれど、それを打ち消すように憎悪の感情が溢れ出してきた。


「ふざけるな!ナツメのこと、どれだけ想ってるか知ってるくせに!」


僕を穿つ律動は、僕を壊すためのものになった。
それからのことはあまり覚えていない。
狂ったように抱かれた後、手首をくくりつけられて何度も抱かれた。
時にはナオキのではない無機質なモノも入れられた。
僕が必死に痛がって必死に抵抗すると、それはさらに酷い暴力で返された。
この狂宴は、週末の二日間ずっと続いた。
そのうちに日が何度昇ったのか、沈んだのか、わからなくなるほどに。
直輝は僕の身体をボロボロに切り裂いた。

痛みで目が覚めた。
気がつくと僕を拘束していたものはすべて取り払われ、ちゃんとパジャマを着て横たわっていた。
額に冷たいタオルの感触があるということは、熱を出していたのかもしれない。
気だるさと同時に、体中を走る激痛に気がついた。
そして痛みと共に記憶が蘇る。

目の前には僕の額に乗せるタオルとおぼしきものを絞っている直輝の姿があった。
一瞬、恐怖で身がすくみ、動けない。
カタカタと目に見えて震えている僕に、直輝は触れようと手を伸ばすが、僕が身をよじって逃げ出したためにその手を引っ込めた。


「ごめん。」


加害者であるはずの直輝が、酷く傷ついた目をして僕を見る。
それだけ言うと熱さましを取り替えて、部屋の外へ出て行ってしまった。







どんな修羅場があるのかと思った。
しかし体調が戻り、別れたいと言い出した僕の言葉に、直輝はただ「わかった」というだけだった。
それからすぐ次の日、最小限の荷物を持って僕は直輝の部屋を出た。
最後まで直輝は引き止めなかった。
まるで自分が犯した罪の重さに打ちひしがれるように。ただ哀しい目をするだけ。
直輝の部屋を出てエレベーターの扉が閉まった瞬間、僕の目からは涙が流れた。


「ふっ・・・っく・・・」


それはやがて嗚咽となり、僕はその場に蹲った。

僕は気付いたのだ。
直輝の揺ぎ無い愛情に、僕は追い詰められていたのだと思っていた。
でも本当は僕の方こそ直輝を追い詰め、その果てに壊した。
あんな酷い仕打ちをされても、その行為自体に怒りは覚えない。
むしろこんなにも愛してくれた直輝の気持ちを踏みにじることしかできなかった自分を酷く恨んだ。
出会った時から好きだった。
こんな事になるくらいだったら、一生友達でいればよかった。
そんな後悔はもう遅い。
だって僕はあの腕の中がどんなに甘やかで、安らげることのできる場所“だった”ことを知ってしまったから。
何がいけなかったのかなんて分からない。


ただ、わかるのは。


大切なひとを失ってしまったという事実だけなのだ。


そして僕は直輝との2年余の思い出の全てを、この小さな箱の中に捨て去った。




- Fin. -


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