色付く秋に君を想う


---そうだ、京都へ行こう。




なんてキャッチコピーじゃないけれど、衝動的に来てしまった。

夜の九時は過ぎている。
見知らぬ土地で、知らない人ばかりに一人でいると必要以上の寂しさに襲われた。


「今度休みが出来たら、一緒に京都に行こうな。きっと紅葉が綺麗だから。」


そう言ってたのはいつだっけ。結局一人で来てしまった。
ともかく、今日の宿を探さないといけない。
僕は駅の近くのシティホテルを探し始めた。
とは言え、紅葉真っ盛りの季節。そう簡単に泊まるところが見付かるはずもない。
どこも一杯だったが運良くキャンセルが出たということでなんとか寝るところは確保できた。


殺風景なシングルルームに着いて、ベッドに倒れこむ。
とても静か。
聞こえるのは備え付けの冷蔵庫の音くらいだ。
ひっそりとした状況の中で初めて僕は泣いた。
涙がホテルのベッドをしとどに濡らす。
とは言っても僕の場合悲壮感が漂った泣き方ではなかった。
半分スネたような子供っぽい泣き方。
そうだ。僕は怒っているんだ。
冗談じゃない。



話は5時間ほど前に遡る。
僕、立花 凛(たちばな・りん)は大学1年の時にサークルの先輩だった清水 悠人(しみず・ゆうと)ともう3年間も付き合っている。
今僕は大学三年生、悠人は社会人だ。  学生の僕と、忙しい社会人の悠人とは時間をあわせるのが結構大変だった。
いつも暇ばっかりだと自分が待っているみたいで癪に障るので、僕は必要以上にバイトやサークルに打ち込んでいた。
だから会えるのは週に1回あるかないか。
それでも僕たちが続いていたのはやっぱり僕が惚れているからだろう
いつも冷たい悠人。
僕が夢中になってるってことにすっかり自信を持ってしまっている。
どんなに突き放しても僕が悠人のもとを去らないって思い込んでいるから腹がたつ。
ちくしょう。その通りだよ。バカ。


そんな僕でも今回のことばかりは許せなかった。

今日はあっちから「早く仕事終わった」って、僕の携帯にメールが入った。
珍しく「だから会えないか?」なんて。
いつもだったら「だから会いたい」なんていうセリフは絶対出てこない。
なぜなら悠人は僕から誘うのを待っているんだ。
ところが今日はどうしてかあっちから誘われた。
胸に違和感を覚えながら僕ははずむ気持ちを抑えて待ち合わせ場所へと向かった。
で、悠人の口から出た言葉。
なんだったと思う?
はじめは何て言ってるか全然わからなかったよ。


「俺、結婚するんだ。」


は?


僕はすっかり悠人のことゲイだとばかり思っていたけれど、実はバイだったんですか?

それで、目障りな僕とは別れたいって?
っていうかいつから二股かけてたんだよ!この男は。
怒りと混乱が溢れかえる中、僕は何とか声を出した。


「僕と別れるの?」


「は?」


は?って何?そのために僕を呼び出したくせに。


「お前一人で暴走しすぎ。俺お前と別れる気なんて全然ないから。一応報告。」


「何それ!僕に愛人になれってこと?冗談じゃない。そんなの虫がよすぎる。」


僕はもうこんなやつと話していたくなくて、思いっきり頬をビンタして走りだした。


「おい!待てよ、凛!話ちゃんと聞けって!」


そんな呼び止める声も耳に入らず、一目散で走っていった。


たぶん僕らが会っていた場所が悪かったんだと思う。
僕の学校とあいつの会社との中間地点、品川駅。
そこからは僕を西の都へと誘う交通手段が走っていた。
それからの僕はまるで何かに突き動かされたかのように行動的で。
ATMでお金を下ろし、急いで切符を買って新幹線に乗り込む。
僕は座席に座ると真っ先に携帯の電源を切った。
なんだかひどく感傷的な気分になってうつりゆく車窓の景色を眺めていた。




いつの間にか寝てしまったのか、目が覚めたら朝だった。
チェックアウトの時間が迫っていたので慌てて部屋を出る。
そしてまず僕がしたことはとりあえずお腹の中に何かものを入れることだった。
気がついたらずっと何も食べていなくてぺこぺこなのだ。
その次に、安い服と下着を買ってとりあえず着替える。
あまりにも衝動的に出てきてしまったので着替えも持っていない。
これからどうするんだ、と思ったけどなんとかなるという思いでとりあえず京都駅へと向かった。
さて、今日一日どうしようか。
そう思った時にふいに行きたい所が頭に浮かんだ。
いつか、悠人と京都に行こうっていっていた時に嬉しくて自分なりにガイドブックとか見てたんだ。
まさかこんな時に約に立つとは思わなかったけど・・・。
僕はこの時期京都の中でも紅葉の名所である嵯峨嵐山への切符を買った。




JRで30分ほど電車に揺られると、目的地である嵯峨嵐山の駅へとたどり着いた。
時期が時期だけに紅葉を見物する客でごったがえしている。
空は雲ひとつない晴天だった。


まず僕が向かったのは渡月橋だった。
ガイドブックを見ていた時から行ってみたかった場所だ。
橋の向こう側には山一面に赤や黄色で彩られた紅葉が見頃を迎えていた。
そしてそれは川の流れに色を写し二重にも鮮やかな風景を描き出している。
川原を歩きながら、ここに悠人と来ている自分を空想した。
酷く、切なく、甘い空想。
一緒に観たかったな・・・と、ため息をついているとふいに後ろから声をかけられた。


「お兄さん、人力車乗りませんか?」


振り返ると人力車の客引きの青年が僕を呼んでいた。


「ここら辺案内しますよ。どうです?」


「けど、僕一人だし・・・。」


「一人だからですわ。お兄さんなんか悲しそうな顔してはったから。」


そう言って青年はにこっと笑った。
流されているような気もしなくもないけど、のせられてそのまま乗ってしまった。
青年は、名前を信二と言った。話してみると自分と同じ年だということが判明した。
信二の話はこの地域の知識にあふれていたし、なによりとても面白かった。
さっきまで少しセンチメンタルになっていた自分の心はだいぶ楽になった。
本当にいろんなところに連れて行ったもらった。
ここいらの名所、天龍寺、常寂光寺、清涼寺、二尊院、落柿舎などなど。
どれもすばらしい紅葉だった。


そして、最後にと連れて行かれたのが祇王寺という寺だった。
ひっそりとたたずむ萱葺きの草庵に、苔の緑、そして紅葉の赤が印象的だった。
決して派手ではないけれど、ひそやかな美しさに心を打たれた。


「ここはな、昔は尼寺だったんや。」


「尼寺?」


「女性が出家して尼さんになってすむ所のことをいうんや。昔、平清盛の寵愛を受けていた祇王っていう白拍子がおってな。白拍子つうのは歌や舞を演じる女性のことなんやけどな。まぁともかく天下の清盛に気に入られて幸せに暮らしとったんや。せやけどある日仏御前っていうこれまた白拍子が現れて清盛に舞をお目にかけたいと言ってきた。清盛ははじめ仏御前を門前払いしたんやけど祇王がとりなして仏御前を呼び入れたんや。するとな、すっかり清盛は仏御前に心移りしてしまった。」


「そんな、祇王の立場はどうなるの?」


「どうなったと思う?清盛はな、祇王を屋敷から追い出したんや。」


「ひどい!祇王はとりなしてあげたんでしょ。?」


「その上清盛は仏御前が退屈しているからと言って、祇王に舞を踊るように命じたそうだ。祇王は辛くなってな、しぶしぶ舞を舞ったあと仏門に入り、尼の姿になってこの寺に移り住んだという話や。」


「悲しい話なんだね。」


「祇王の歌でな、京の自分の家を出る時に悔しさから襖に書き写したこんな歌がのこっているんよ。」


『萌え出づるも枯るるも同じ野辺の草 いづれか秋に逢はで果つべき』


「どういう意味?」


「芽生えたばかりの草も枯れようとする草も、野辺の草は結局みな同じように、 秋になると枯れ果ててしまうのです。人もまた、誰しもいつかは恋人に飽きられてしまうのでしょう。」


急に胸が締め付けられた。
これって、僕のことじゃないか。
悠人が結婚すると知って、京都まで逃げてきた僕。
まるで祇王がここにやってきたように。


急に、涙が出てきた。
信二はそんな僕に気付いたのか


「泣きたいときは泣いてもええんよ。ほな、乗って。静かなところに連れてってやるから」


「うん。」


涙が止まらない僕を乗せて、人力車はどんどん人がいないところに走っていった。
ふと止まると、そこには一面の紅葉が広がっていた。


「ここはな、ガイドブックにも乗ってへんから。誰もおらんよ。思いっきり泣き。」


やさしい言葉が胸に染みて、僕は思いっきり泣いた。
この紅葉が僕の涙を吸い取ってくれるようだ。
枯れていく木々の葉のように、やがて僕の涙も枯れていった。
信二は何も言わなかった。
ただ、そばにいてくれた。
信二になら僕の気持ちを聞いてもらえるようなきがして、話し始めた。


「恋人が、結婚するって。聞いて。逃げてきたんだ。」


「フラれたん?」


「いや、結婚しても別れるつもりはないって。」


「ならええやん。相手はまだ自分のこと好きってわけなんやろ。」


「でも!でも僕は愛人になるなんてまっぴらごめんだ。」


「じゃあ何で逃げてきたんやろな。はっきりそう言ってやったらええやないか。」


「それは、そうだけど・・・。」


「まだ、好きなんやろ。本当は。みじめな立場でもええから、一緒居たいんやろ。」


「好きだよ。どうしようもないくらい。でも、僕はそんな辛い立場耐えられない。きっと祇王だって同じ気持ちだったんだよ。」


「あのな、祇王は祇王だ。お客さんも祇王のように相手から逃げてくるのも勝手や。せやけどそんなに好きなんやったら、もう一度ぶつかってみるくらいの度胸あらへんの?」


「ぶつかって、拒否されるのが・・・怖いんだよ。」


「あのなぁ・・・・・。枯れない草もあるんやで。」


急に、世界が変わった。
そうだよな。僕は逃げてばかりで一度も気持ちをぶつけてこなかった。
いつもクールな悠人に、強がってばかりいたけど。
本当は嫌われるのが怖くて最後の最後までいい子になろうとしていたかもしれない。


「決心ついた?」


「うん。」


「その粋や。思いっきり正直な気持ち、ぶつけてきなはれ。そんで駄目やったら、また嵯峨野に来るんやで。慰めてやるさかい。」


「うん。」


「ほな、駅まで送るで。」


「京都弁て、やさしいね。」


「違うわ、うちが優しいんや。」


「あ、そっかそうなんだ。あはは。」


そういう信二が面白くて、ついつい笑ってしまった。


「笑わんといて、そこ。きついわー。」





駅に着いて信二と別れると、長らく電源を入れてなかった携帯の電源を入れた。
するとすかさず着信があった。
悠人からだ。
よすぎるタイミング。まさかずっとかけていたんだろうか。
僕は慌てて通話ボタンを押した。


「はい。」


「今どこだ?」


「え?」


「今どこだと聞いているんだ!」


「あ・・・嵐山。」


「待ってろ。30分でつく。」


「は?・・・ここどこだと思って?」


そういう間もなく電話は切られた。
何?悠人も京都に来てるってこと?
混乱しながら待っていると、本当に30分で来た。
少し慌てたような表情がうれしい。
顔が怒っているのでまた怒鳴られるんだろうな、と思っていたが僕が怒鳴られることはなかった。
代わりに、力いっぱい抱きしめられた。


「凛。」


「ちょっと、人前で・・・離せよ。」


「もう、どこにも行くな。」


初めて聞いた、悠人の情けない声。


「そっちがいけないんだろ!結婚するなんていうから。」


「話を最後まで聞け。俺は結婚すると確かにいったが、違うんだ。」


「何が違うんだよ?僕は愛人になるのなんかごめんだっていっているだろ!」


「お前、俺のこと好きじゃないのか?」


「はぁ?何言ってるんだよ。」


「俺はお前を好きだ。」


「え?」


「もう二度と言わないからな。」


好きだって、この自信家の悠人が俺のこと好きって言った。
「何それ。矛盾してるよ。」


「俺は結婚するよ。そう遠くないうちに。」


「だから矛盾してるってば!。」


「あのな、凛。相手はレズビアンなんだ。」


一瞬時が止まった。
「は?」


「何マヌケ面してんだ。俺は結婚しろってうるさい親戚どもから逃れるために、同じように結婚しろってうるさい親戚を持ったレズの女と結婚するって言ってんの。もちろんあっちも恋人はいるさ。」


「はぁ。」


「相手はもともと友達だったんだよ。それが必要に迫られてこうなっただけ。だからこれからも俺と凛の関係は変わらないの。」


何て話だ。
世の中バカにしてるぞ。
でも。
うれしいかも。
決して下手にでない悠人がわざわざ京都まで僕を追っかけてきてくれた。
その事実だけで僕は心が満たされた。


「ねえ、何で僕が京都に来たってわかったの?」


「お前京都行こうなっていった時すごくうれしそうにしてたじゃないか。ガイドブック読みあさってさ。だからカンで。」


「そっか。で、どうするの?」


「せっかく来たからなー。よし、泊まるぞ。」


「え、でも僕あんまお金ない。」


「そんぐらい出してやるよ。ていうか。」


悠人は僕の耳に自分の口を近づけて言った。


「体で払ってもらうからさ。」


僕の顔が、京の紅葉よりも真っ赤になったのは言うまでもない。
悠人は僕の反応に満足したかのように満面の笑みで僕の手を取った。









超突発的秋の短編。いかがでしたか?
なんか季節モノが書きたいなぁ・・・と思って書いてみました。
写真は祇王寺の写真です。
去年の秋に行ったときに撮りました。
実は今年も京都、行きます。
本当はその時に話を考えようと思っていたのですが、ガイドブックを読んだり去年の写真を見たりしているうちにムクムクと話が出来上がってしまってそのまま書いてしまいました。
うちの受クンはどうも健気さんが多いので、少し強気なタイプが書いて見たかったですがどうでしょう?
それと慣れない京都弁。絶対間違ってる(笑)
知り合いの京都人の男の子を思い浮かべて書いてみたのですが、まぁあんまりつっこまないで下さい。
何か感想やツッコミがございましたらメールフォームからドウゾ。

2003.11.12 アヲイ


ちなみに・・・
この後京都の夜を凛と悠人がどうすごしたのか・・・なんていうオマケ。
一応あります。ちとエロいので苦手な方はご遠慮ください。

ではオマケ→読んでみる?



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