一ヶ月
side Hiroki 01




「・・・樹。・・・なさい!」


遠くから誰かが呼ぶ声がする。
それでもこの心地良いところから出たくはなかった。
本能的にそう感じて俺はかけていたタオルケットを握りしめた。


「起きなさい!!」


声が急に近くなって身体をゆすられる。
鼓膜が破れるような大声にビックリして意識が覚醒した。
本来なら起こしてもらうのは有難く思うべきなのに、第三者からの刺激による覚醒は不快なもの以外の何者でもない。


「やーっと起きた。朝練に間に合わないわよ、早くしないと。」


目を開けると母親の姿があった。
寝ぼけながらも自分が起こされたということを理解する。


「わかったよ、起きますよ。あーもうウルサイなぁ。」


とことん朝が苦手な俺は無理矢理起こされて心の底から不快だった。
目を擦りながら着替えを済ませ、洗面所に向かう。
顔に冷たい水をかけたところでやっと目が覚めた。


いつもと同じ日常。


でも今日は少し違う。





階段を降り、リビングのドアを開けると俺以外の家族はちゃんと席についていた。


「おはよ。」


そう自分に声をかける人間は昨日までは存在しなかった。
夏季休暇でアメリカから帰ってきた兄がいる。


「おはよう。」


なんだか久しぶりに朝の挨拶をして少しドギマギした。


「おい浩樹、いい加減自分で起きれるようにしなさい。優樹はちゃんと起きてきたぞ。」


父親からは小言を言われ、朝の不機嫌がまたしてもぶり返す。


「はいはい、わーったよ。俺時間ないからさぁ、早くご飯。」


「浩樹、そういう言い方はないでしょう。・・・まったく。さ、ご飯にしましょう。」


そう母親が制して寝起きで反論する気も起きない俺は素直に食卓についた。
今日の朝ご飯は兄貴が好きなだしまき卵とナメコの味噌汁があった。
そういうこと、ちゃんと覚えているんだなって少し母親に感心しながら口に運ぶ。
食卓での話題はもっぱら兄貴の留学先での話だった。
いろいろ話を聞く限り、留学は彼にとって楽しいものであることがうかがえた。


そうだよな。


あのまま日本にいたら俺にしつこくされていただろうし。









俺は"兄が好きだ"っていう気持ちを、随分前から気付いていた。
子供の頃から小さくて、俺の後ろにいつもくっついていた優樹。
そんな優樹が愛しくて守るのに必死だった。
でもそれは俺の独占欲から生まれるエゴなんじゃないかって思ってた。
だから中学を上がると同時に他の人間に目を向けようとしていった。
自分でも自覚はあったけど結構モテたし。
そうして俺はいろんなヤツと付き合った。


でも、それじゃあ優樹と一緒に居る時のような充足感は得られなくて。


しだいに自分が優樹のことを"そういうふうに"すきだって事を分かり始めていた。


キレイで可愛い優樹。
自分のものにしたい。
当然そういう欲求も生まれてきて。
一人でするとき考えるのはいつも優樹のことだった。


そんな優樹がおかしくなったのは俺が中3、優樹が高2の時。
妙に精神不安定になっていた優樹を、まわりの人はあんまり気付かなかった。
表面的にはいつもとかわらない様子で。
でも時折俺の目をじっと哀しそうに見るんだよ。


そして、優樹が高3に上がる頃。
ついに「それ」は起きた。


部活から帰ってきた俺がバスルームで見たのは
真っ赤なバスタブに左手首を突っ込んで倒れている優樹の姿だった。


見た瞬間頭が真っ白になった。
優樹が。
俺の優樹が死んでしまう。


そう思うと必死になって自分の想いを吐露していた。
実の兄だとか。男だとか。
そんなのは関係なかった。
ただ目の前の愛する存在がここから消えてしまうのがたまらなく怖くて。
抱きしめながらやけに優樹の細い体の温かさを感じていたっけ。


結局優樹は俺が早く発見して手当てしたおかげで大事に至らずに済んだ。
手首を切ったことは二人だけの秘密。
そしてこのとき俺たちはお互いに好きだっていうもう一つの秘密を抱えることになる。


長年の思いが叶った俺は全身で優樹を愛した。
心も、身体も手に入れて。
今まで生きてきた中で一番幸せな時間を過ごした。


けれどもそれは母親への発覚という形によって終焉を迎えた。


優樹しか目に入っていなかった俺は、周りのことなんか当然考えていなかった。
優樹も、俺さえいれば他には何もいらないって。
そう考えていた俺がバカだったんだけど。


いくら求めても優樹が俺に抱かれることは、それ以来一度もなかった。


そして、逃げるようにアメリカに行ってはや一年。


この綺麗で愛しい兄は俺のことなどとうに忘れてしまったのかもしれない。
でも、俺はやっぱり。





ふいに優樹と目があった。
お互い目が離せなくて。
このまま見つめあっていたい。
そう思った。
時が
止まった。


しかしすぐに優樹は目をそらした。
まるで俺のことなど何も思っていないかのように。


「ごちそうさん。んじゃ、行って来るわ。」


再び時が動き出した。
俺はすぐに学校へと向かった。





けれど、やっぱり時は止まったままなんだよ。


一年前


優樹が俺を捨ててアメリカに行ったあとも
好きな気持ちはずっと変わらない。
この気持ちにウソはつけないから。





例え優樹が俺のことを忘れてしまったとしても。




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