<2>

あれから五年もの月日が経ってしまった。



それでも僕は、忘れられない。

最後に浩樹に落した、たった一秒のキスの味を。





正直言って、僕の中では何も変わっていなかった。
まるで、時が止まっているかのように、今でも浩樹のことを思うたびに胸が熱くなる。
僕が日本に残してきた一番大切なものである彼が、幸せであることを祈ってる。
ただ、そうは思いながらも、この気持ちに対する罪悪感は消えることがなかった。
体を繋げるような罪を犯してはいなくても、この気持ちだけで僕は犯罪者になれる。
浩樹を忘れられないことを分かっていながらも、浩樹を思いつづけることは確実に僕への負荷となっていった。

そして、あの日からずっと僕の左腕にはシルバーが光っていて。
浩樹を断ち切るためにはつけないほうがいいとわかっていても、たった一つの彼の片鱗にしがみつくのを止められないんだ。
浩樹からもらったシルバーのブレスは、ちゃんと僕の左腕を守ってくれたから、今では痛むことはもうない。
けれどもあの頃と変わらず弱い僕は、心に鬱積した負の感情を抑えられず、自分を傷つけることを続けていた。


僕の不安定な感情は、右側に向かっただけにすぎない。






夢に浩樹が出てきた。
まだ小さかった子供の頃。
僕より年下なのに、いつも負けん気だけは強くて。
幼稚園で僕がケンカをして負けそうな時は、彼にとっては年上の僕の同級生に対して突っ込んでいった。そんな怖いもの知らずのところがあった。
僕は怖くて情けなくてただ泣いていて。
そんな僕の涙を拭いて、頭を撫でてくれた。
まるでどちらが兄貴かわからないような兄弟だった。

だけどいつの間にか浩樹は大人になっていて。
その腕の中で守っている人物は僕じゃなかった。
顔は見えないが、おそらく女の人。
僕はショックを受けて浩樹に話し掛けようとするのだけれど、体が金縛りのようになって動かないし声も出ない。
浩樹は女の人を腕に抱きながら、僕を見た。
それは凍えるような冷たい目付きで。
そのうち、2人は遠くへ行ってしまって見えなくなる。
僕は無我夢中で2人の後を追おうとして手を伸ばす。

そこで、目が覚めた。
僕の腕は浩樹を求めて本当にのびていた。
寝汗が酷い。
目が覚めても、ここには浩樹はいないのに。
僕は延ばした腕を戻すことができなかった。
自分でも気分が昂ぶっているのを感じた。
いつもこうして悪夢にうなされて目が覚めると、自分がこの世界に一人だけ取り残されたかのような寂寥を感じる。
誰かを呼びたくて、大声を出してしまいそうになるのをぐっとこらえた。
その代わりに机の一番上の引出しからカッターを取り出して。
いつものように、した。
それは僕の中では儀式のようなものだった。
今まで自分の中で渦巻いていた過度の感情が、嘘みたいに静まる。
こんな自虐的な行為、バカだとわかっているのにしてしまう。
それでもこれは僕の中で安定剤のようなものだった。

急にドアが開く音がした。
いつものようにビクっとして振り返るとジェフがいた。一瞬僕の右腕に目をやってから、しかし何事もなかったかのように口を開く。


「ただいま。ケイトからケーキおすそ分けしてもらったんだけど、食う?」


「うん。食べる。」


「じゃあこっちに出てこいよ。」


そう言ってジェフはドアを閉めた。
胸を押しつぶされるかのような気持ち悪さも、ジェフが現れたことで消え去った。

自分の部屋から出るとテーブルの上にはお皿に取り分けられたケーキが置いてあった。
ジェフが救急箱を開けながら座ってる。


「ホラ、早く座って。一応消毒してやるから。」


僕はいたたまれない気持ちになって俯いた。


「ごめん。」


そんな僕に、ジェフは優しい笑顔を見せてくれた。






ジェフは初めて僕のこの癖を知った時、珍しい反応を示した。
例によって僕が刃を沈めていた時、急にドアが開いてジェフが入ってきた。
当然僕がしようとしていた行為を目の当たりにしたのだ。
もうすでに僕の右腕からは随分な量の血が滲んで来ていて、言い訳のできようもない状況だった。
こんな場面を見られてしまってどうしよう、と僕はうろたえていたのだがジェフはいたって冷静に用件を伝えた。


「今日の夕飯何にする?」


僕は普通に会話を続けるジェフを不思議な眼差しで見つめた。
するとジェフはふぅっ深い息をついて言った。


「・・・俺知ってたよ。ユウキが自分を傷つけてること。」


僕としては寝耳に水だった。まさか知られているなんて思わなかったから。


「知ってて・・・どうして止めなかったの?」


「だってユウキは死ぬためにやってるんじゃないんだろ?それがわかったから。他人からは最悪の方法に思えるかもしれないけど、ユウキはそうすることで生きてるんじゃないの?」


この時、僕はジェフをルームメイトにして本当に良かったと思った。
ジェフが僕を理解しようと努力してくれてることが伝わってきたから。
僕はそれをしって急に涙を止めることができなかった。
流れ落ちる涙をそのままに、ジェフの胸を借りた。
ジェフは僕の頭を抱きながら、優しく髪を撫でた。


「でも、そういう風にする前にさ。辛くなったときは俺に言えよ。それをするのは本当にどうにもならなくなった時だけ・・・な?」


優しい言葉に、僕はただコクンと頷いた。




         


2004/10/12












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