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ポーカーフェイス《1》

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the polestar





この無宗教の国も、キリストの誕生日、の前日にはやたらに盛り上がる。
眼下に広がる光るネオンを見ながら、今宵何万人もの男と女がベッドを供にするのかと思ってウンザリした。
別に急ぎの仕事はなかったが、どうしても今日だけは残業せずに早く帰りたいという同僚達の仕事を引き受けていたらもうこんな時間になってしまった。
俺はエレベーターの中で23時をさすフランク・ミュラーを見てため息をついた。
別に特に予定などなかったのでよかったのだが…。
いや、ここで俺のプライドのために一応言っておくならば誘いがなかったわけではないのだ。
どこかの大学病院で外科医をしているという成瀬さん。
高校時代からもう8年もの付き合いになる相原。
フリーター…というかいろんなところでヒモをやっている橋本。
その他もろもろ。これでもモテているのだ。
ただ、今俺が列挙した名前の数々は総じて「男」だったが。




俺、和田柊哉(わだ・しゅうや)は24歳のシステムエンジニア。一応大企業とも呼ばれる会社のシステム部門で開発を担当している。
職場は俺の住む地方都市の中心部では一番の高層ビルの中にあり、これはまったくの偶然なのだが自分にとって都合のいい場所にあった。
なぜなら俺は物心ついたときからの男しか好きになれないという人種だったから。
その手のバーなどがひしめく一帯に微妙にいい距離であったのである。
高校時代からの付き合いがある相原は別として、成瀬さんや橋本もそういう店で出合った同士だ。
所詮恋人という訳ではなく、単刀直入に表現するならばセックスフレンドの彼らからは、俺は真っ先にイブの予約を申し込まれた。
しかしそのどれも断わってしまった。
どこかヒネくれているのかもしれないが、クリスマスだからといって愛する人と過ごさなくてはいけないルールなど誰が決めたのかと冷めた気持ちしかない。当然彼らのことを本気で愛しているわけではなかったし、相手も同じなのだろう。
そんな相手と過ごしても虚しいだけだと、俺はちゃんとわかっていた。
もしかしたらそんな風にヒネた考え方をしているあたりで、クリスマスを特別視しているのかもしれないが。
とにかく、そんなくだらん行事に付き合ってられるかとばかりに、仕事を片付けてきたのである。

職場のあるビルを出て、ちょっとした公園の前を横切った。
クリスマス期間中というだけあって、12月に入ってからイルミネーションに彩られたそこにちょっと気になるものがあったからだ。
公園のいたるところにカップルがイチャイチャしているのに毒づきながら目的の場所を目指す。
中央付近にある階段の近くに、それを探した。
しかしいつもあるべきものはなく、今日はカップルが座りながら語らっていた。
他の場所も探すがどこにも見当たらない。
公園を出る頃、ため息をつきながら改めて今日はクリスマスだったんだと自嘲した。

俺が探したのは一人のストリートミュージシャン。金曜の夜に必ず公園に現れては優しい歌声を披露するあの男が、今日はクリスマスソングを歌っていてくれるかもしれないという期待は無残にも打ち砕かれた。
そうだ、今日はクリスマスイブなのだから、彼とて一緒に過ごす相手とデートでもしているのかもしれない。
名前も知らないストリートミュージシャンは、おそらく年のころ大学生といった感じの男。
最初に見たのはまだ夏だった。歌はそんなにプロ級と言うわけではないが、歌うことが本当に好きな様子の彼の魅力に、一瞬足を止めてしまった。
彼が金曜の夜にしかこないと分かったのはそれからしばらく経ってから。それからは金曜の夜には必ずそこを通るようにしていた。
20代も半ばの男が一目ぼれというわけではない。たまたま好みのタイプの、ちょっと気になるくらい…だ。
ちょっとがっかりした気分を胸に、なんだかちょっと寂しくなって、馴染みのバーへと足を伸ばした。




そこは入り口に看板もない、奥まった場所にあるバー。
来る客は大体9割が男で、そのほとんどが同性愛者である。
相原に教えられたその店の、すでに常連の俺は、慣れた様子でドアを開けた。
外のクリスマスムードをまったくもって感じさせない店内は、いつもと変わらない様子だった。

ただ、一点を除いては。

偶然にもいつも俺が座る席。カウンターの一番奥から2番目の席にはすでに先客がいた。
いつもの席が取られている苛立ちよりも、そこに座っている人物への驚きから、俺は一瞬立ち止まってしまった。

彼だ。

金曜の夜には必ず公園で歌を歌う、精悍な顔立ちの男がいた。


「あれ、和田さん。今日は絶対来ないかと思ってたのに。」


入り口付近で突っ立っていると、カウンターの中にいた一人の青年に声をかけられた。
彼はこの店「Polaris」のマスターの甥っ子のリョウ。この店でバーテンをしている。


「今日は残業してたの。あいにくクリスマスにデートしてくれる相手もいないしね。」


視界の外に彼を意識しながら、ちょうどリョウがいる前ぐらいの席に腰を下ろした。俺がいつも座る席からは5席ほど離れている。


「何言ってるんですか。年中モテモテの和田さんが。成瀬さんも相原さんもそれ以外にもたくさん、和田さんにフラれたって言ってましたよ。イブには先約いるらしいって。僕もてっきりそうだと思ってましたから。残業とは意外。」


「ハハハ。あの人たちまた余計なことをベラベラと。」


苦笑いしていると、俺の前にジン・トニックが置かれた。俺もいつものこととばかりにそれに口をつける。


「今日マスター休み?」


いつもいるはずのマスタ−がおらず、リョウが一人で店番をしているのに疑問を感じて尋ねた。


「ああ、クリスマスに怜治さんが働くわけないじゃないですか。今ごろカレシとよろしくやってるに決まってます。」


マスターの怜治さんには10年来の恋人がいた。今もそのラブラブっぷりは健在である。


「マスターもいい年こいてやるねぇ。」


「笑ってる場合じゃないでしょう。クリスマスにこんなとこ来て。まさか相手探しにきたわけじゃないでしょうね。」


「まさか。仕事帰りに一杯やりにきただけだよ。」


「そうなんですか。うちの店で一人で飲んでるなんて知ったら、成瀬さんたち悲しみ…はーい、少々お待ちください。すいません、ちょっと失礼します。」


話の途中でテーブル席の客から呼ばれたリョウは、話を中断してそちらの方へと向かった。
一杯目のジントニックがそろそろ残りわずかになってきたのをグラスを回しながら確認した。
さっきから気になってはいても直接彼の方へは向けなかった。こんな場所で会うはずがないと動揺していたのだ。
彼はいわゆる、「この店に来る類の人間」なのだろうか?
様子をそっとうかがおうと、目線を動かしたとたん、心臓が止まるかと思った。


(!!!!)


さっきまで何席か離れた場所に座っていたはずの彼が、俺のすぐ隣に座って俺を見ているではないか。
しかも何にも警戒せずに振り向いたのでかなりの至近距離で顔を近づけてしまっている。キスする三秒前くらいの距離だ。心臓がどうなっているかなんてもはや説明する必要はないだろう。


「こんばんは。」


彼はにっこりと俺に微笑みかけてきた。


「びっっっくりした。」


内臓が口から出そうだ。


「一緒に飲みませんか。クリスマス・イブにこんな美人を放っておくなんてこと、俺にはできないんで。」


歌を歌っている彼とは印象がだいぶ違う。誘いなれたナンパのセリフを聞いてそう思った。
それでも今日ここで会えたことにどこか運命めいたものを感じて、俺はその誘いを拒むことはなかった。

「Polaris」のカウンターで彼から得た情報はあまり多くはなかった。
名前がハルキということ。大学生をしながらストリートライブをしているということ。
ハルキはいつも金曜の夜に前を通っている俺のことは覚えていないらしく、一度もその話題には触れてこなかった。俺も金曜に彼を見ている時に遠くから見るだけだったから、当たり前だ。


「今日はストリートライブしないの?クリスマスソングとか歌ってさ。」


結構アルコールが回ってきているのを感じていた。酒が入ると俺なんかは多分、色づいた目つきになっているに違いない。一応そういう自覚はあるのだ。
そして一方の方のハルキも酒のせいなのか、それとももともとそういう狙いなのか、欲情の火を瞳の中に灯しているようだった。
ほら、現に俺たちの距離はだいぶ狭まっている。はたから見たら恋人同士に見えるかもしれない。


「クリスマスソングなんて歌ったって街中のカップルは自分達の世界に入っちゃって聞いてくれないよ。そんな淋しい思いはゴメンだね。それより、あなたみたいな人と過ごしていたい。」


カウンターの下で、彼が俺の手を握った。
大きくて、熱い手だった。




「Polaris」-北極星-で俺たちは、引き寄せられるようにして出会った。
夜を越え、空の星たちが太陽の光に溶かされてしまうまで一緒に過ごしていたのだけれど、
こんなに求めた夜は久しぶりだ。


この夜、俺の淡い憧れは恋に変わったのかもしれない。




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