人は恋だとか愛だとかを、美しいものだと言う。
けれど実際は美しくなんかなくて、ひどく醜い。
傷つけば異臭を放って朽ちる果実のように、どろどろとした感情の集合体なのだ。
相手が幸せならばそれでいいなんて嘘。
結局自分がよければそれでいい。
相手の感情なんかお構いなしで、自分の美徳をなすり合って虚構の世界を創るだけ。

僕は、楽になりたかった。
それだけなんだ。






【夏の残像】


<1>

「なあ、ユウキ。聞いてくれよ!」


騒々しい声がしてドアが開く、僕は急な来訪者に身構えた。
それは不自然なまでの驚き方。
体が反応してしまうのだ。


「ジェフ!人の部屋に入る時はノックしろっていっつも言ってるだろ?」


僕は思わずキツい言葉で責めた。もう何百回も繰り返しているセリフだからだ。


「ゴメン。じゃあもう一回やり直すよ。」


「もういいよ。で、何の用なワケ?」


怒りつつも、僕は彼には何回言っても無駄だと解っていた。
外国人のくせにノックしないで部屋に入るという悪癖はもう治らないだろう。
急にドアを開けられるのが苦手な僕は、はじめの頃はだいぶ怒ったが最近ではあきれていた。


「酷いんだよ!マイクのヤツ部屋に他の男連れこんでやがった!」


同じ様なセリフを聞いたことがある、と僕はため息をついた。マイクやらトニーやらケビンやらクリスやらその辺の固有名詞が違うだけで。


「そりゃ酷い。それでどうしたのさ?」


一応冷たくあしらうのも可哀相なので、愚痴に付き合ってあげることにした。


「両方の股間を蹴り上げてやったさ!当たり前だろ?」


いつも聞いていて慣れているようでも、時々驚かされてしまう。
彼の相当美麗な姿から想像を絶するほどの下品なフレーズがこれまで何度出てきたことか。


「それは痛そうだな。もちろん全力でやったんだろ?」


「もちろん。しばらくはイタくてできないかもってぐらいにね。」


ご愁傷様。
この麗しき金髪碧眼の彼は、最高に気性が激しいのだ。
ことに、恋愛の事に関しては。
僕の想像力豊かなヴィジョンの中では、裸の男2人が例の部分を抑えてピョンピョン飛び跳ねている図が映し出された。


「なぁユウキ、どうして俺ってばいっつもこーなんだろ?バカな男ばっかりに騙されてさぁ。マイクだけは俺のこと本気で愛してくれると思ってたのに。」


「大丈夫だよ。ジェフはカッコいいんだからすぐに恋人なんかできるさ。」


「そーこーが!問題なんだよ。俺の顔ばっかり好きになられてもイヤなんだ。顔もハートも全部ひっくるめてさ、俺のこと想ってくれるステディが欲しいんだよ。」


「いつか見つかるよ。ジェフは見た目がいいんだからそれだけ出会いも多いだろ?選ぶことができるってことさ。顔が不細工だったらどんなにきれいな心を持ってても見てもらえない時があるんだからさ。贅沢言うなよ。僕だって独り身なんだから、うらやましいよ。」


「ユウキはどんなにモーションかけられても全部断わってるじゃないか!それで独り身なんて言うなよ。」


「だってどうせなら好きな人と付き合いたいだろ?誰彼構わず寄ってきた人間と拒まず寝てたらいい恋愛なんてできっこない。」


「う・・・それ、誰の事言ってんだよぉ。」


「別に。ただ運命の人と出会いたいなら数より見極める目が必要だっていう一般論。」


「ユウキしゃん冷たい。」


「僕に甘えるな。」


「・・・。」


すっかりしょげてしまったジェフを置いて、僕は自室のドアへと向かった。


「ちょっと!俺置いてどこいくんだよ?」


「メシ。ジェフの好きなのり巻き作ってやるよ。どうせ何も食ってないんでしょ?」


言った瞬間ジェフの目が輝いた。
と同時に185を超える巨体が僕に全身でしがみつく。


「わーい!これだからユウキって好き。愛してる。」


「うわぁっ・・・暑苦しいし気味悪いから離れてよ!」


僕は重い肉体を腕から外し、突き飛ばした。



この場合の“愛してる”というのは真意ではない。
残念ながら彼と僕は恋愛関係ではないのだ。

僕―後藤優樹はボストン在住の24歳だ。
カレッジを卒業し、現在は日本の旅行会社の現地スタッフとして働いている。
アルバイトとして航空券の発券やツアーで回るレストランの手配などの事務作業を手伝っていたのだが、そのつてで現在の会社を紹介してもらった。
ここでは今までのようなツアーの手配をはじめ、現地の窓口として観光客の相談カウンターなどの仕事もしている。
給料はあまり良いとは言えないが、なかなかおもしろい仕事だった。

そして、恋人に振られて僕に泣きついてきたのがジェフ・ロペス、25歳。
大学院で心理学を学んでいる。(らしい)。
言うまでもないかもしれないが、彼はいわゆる生粋のゲイである。
とは言っても僕の恋人やセフレなどでは決してなく、一緒にアパートをシェアしている相手だ。
僕とジェフが出会ったのはバイト先で、僕と同じ様な仕事を彼もしていたのがきっかけだった。
そこで邪な気持ちではなく(少なくとも僕は)、友人となったのだが、当時ジェフが付き合っていた彼氏に部屋を追い出されてしまったことがきっかけでルームシェアをすることとなった。
そしてなぜか彼は僕をストレートだと思い込んでいる。
僕は何も言わなかったからなのだが、面倒くさいのでそのまま誤解は解かないでおくことにした。
恋愛の回数だけは人並みではない彼が、唯一学んだことは「ノーマルの相手には手を出さない」ということらしい。
もちろん落すこと自体も困難になるのだが、付き合ったとしてもノーマルだった人は自分がゲイだとは認めるまでに時間がかかってしまう。
むしろやっぱり何かの間違いだったと思いたくなってしまうのだそうだ。
そんなわけでもっぱら同士しか相手にしないジェフは、当然僕に手を出そうとしたことなんか一回も・・・・そんなになかった。
今の不自然な間は、何度かキスされたりしたことに由来するのだが。
それもまぁ酔った勢いとか、寝ぼけてとか、つまり事故のようなもので。
つまり彼とは良い友人関係を続けている。




あれからもうすぐ5年が経つ。
あの、日本独特のむせ返るような暑さを孕んだ夏を、もう何年も過ごさずに来た。
当然この土地にも夏は来る。
それでも、僕にとっての夏はあの時と変わらず存在していて。
二度と来ないような、そんな夏だった。




日本からは遠く離れたこの異国にも、もうすぐ夏が来る。




    


2004/10/9






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