◆70,000HITS REQUEST◆
wish
かみさま、お願いします。
大学に合格しますように。
姉さんのお腹の子供が無事に生まれますように。
ぼくとあの人が、ずっとずっと一緒にいられますように。
行き交う人ごみの中、突然手を取られる。こんなことをするのは人違いじゃなければ彼に違いない。いつも手を繋いで歩くなんてことないから、急につながれてびっくりした。僕は驚きを隠せずに、傍らにいる恋人の目を覗き込んだ。
ぼくの、恋人。
慣れない響きだと思った。生まれて初めて恋人と呼べる存在ができてからまだ一週間ばかりしか経っていない。
彼と初めて会ったのはちょうど一年くらい前の12月のことだった。その頃、義理の兄の隆平さんに恋心を抱いてしまっていたぼくは、ひどく不安定だった。嫉妬や不安や罪悪感に打ちのめされている時に、ぼくはナオキさんに出逢った。
ぼくらはお互いの傷を舐めあうように逢瀬を重ねた。恋愛感情もなく、ただ抱き合ってた。
そんなことが春まで続いた後、結局体だけの関係は破綻した。お互い心の中心にいる他の相手に目を背け続けることができなかったから。
ぼくはそれからちゃんと前を見た。
苦しい気持ちに負けて自分を捨てるんじゃなくて、恋する自分に誇りを持てるように頑張った。
今でも隆平さんのことは好きなんだと思う。でもいつしかぼくにとって体だけの関係と割り切っていたはずのナオキさんの存在が大きくなっていった。
一度傷つけられたりもしたけれど、その奥に潜む悲しみと、優しさを知っていたから。
彼の優しさに、ぬくもりに、再び包まれたかった。
そして恋人に裏切られたことでぼく以上に苦しんでいる彼を守りたいと思った。
離れてから半年あまり。
つい一週間前のクリスマスに、ぼくはナオキさんに逢いに行った。
そして今度こそナオキさんは、別れた恋人のフィルターを通してではなく、まっすぐにぼくを見て受け入れてくれたんだ。
悲しいことなんてない方がいいけど。
ナオキさんと出会えるためのものだったならいらなくなんかない。
物事にちゃんと意味があるならば。
隆平さんに苦しい思いを抱いたのもきっと、ナオキさんを愛するためだったんだ。
ナオキさんと思いを通わせて、ぼくはそう思えるようになった。
それで、いいんだよね?
ナオキさんの目を覗き込むと、いたずらっ子のような目をして微笑んだ。
「大丈夫だよ、誰も見ていないって。」
ナオキさんはどうやらぼくが手を繋いだことに対して抗議している視線を向けたと勘違いしたらしい。
ぼくだってわかってるよ、初詣の人ごみに紛れてしまえば、ぼく達が男同士で手を繋いでいることなんか誰も気にしないってこと。
その意味もこめてぼくは握られた手をぎゅっと強く握り返した。
「さっき随分長い間お祈りしてたけど、何をそんなにお願いしてたの?」
「え?何って大学合格しますよにとか、姉さんの子供が無事に生まれますように、とか。」
「それだけ?」
「それだけ。」
最後の一つのお願いは、なんだか恥ずかしくて言えなかった。大体お願い事ってあんまり人にいうもんじゃないっていいうし。
「そういうナオキさんこそ何珍妙な顔して祈ってたの?」
「ん?俺?俺はねぇ・・・。」
そう言ってぼくの耳元に口を寄せる。
「淳とずっとずっと一緒にいられますようにって。」
耳にかかる息と一緒に、そんな答えが聞こえてきた。
夜の神社はいくら人ごみの中といえど寒いのに、僕の体は一気に熱くなった。
「そんなお願いしたの?」
「ああ。」
「何で?ぼくずっとナオキさんと一緒だよ。」
「これでも不安なんだ。いや、違う。まだ淳を手に入れた実感がないのかもしれないな。」
そう言ったナオキさんの横顔はひどく切なかった。
きっとナツメさんと付き合っていた頃にも、こうして神様にお祈りしていたのかもしれない。皮肉にもそれは、裏切られてしまったけれど。
だから余計にぼくはナオキさんを幸せにしてあげたいと思った。傷ついた恋をしただけ、幸せな恋をしたい。これから始まる新しい一年がそうであるように願う。
「そんなお願い事しなくていいよ。」
「何でだよ?人のお願いにケチつけるなよなー。」
「・・・うない。」
「え?」
「ぼくも同じこと祈っといたから必要ないって言ってんの!」
言ってしまった瞬間ナオキさんが目をぱちくりとさせる。一方のぼくは最高に恥ずかしかった。
「早く家帰りたいね。そんなこと言われたらなんかしたくなってきた。」
「なんかって・・・!除夜の鐘ついたのに煩悩だらけじゃん。」
除夜の鐘って108つの煩悩をやっつけるためにつくんじゃなかったっけ???
けらけらと笑いながらぼくたちは家路についた。人でごった返す神社の境内を抜けても、ずっと手を繋いだままで。
それから家に帰って、ひとしきり愛し合ったぼくたちは朝までぐっすり眠った。
真っ白いシーツにくるまって、そしてナオキさんの腕にすっぽりと抱きすくめられて。
目が覚めると、ちょうど辺りが明るくなる頃だった。部屋のカーテンを全開に開けると都心の高層ビルの向こう側から強烈な明るさを放つ日の光が現れようとしている。
この光景を一緒に見たくてぼくはナオキさんの肩口をたたいた。
「ナオキさん、見て。初日の出。!」
「ん・・・。!ほんとだ。キレイだな。」
うっすらと辺りを明るくし出した太陽は、やがてその姿を徐々に現した。この、一年が始まることを告げるように。
「ぼく達は、始まったばかりだよね。」
体の関係はあれど、いまとても新鮮な気持ちだった。新しい一年を大好きな人と迎えるということの素晴らしさを知った。
「これからだ。何もかも。もっともっと淳のこと知りたい。もっともっと淳のこと大切にしたい。」
「ぼくもそう思ってるよ。今まで相手にこうされたいとか、そういうことは考えたことあったけど、自分の手で何かをしてあげたいと心から思うのはそう・・・きっとナオキさんが最初の人だよ。もっと一緒にいたい。ぼくはまだ子供だけど、絶対に大学受かって少しでも大人になれるようにがんばる。」
「淳はそのまんまでいいよ。高校の制服を脱がすのもなかなかそそられ・・・」
「バカっ!せっかくヒトがまじめーに言ってるのにオヤジ発言しないでよ。」
「オヤジってキズつくなぁ・・・おい。」
「セクハラばっかしてるからだよ。でもぼくはがんばるよ・・・。あのね。」
「何?」
「大学受かったら家出ようと思うんだ。」
「えっ?東京から出るわけじゃないだろ?俺追っかけてくよ?」
「まさか、東京だよ。でもぼくが姉さんと同居しなければならない約束って高校までだし・・・それに、ナオキさんいやでしょ?」
つまり、ぼくと隆平さんが同居し続けるのはよくないんじゃないか、なんてぼくは思っていたりするのだけれど。
「・・・まぁ、欲を言えばだな・・・だけど。俺のためにそんなこと・・・」
「ナオキさんのためにじゃないよ。ぼくがまぁまず精神的に自立しなくちゃと思ってるから。」
「無理すんなよ。応援はするけどさ。・・・でも一人暮らしなんかしたら毎晩夜這いかけるぞ。」
「はいはい。勝手に言っててよ、エロオヤジは。とにかく決めたからね!」
「っていうかまず大学受かってから言えよな。」
「ですね。」
太陽はゆっくりとこの国に朝を告げていく。
ぼく達は生まれてくる朝を目の当たりにしながら、とりとめのないようなことばかり話した。
けれど本当は、そんなしょうもない話をたくさんできること自体が幸せなんだよね。
まだまだぼく達は始まったばかり。
これから一緒に時を過ごせることを、たまらなく嬉しく思った。
ぼく達の一年はこうして始まった。
片思いではなく、愛する人とともに生きることの喜び。
好きだからこそ感じるどうしようもない不安と切ない気持ち。
その二つを、ぼくは知ることになる。
でもね。
これから先に大きな壁が立ちはだかったとしても。
この時ナオキさんを心の底から愛していたことは真実。
だからお願い。
ずっとずっとぼくの傍にいて。
神様にしたお願いごとはちゃんと叶うんだって、ぼくに信じさせて?
かみさま、お願いします。
大学に合格しますように。
姉さんのお腹の子供が無事に生まれますように。
ぼくとあの人が、ずっとずっと一緒にいられますように。
- Fin -
あとがき
「淳君とナオキさんのその後を是非」というリクを頂いた70000キリリク。いかがでしたか?
その後とは言っても時間的にはクリスマスから一週間足らずしか進んでない・・・なんてことはあえてお気になさらないで下さい(汗)
アヲイの中でも淳と直輝の付き合ってからの話しというのは書いてみたかったので書いていて楽しかったです。
で、この番外はさらに今後の展開への序章だったり・・・。
いつになるかはわかりませんが、今この2人の連載を考えています。(宣言しときます)
この「いつになるかはわかりませんが」がアヲイの常套句だと気付いているかたも多々いるでしょうが・・・(笑)
いろいろと落ち着いたら始めてみますので、お楽しみに。
最後に
私信ですが、リクエストくださったArkさま。大変長らくお待たせしてしまって申し訳ありませんでした。
リクエスト下さった方にはメールにて完成のお知らせと、専用のURLをお教えしているのですが、今回はメルフォからのリクエストだったのでこんな所で失礼します。
Arkさまだけのページをご用意しておりますので、もしご所望でしたら連絡をいただけるとうれしいです。
2004.7.20 アヲイ
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