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ポーカーフェイス《3》

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storm





嵐は急に、訪れる。











「和田さん、すごいキレイなとこですね。」


「ああ、そうだな。」


今日から任される新しいプロジェクトは、地元有数の食品メーカーである美園フーズのECサイトを構築するというものだった。美園フーズは地元の名産品を中心に画期的な戦略で売上をのばしてきた優良企業である。その会社が、今度名産であるワインや日本酒の類を専門としたウェブ上のショッピングサイトを立ちあげる。そのシステムを作るのが俺たちの仕事だった。
今日はプロジェクトの第一回目の顔合わせとなる。それ以降は社外に持ち出されたくないデータなども存在するということなので、今回のプロジェクトのメンバーとなった数名で美園フーズの一部屋を与えられて仕事を行っていく。
美園フーズは最近ウォーターフロントにできた新しいビルの中に本社を構え、この地方都市の顔とも言えるべき企業となっていた。
キレイな場所でしばらく仕事ができるということは以外と嬉しい。今日同行する2つ下の後輩もなにやらうれしそうだ。


「夜とか夜景キレイなんでしょうね。」


「山下は一緒に連れて行く女なんているのかよ。」


「ひどい。和田さん。痛いトコつかないでくださいよ〜。まぁ和田さんなんて、こういうロマンティックな所に連れてくるような女のひとがいっぱいいるんでしょうねぇ。うらやましい。ね、今度合コンしません?」


「合コン?山下のチョイスイマイチだからな〜。ま、考えておくわ。」


「和田さんいっつもそうじゃないですか〜。やっぱり僕達には秘密のオンナがいるんだ。」


「おーおーそういうことにしておいてくれ。もうこれからは仕事だぞ。そういう話はまた今度。」


美園フーズのエントランスについた俺は、そう言い捨てると受け付けに向かって歩き始めた。


「藤間システムの和田と申します。本日販売促進部の富田さんと打ち合わせのお約束をしているのですが。」


「藤間システムの和田様ですね。少々お待ちください。」


受付嬢は内線電話をかける。電話が終わると美しい受付嬢スマイルで俺たちに告げた。


「ただいま販売促進部の者がこちらまで参りますので、そちらにおかけになって少々お待ちください。」


そう言われて俺たちはそばにあったソファに腰をおろした。さすがに釘をさしておいただけあって、山下も仕事モードに戻ってきている。特に話すこともなく無言で担当者の到着を待った。
こうして同僚に自分の嗜好を隠すことには慣れてはいたが、合コンなどに誘われる機会は多く正直ウンザリする。付き合いや半ば騙されて連れて行かれたこともあったが、やっぱり女性とそういう風になろうとは思えない。そうとわかっててそういう所にいくこと自体が相手の女性達にも失礼な気がして気が引けるのだ。
このあとまたしつくこく誘われるのかな、なんて思ってため息をついていると俺たちの方に向かってくる足音が聞こえた。
慌てて顔を上げる。











ウソだ。











はじめ、幻覚が見えているのかと思った。
何か云わなきゃと、混乱した頭を必死に動かそうとしていると隣の男が先に口を開いた。


「はじめまして。藤間システムの山下と申します。宜しくお願い致します。」


すかさず挨拶を開始する。それを見てようやく俺の固まっていた頭が動き出した。


「同じく、藤間システムの和田と申します。今回のプロジェクトでは一応チーフを勤めさせていただきます。」


相手が自分の名前を語るのを聞きたくなかった。このときになって初めて俺は苗字を知らないことに気付いたのだ。
俺はいつもどんな相手にも柊哉という下の名前を呼ばせなかったし、相手のことも必ず苗字で呼んでいた。
それにも関わらず一人だけ柊哉と下の名前で呼ばせ、下の名前を呼んでいた男がいたのだ。


それが今目の前にいる。


苗字で呼び合うのは体だけの関係に、何も望まないように自分なりに一線を引く方法。けれど彼の時だけは名前を呼び合うことでもっと心を近づけたかったのかもしれない。小さなことだけれど、それが今までの男と彼、今俺の目の前に再び現れたハルキとの違いだった。

「わざわざおいでいただいて申し訳ありません。今回のプロジェクトの責任者である富田なのですが、ただいまちょっと席をはずしておりまして、富田が来るまでの間皆様の部屋と社内のシステムについてまず説明をしたいと思うのですがよろしいでしょうか?」


「あ・・・ハイ。お願いします。」


「恐れ入ります。申し遅れましたが今回のプロジェクトのメンバーでもある、販売促進部の春樹と申します。よろしくお願いします。」

ハルキってなんだ。
ガンと頭を何かで殴られたかのような衝撃を受けた。それからしばらくの間、自分の心がどこかにいってしまったかのように何が何だか理解できなかった。
一体どういう展開なんだ。












一応混乱した頭ながらも、初日に顔合わせはつつがなく終った。
システムを作るために俺たちのチームに与えられた部屋で一息つきながら渡された名刺を見ていた。


販売促進部 春樹忍


そこにはそう書かれていた。彼から教えられたハルキという名前は苗字だったのだ。
それだけのことでもナゼだかちょっぴりショックだった。俺一人だけ盛り上がっていたみたいじゃないか。
それにこれからどうすればいいのだろう。昔のことはなかったことにしておいた方がいいのだろうか。
これは仕事だし、そういうプライベートは持ち込まないほうがいいに決まっている。


けれど・・・会ってしまったことで蓋をしようとしていた彼への思慕が蘇ってきているような気がする。
妙な胸騒ぎを静めようとして、名刺をしまった。


コンコン。


ノックの音がして部屋の扉が開いた。ハルキが顔を覗かせている。


「すいません、和田さん。ちょっとよろしいですか?販売促進部の部長が責任者の方にお話があるそうなんですが・・・。」


「あ、ハイ。今参ります。」


「では案内いたしますね。どうぞ。」


俺はハルキに案内され、エレベーターに乗り込んだ。急にふたりきりになってしまってどうしたらいいか分からない。
多分あっちも驚いているのだろう。エレベーターが目的の階につくまで、俺たちは終始無言だった。
ビルの上層部の階に止まり、エレベーターを降りる。俺はただついて行くだけなのでそのままハルキの後を追って部屋に入っていった。
そこは机が円形に配置されている小会議室。しかし部屋には誰もいないので、ハルキにまだかと聞こうとした瞬間。

強い力で抱きしめられた。
俺より幾分も身長の高いハルキの肩口に、ちょうど顔があたる。


「な・・・に・・・?放してくれ!」


「まさかまた会えるとは思っていなかった。柊哉さん・・・。」


俺はこれ以上ハルキに侵食されてはいけない。そうは分かっていても、抱きしめる腕の力強さにあがなうほどの強い意志もなく、ただ腕のなかで身じろぎをする。


「やめ・・ろよ。仕事中だぞ。」


「まさかまた会えると思ってなかったからさ・・・。な、ちょっといいだろ?」


何がちょっとだ?俺がパニックに陥っている間にハルキの唇が俺の唇を捕らえ、咥内を犯しながらワイシャツのボタンを外す。あっという間に外されたシャツの間から手を入れられて胸を擦られた。


「あっ・・・。」


忘れられなかったあの感覚が蘇ってきて思わず濡れた声をもらした。
俺の反応に気をよくしたのか、ハルキは性急にことを進めていく。俺がイイ場所をちゃんと覚えていることにちょっとした喜びを感じながらも戸惑いは隠せない。


「ひと・・・くる・・っ。」


「この階は今の時間ほとんど誰もこないよ。それにちゃんと鍵かけてあるから大丈夫・・・な?」


彼から与えられる快楽に弱い俺は、脆くもその手中に溺れて・・・。
喘ぎ声をかみ殺しながら愛撫を受けた。

此処がどこかということも忘れて、深く深く溺れていった。
俺は今再び、嵐の中にいる。




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