111111HITS request

ポーカーフェイス《2》

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old wonds





「やっぱりここにいると思った。」


一人でグラスを傾けていた俺は、ふいに声をかけられた。今日は一人で居たい気分だったのに…。
見つかってしまってため息をついた。
いや、本当は誰かに見つけて欲しかったのかもしれない。なんて、矛盾だらけなんだろう。

俺に声をかけた張本人はコートを預けると隣の席に腰を下ろした。


「何でここに来た?かわいい恋人ができたって言ってたじゃないか。」


「あ〜、アレね。あんなのとっくに終わったよ。マグロちゃんは良くて最初の1、2回だね。」


相変わらずだ。俺も人のことは言えないが、高校時代からの友人でありセックスフレンドでもある相原はいつまでたっても貞操観念というものがまるでないらしい。


「かわいそうに。相原の毒牙にかかっちまって。」


そんな風に言い捨てられた相手がかわいそうになって苦笑いをする。


「それよりお前どうしてこの俺様の誘いを断っておいてこんなこんなトコで飲んでんの?」


「何でって…別に特に意味はないよ。クリスマスだからって特別に誰かと過ごさなきゃならないなんて誰が決めた?」


「だからって暇なくせに断るなよなー。」


そうやって文句を言いながらも、今日俺がここにいることを、そしてその理由を知っているのは相原だけだった。
高校時代から同じ性癖を持つ同士として、そしてそれ以上に親友でもある相原には頼ってばかりだと自覚している。


「別に暇じゃない。今日だって納期がせまってる仕事片付けるのに必死だったんだ。」


「まっいいけどよ。それよりこれからは暇なんだろ?俺んち来いよ。」


もう付き合いは10年以上にもなれば当たり前のようにわかる。
相原の「俺んち来いよ」は「セックスしようぜ」と同義である。
そして俺はよっぽど気分が乗らない時以外はその誘いを断ったことがなかった。














「俺、東京行くから。」


「東京?何しに行くんだよ。いいよな、学生の身分は気楽で。何かお土産買ってこいよ。」


「遊びに行くわけじゃない。東京で暮らすんだ。」


ウソだ・・・。


「大学の卒業式終わったら、すぐに発つ。」


ハルキがここからいなくなってしまう?
突然矢のように降りかかった事実が理解できない。
卒業式までは一週間もない。


「な・・・何で急に・・・。こっちで就職するって言ってたじゃないか。」


ダメだ。声が震えてるじゃないか。
こんな時でも不思議と平静を保たなければならないと、もう一人の自分が言っている。
しょせん俺たちは体だけの関係で、たまたま相性がよかったから一緒にいただけでそれ以上のものなど何もなかった。
現に彼は2年間ほど過ごした時間をいとも簡単に捨てて俺の前から去ろうとしている。
そこに恋愛感情はないと割り切っていても、彼に惹かれていく自分がいて。
これからもなんとなくでも、彼にとっては遊びの相手でも、一緒にいられると思ってた。

クリスマスの夜にハルキと出会ってから他の男と寝る気にはならなくて、彼のためだけに体を差し出してきたのだ。
ハルキからの連絡を待って、一人で夜を過ごすことが多くなって。
普段はセックスフレンド達に決して呼ばせない下の名前で呼んでもらって。
俺も彼のことを「ハルキ」と呼んだ。

こんな時、自分でもバカだと思う。
追いすがりたい気持ちはあっても、それを表に出さないように一生懸命になってる。
それは俺のプライドなのか、それともただ単に傷つくことを恐れているだけなのか。
たぶん両方だ。
みじめな思いはしたくない。俺はこんなことで崩れたりはしない。

「俺やっぱり歌捨てられないからさ。一度本腰入れてやってみようかと思って。」


そう言ったハルキの目は夢と希望で一杯だった。
そこに俺のちっぽけな想いが入る隙間はない。
俺のためにここに居ろよなんて、口が裂けても言えない・・・。


「そうか・・・がんばれよ。」


そう言って送り出すのが精一杯。後はもうハルキの顔すら見上げられなかった。
目が合えば、隠し切れない思いが爆発しそうで。


「柊哉さん・・・・・・。」


俺は平気なんだ。
ただ俺の性欲を満たすためのハルキがいなくなったところで、何も変わりはしない。
他の男と寝て、上手く自分の性癖と付き合っていくさ。


「今までいろいろとありがと。結構楽しかったよ。」














起きると見慣れた天井が広がっていた。とは言っても自宅の天上ではない。鉄筋打ちっぱなしの無機質な天井は相原のうちのものである。
隣で寝ているはずの男の方に目をやると、思いのほか相手は目を覚ましていた。


「なんだ。起きてたのかよ。」


「お前のイビキがうるさくてな。眠れやしねぇ。」


「アホぬかせ。俺はイビキなんかかかねぇよ。それよかお前の歯軋りの方がいつも酷いぜ。」


「ウソつくな。ってかまだ夜中だぜ。」


いつものような軽口の叩きあい。けれどそれは自分の中に広がる名前の付けられない寂寥を隠すためのものだった。
なぜか知らないけれども胸が騒ぐ。何かが、心の中で叫んでる。
それを見透かしたように相原の目は真剣だった。


「お前、泣いてたぜ。」


「ウソだ…。」


言われて頬に手を当ててみると、かすかに水分を感じた。


「まだ忘れてないのか。アイツのこと。」


アイツ。
片思いを何年も引きずるような自分ではない。
そうは思っても、冬になると顔が浮かぶ。声が蘇る。体温を感じるような気がする。
急に俺の前に現れ、急に俺の前から去っていったアイツ。名をハルキという。
4年前のクリスマス・イブにバーで出会って以来、何度も体を重ねていた相手。
ハルキが歌でがんばって行くと言って上京してから2年の月日が流れていた。
今のところハルキが歌で成功したという話は聞いていない。

「アイツって誰のことだよ。」


心の中が嵐に襲われた森のようにざわめきたつ。
枝という枝が風にさらわれてバキバキと音を立ててる。
風によって葉を落さなければならない木々は悲鳴をあげている。

ハルキは俺にとって嵐のような存在だった。
急に現れ、俺の心を乱れさせ、急に去っていった。
残された自分のもとには、ただ、大きな痛みだけ。
それは未だに夢を見て涙してしまうくらい、俺の中に根強く残っているのだろうか。


「じゃあ何で泣いてんだ。何で昨日あそこに居た?・・・やっぱりオマエの中にはアイツの場所がまだ残ってるんだろ?」


「そんなこと・・・ない。アレは単なる遊びだったんだ。まぁ、相原とはそれ以上に信頼もしてるし、大切な友達だと思ってるよ。だけどハルキはそんなんじゃない。俺も割り切って遊んでたし、アイツもきっとそうだったんだろう。」


ハルキのことを思い出すと、胸の中がチクチクする。
そんな自分が嫌いで表情を押し殺した。


「オマエのそのポーカーフェースは相変わらずだな。数ある遊び相手の中で、なんでハルキっていう名前が出てくるんだ。俺はヤツのことなんか一言もいってないぜ。ホント、もっと俺みたいに正直に生きればいいのに。そんなに自分が傷ついてることを認めたくないのか。」


そう思うんだったら、その古傷をえぐるようなマネはやめてくれ。
俺は相原の方をキっと睨んだ。
すると相原は肩をすぼめて言った。


「悪かったよ。今更傷をこじ開けて。」


――――野郎、わかってるじゃないか。




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