初めて隆平さんに会ってから、一ヶ月がたとうとしていた。 あの日以来隆平さんはよくウチに来て一緒にゴハンを食べることが多くなった。 カフェはたいてい夜遅くまでやっているのでちょっと手の空いた時間に来るというパターンだ。 うちまでバイクでとばせば10分くらいとそう時間はかからない。 今まではろくに料理もしなかった姉が隆平さんのためとヘタながらも懸命に包丁を握る姿は笑える。 今でこそ料理といえるがはじめの頃はそりゃもうヒドかった。 しかしさすがカフェをやっているだけあって隆平さんが少しずつ姉に料理の基本を教え込むと、姉もだんだん楽しくなっていったようで今ではメニューを考えるのに余念がない。 隆平さんの作るメニューは実に多彩だ。 ちゃんとした和食もつくれるし、イタリアン、中華からデザートまで。 うちで食べるご飯がここまでおいしいなんてこと初めて知った。 姉がぼくの面倒を見たというのだからてっきり姉が家事全般が得意のように思いがちだが実際はそんなことはない。 姉は自分の仕事や勉強で忙しく、ぼくの生活面での世話は全くといっていいほどしたことはなかった。 世話というのはむしろ精神的な面が大きいのである。 では誰が家事をやっていたのかというと自分のことは自分でやるのがウチの常識だった。 だから姉も必要最低限のことはできていたようだがそれと家事ができるというのでは全く別物なのだ。 ぼくはもの心ついた時から自分の最低限の食事をつくり、洗濯をし、掃除をする癖がついていた。 中学生男子、それもおそらく料理にセンスのないであろうぼくが作るご飯が特別おいしいわけでもなく、結果的に食が細くなってしまい今のこの体型につながっている…とぼくは考えている。 それに比べて隆平さんは少ない材料であっというまに食べれるものを作ってしまう。 一度ぼくは隆平さんの料理の腕を誉めて言った事がある。 「隆平さんのお店はやっぱりこんなにいい料理人がいるから繁盛するんだね。」 すると隆平さんは思いがけないことをいった。 「サンキュ。でも実オレ店でめったに料理は作らないんだ。料理はぼくと一緒に店をやってる濠っていうヤツが作っているんだ。」 「えーもったいないよ!」 「でもあいつはオレよりぜんぜん腕がいいよ。オレはただ単にちょっとおいしい料理を作れるだけ。それなりに勉強したから基本はしっかりしてるけど。アイツはそれプラスなんていうか…センスみたいなのがあるんだろうな。そういやこの前店に来た時は買出しにいってていなかったけど今度は濠の作った料理を食べてみるといい。魔法みたいだから。」 「魔法?」 「そう、魔法。ある意味料理って魔法みたいなものだと思うんだ。特に濠の作る料理は特別な魔法だよ。オレはそれをどういう風にお客さんが味わってくれたかを接客しながら肌で感じるのが仕事。」 そうやって自分の仕事に対して熱っぽく語る隆平さんを見て僕の鼓動は高鳴る。それも並みの高鳴り方ではない。 はじめはなんでこんな気持ちになるのかわからなかった。 隆平さんに名前を呼ばれた瞬間、隆平さんと目が合った瞬間、隆平さんとふいに触れてしまった瞬間。 ぼくの体がゆうことを聞かなくなる。 まるで全身心臓になったかのように息苦しくなってその場から逃れたいと思う。 その反面隆平さんともっと一緒に居たいと思う気持ちも高まってくる。 この二つの相反する感情は日を負うごとに大きくなっていった。 しかしこの気持ちが一体何なのか分かるようになるのにそう時間はかからなかった。 自分の心のなかでひそかにくすぶる何か。 ぼくは自分の気持ちを知ってしまうのが怖かった。 絶対にその正体に気づいてはいけない。 ぼくの中にいるもう一人のぼくが警鐘を鳴らしていた。 もしこの気持ちを知ってしまったら…後戻りできない。 そうなってしまったら… 隆平さんと姉とすごす穏やかな時間を失ってしまいそうな気がした。 満たされた時間の中で正体不明の焦燥感だけがつのっていった。 「遅いなぁ…。」 ぼくはテレビを見ながら独り言を言った。 今日姉は隆平さんと出かけるといっていた。 明日ウチの父親に挨拶に行くためにパリに発つのでその買い物をし、夕食も食べてくるそうだ。 友達と遊ぶ時でもそう遅くはならないのに時計はもうすぐ12時を指そうとしていた。 前は少し帰ってくるのが遅くなったくらい何とも思わなかったのに最近妙に胸騒ぎがする。 特に隆平さんと会っているときはなおさらだ。 一人で帰りを待っているとあれこれ想像してしまう。 隆平さんは姉のどこがすきなのだろうか? どんな風に…抱くのだろうか? そこまで考えてぼくは思考を止めた。 「何を考えているんだ?」 実の姉とその恋人のベッドシーンを想像する弟なんて変態以外の何者でもない。 気を取り直してコンビニにでも行くこととした。 小銭入れをポケットに入れてドアノブを回そうとしたその時、外で人の気配がした。 ぼくは手を止めてなぜか鍵穴から外を見た。 姉と隆平さんだった。 「今日はどうもありがとう。買い物に付き合ってくれて。」 「おいおい、二人で挨拶に行くんだからお土産くらい選ぶのは当然だろう?」 「それもそうだけど、いろいろ買ってもらっちゃって。」 「いやいいよ。それにしても緊張するな〜。お父さんオレのこと気に入ってくれるかな?」 「大丈夫よ。私が選んだ人だもの。文句なんか言わせないわ。それに…あっちはあっちでパリで好き勝手にやっているんだから。」 「うん。がんばるよ。ちゃんと芽衣のだんな様として迎えられるように。」 言葉が途切れた後何秒かの空白の後に二人はどちらからともなく見つめあい、顔と顔を近づけた。 そしてついばむように優しく口付けを交わした。 どちらからともなくとても大事そうにお互いの肩に手を回す。 愛し合っていることが全身から伝わってくる、そんなキスだった。 ぼくは二人のキスシーンを目の当たりにして動悸がいっそう早まった。 何よりも本気でお互いを大切にしていることが感じられた。 自分の心臓の音だけが聞こえる。 二人から目をそらすことができない。 二人が別れを惜しむようにしてさよならをいい、ドアに向かってやってくる所でぼくは我に返った。 姉がドアに手をかける前にぼくは全力でダッシュして自分の部屋に行って後ろ手にドアをしめた。 そしてそのままその場にへたりこんでしまった。 「ただいまー。淳。…あれ、いないの?」 姉の声がリビングで聞こえる。 「なんだ…もう寝てるの。」 そういうと姉はぼくが寝てると決め込んで風呂場へと去っていった。 姉の気配が去った後、ぼくは言いようもない虚脱感に襲われた。 足に力が入らない。 反対に心臓だけはおかしいくらいに鼓動を刻んでいた。 家の前でいくら姉とはいえ恋人同士が少しくらいキスをするなんてそう驚くことでもあるまい。 しかしぼくはその光景が目に焼き付いて離れなかった。 姉さんと隆平さん二人のやさしいまなざし。 お互いを思い会ってほほえましいくらいのラブシーンなのにぼくの胸はなぜか痛む。 ほんとうにどごかおかしくなってしまったみたいにきりきりと胸が痛い。 ああ…ぼくはどうにかなってしまったんだろうか。 ぼくはあまりの息苦しさに混乱していた。 どうしてこんなにくるしいんだ? たかが姉さんと隆平さんのキスシーンをみただけじゃないか。 しかし混乱しながらも時間が経つにつれてあるはっきりとした事実がぼくにちかづいてきた。 沸き起こるいいようもない感情。 この感情に名前をつけるとしたら、きっとそれは「恋愛感情」だろう。 ろくに恋愛もしたことないくせに、妙にハッキリと理解できた。 ぼくは隆平さんが好きだ。 姉の恋人としてでなく、それとは違った意味で。 隆平さんがぼくを呼ぶと、ぼくをみると、ぼくに触れるとどきどきする。 そして姉と二人でいる姿を見てあろうことか心の奥で「怒り」を感じてしまった。 つまり嫉妬してしまったのだ。 今まで男はもちろん女の子ともつきあったことのないぼくだがこの気持ちは恋であると自覚してしまった。 それもただの恋ではない。 自分と同じ性をもつ男、しかも実の姉の婚約者を好きになってしまうなんて。 なんてぼくは馬鹿なんだろう。 こんな恋、報われるはずがないじゃないか。 ぼくは生まれてはじめて知る「初恋」にひどくうちのめされていた。 |
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