First Love

いったいどこで間違えたんだろう。
何を間違えたって言うんだろう。

おしえてよ。お願いだから。
二度とあんなこと言ったりはしないから。
もう絶対あなたのこと困らせたりはしないから。
あなたがしょうがないほどやさしいひとだって知ってたのに…。
あなたが苦しむってわかってたのに…。

「どうして…」
愛してもいない男の腕の中で、ぼくはひとりごちた。




1.恋ニ、堕チル

「ほら、淳、ちゃんと持ちなさい!そんな持ち方じゃ危ないじゃない。」

サイドテーブルを運ぶ手が痛くてちょっと力をゆるめたら、とたんにバランスを崩しかけてしまった。
ぼくに力がないのを知ってて重いものを持たせようとするのが悪い。

「でもこれ重すぎだよ。持てないよ。」

「あんたはもう〜!隆平(リュウヘイ)!ちょっとこっち助けて!」

ぼくが力仕事に全く使えないということにやっと気づいたのか、姉さんは助っ人を呼んだ。

「ん?二人じゃもちきれない?ちょっとまってろよ。…よっこらせっと。」

一気に腕が軽くなるのを感じる。
ぼくはここぞとばかりに手を離した。

「ちょっとちょっと、力抜かないでくれる?」

すかさず罵声が飛ぶ。

「いいじゃないか。淳、疲れたの?少し休むか」

 今日からぼくのあたらしい家族になる人は重いサイドテーブルをいとも簡単に運びながら言った。
男のぼくでも感心するたくましい体である。
たくましいとは言ってもマッチョというわけでは決してなく、程よい筋肉がついたまさに理想の体つきだ。

「うん、ちょっと疲れちゃった。休んでいいかな?」

 ぼくは思いっきり甘えた声で「おにいさん」に聞く。
なんてったってぼくはかわいい「おとうと」を演じなければいけないのだから。

「一日中部屋のものを運んで疲れただろ?冷蔵庫の中のものもう冷えてると思うからそれでも飲んで休んでろ。」

「はーい」

ぼくは運ぼうとしていたたんすから完全に手を離してキッチンへと向かった。

「もう、隆平はすぐに淳を甘やかすんだから!淳はああ見えても高校生の男子なんだよ!力仕事させないでどーすんの?」

「そうやって姉が力強いからじゃないか?淳がああなったのは」

「言ったわね〜。」


 新婚さんのラブラブな会話なんか聞きたくない。
冷蔵庫の扉を開けながらそう思った。

すぐ隣の部屋からは扉を閉じても漏れ出してくるかのように幸せな空気が充満していた。
吐きそうになる。

これからどこかに出かけてしまおうか?
ふとそんな名案が頭をよぎった。
ファミレスで勉強でもしてれば一晩なんてすぐだろう。
今はもう夜の22時過ぎだし。

そうと決めたらぼくはいつも使っているトートを持って家を飛び出していた。
きっと新居で迎える第一日目に弟が一つ屋根の下にいたらじゃまだろうし。
なんてきょうだい思いの弟なのだろう。

…いや違う。そんなんじゃない。
ぼくがあの空間に耐え切れない理由は他にあるんだ。
認めたくないことだけど、あってならないことだけど。
ぼくは…


10も年の離れた姉の芽衣が結婚するといって相手を紹介してきたのは今から半年前のことだ。

今、ぼく(藤村淳・ふじむらじゅん)は17歳の高校二年生。姉(藤村芽依・ふじむらめい)は27歳。

幼い頃に母をなくし、父親も仕事で海外を飛びまわっていたのでぼくを今まで育ててくれていたのはこの姉だった。
小さいころからぼくのおもりばかりさせられていたせいか、姉はすこぶる気が強い。言葉もきつければ態度もデカく、さらには身長もデカい。
その上顔立ちが整っているものだからその威圧感といったら恐ろしいものである。
美大を卒業してすぐに名のあるコンテストで賞を取り、それからは依頼がひっきりなしにくるという売れっ子のイラストレーターとなった。

反対にぼくは姉の気の強さに押されてめっぽう引っ込み思案である。高校では目立たない方だが友達がいないわけではなく、ひっそりと生息している。
姉とは関係無いかもしれないがさらに身長162cmというこの歳の高校生からしてはかなりミニマムである。
しかも姉と違ってこれといって才能がない。

 そんなふうにして兄弟二人で暮らしていたのだが、突然二人きりの生活にピリオドが打たれることとなった。
姉があんな忙しい生活の中でいつ男を見つけたのかは知らないが、いきなりその日は訪れたのである。

「今日淳と一緒に行きたい所があるの。」

 ここのところ仕事で忙しい姉からの突然の申し出にぼくは断れるはずもなかった。
それに、この時の姉の幸せそうな笑顔が何かを予感させた。

 姉に連れて行かれたところは駒沢通り沿いにある「sol」というカフェ。
ペットと入れるスペースが充実していて、飼い主と犬たちがのんびり過ごす。そんな店だった。
ぼく達が店の中に入っていくとカフェのマークである太陽をモチーフにしたTシャツを来た精悍な青年が近寄ってきた。

「良くきてくれたね。」

それは店員が客に対して投げかける言葉ではなかった。
ぼくはそれでなぜだか全てのことがピンときてしまった。
姉さんは結婚この人と結婚するって。

「姉さん結婚するの?」

ぼくがつぶやくと姉と店員との間に数秒の間が生まれた。

「どうしてわかったの?」「どうしてわかるんだ?」

姉と店員の声がハモった。
ぼくらは目を見合わせて笑った。

「ふふっ。なんかおかしわね。そうよ、紹介するわ。常盤 隆平さん。ここの店のオーナーで、今度私のだんな様になってくれるの。」

姉はこれ以上はないというような幸せそうな笑顔で続けた。

「隆平、これが私の弟、淳。仲良くしてやってね。」

「はじめまして。淳くん。今度お姉さんと結婚させていただきます。常盤隆平といいます。」

そういって差し出された手を握り返した時、全ては始まったと思うんだ。

ぼくは隆平さんの目を見た瞬間からそらすことができなくなっていた。



意志の力。



この人はきっといろんなことに強い精神力で立ち向かっているんだろうというまなざしだった。
そして愛する恋人の弟に向ける優しさも秘められたそのまなざしに、ぼくは胸の奥にちいさな焼けるような感情が生まれるのを感じた。
ぼくが…生まれて初めて恋におちた。
それはこの時だったのかもしれない。



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