一ヶ月
side Yuki 02




日本に帰ってきてからの数日間は親戚に顔を出したり、学校の高校時代の先生に挨拶したりと慌ただしく過ぎた。
今日も父親の姉、つまり叔母さんが家に遊びに来ていた。


「あらぁ、優樹君相変わらず色っぽいわねぇ。」


この叔母さん、芳美さんは48歳という年齢を感じないパワフルな女性だ。
バツイチで今は独身だけれども自分で海外の家具や雑貨の輸入販売の会社を作り、メキメキと業績を伸ばしている。
そしてそれ以上によくしゃべるし、かなり綺麗だし、華のある人だった。
僕たちにも昔からよくかまってくれて、僕が帰国したことを知らせると家まで会いにきてくれたのだ。


「色っぽいなんて男なんだからやめてくださいよ。」


「でも本当のことだもの。それに、イマドキの男は色っぽくなくちゃあね。」


「そうなんですか。そういう芳美さんこそまだまだ色っぽいですよ。」


「やだぁ、優樹君たらいつからそんなお世辞言うようになったの?」


「あっちではみんなレディには優しくですから、ね。」


「そっか。優樹君もジェントルマンのたしなみを心得てきたわけね。うんうん。で、あっちの方はどうなのよ?」


「すごく楽しいですよ。環境もすごくいいし、授業は最初ついていけなくて大変だったけど。2ヶ月くらいたてば自然と理解できるようになったしね。」


そう言うとなぜか芳美さんは噴出して笑った。


「ちがうわよ、女関係はどうかって聞いてるのよ。そんなマジメなことこの叔母さんが聞くわけないでしょう?」


そうだった。昔から芳美さんは恋愛の話が大好きだったのだった。
うかつにそんなことを忘れていた。


「まあ、女の子の友達は居ますよ。僕みたいな東洋人ってあっちでは結構オリエンタルでいいらしいし。」


「うんうん、それで?」


「それでって・・・それだけですよ。」


「えーーっ!それだけなの?金髪碧眼の女の子とあんなことこんなことっていうのはないの?」


あんなことこんなことって・・・まったくこの人は。


「ご想像にお任せしますよ。」


僕はにっこりと笑って答えた。
実際のところ、女友達にそういう風に迫られたことは結構あった。
でもどんなに可愛くてもそういう気にはならなかったんだ。
やっぱりどこかで、心にひっかかるものがあったから。
浩樹を日本に置いてきたくせに、貞操を守るなんてバカかもしれないけど。


「なんだぁ、私の予想ではアメリカで童貞を捨ててきたと思ったのにな。」


残念ながら僕はまだ童貞です。・・・バージンじゃないけど。


「まぁいいわ。次帰ってきた時に楽しみにしてるから。」


「あんま期待しないでおいてくださいね。」


太陽みたいに明るい芳美さんと話をしていると、少し気分が紛れる気がした。
正直、日本での生活は息が詰まりそうなのだ。





母は、僕の行動をさりげなく見ている。
これ以上浩樹に近づくなと、無言で諌めているのだろう。
僕にも、浩樹にも以前は優しい普通の母親だった。
彼女を変えたのはきっと僕たちだ。
苦しんでいるに違いないであろう。息子があんな行為をしていたなんて。


僕の寝室は客間に設けられた。
父親は自分の部屋で寝かせてあげればいいじゃないかと不審がっていたけれど、母親は僕の部屋が使われていなくて汚いことを理由に、「優樹のために綺麗にしたのよ」と言って客間で寝ることを強要した。
僕の部屋は浩樹の部屋の隣。ベランダで繋がっているのだ。
わざわざこういう処置をとられることは不快だったが、仕方がないと思って諦めた。


日本にいる間に浩樹とどうにかなろうなんて、そんな気はさらさらなかったので別に構わない。


しかしやはり浩樹は僕にとって魅力的な存在に映った。



部活で鍛えられた体は数年前より男らしさを増していた。
それは服の上からでもわかる。
ゼッタイかっこ良くなってる。格段に。


そんな風に思ってしまうのが少し後ろめたくてなかなか視線を合わせられなかった。


昨日の夜はみんなが寝静まった夜中でもなかなか眠れなかった。
理由はなぜか体の一部が昂ぶってしまっているからだ。


アメリカにいる時も、「そういう時」は決まって浩樹を想像してしまっていた。
以前抱かれていた時のことを思い出して、自分の気持ちいいところを弄る。


日本に戻ってきてまだ一度もそこには触れてはいなかったが、生のより魅力を増した浩樹を目の当たりにした僕の理性は脆くも崩れ去った。
どうしても熱が集まってきてしまい、誘惑に負けて手を伸ばす。
自分の中心を手の中に納めながら、上下に擦った。


目を閉じて思い浮かぶのは浩樹。
それも今自分の部屋のちょうど上にいるであろう18歳の浩樹だ。


「・・・はぁ。・・・ふ・・」


こんな恥ずかしい自分を誰にも見せられない。


早く終わらせたくて指の動きを速めた。
しかしすぐにでも達しそうなほどだったがなかなかそうならない。


欲しがっている。


それだけじゃなくて。


浩樹を。


浩樹の体温を、熱い吐息を。


僕の浩樹を受け入れていた場所がヒクヒクと収縮を始めているのを感じた。


やむ終えずもう片方の手をそこに伸ばした。
吸い込まれるように、狭い場所へ指を挿入する。


僕は男じゃないみたいだ。
一人でするのにこんなところにも刺激が欲しいなんて、すごく浅ましい。


言いようもない罪悪感を感じながら


日本に来て初めて、溜まっていた白い液体を解き放った。


「はぁ・・・はぁ・・・。」


しばらく息が整うまで時間がかかった。
久しぶりの自分を慰める行為は異様に気持ちがよく、それと比例するくらい罪の意識に満ち溢れたものとなった。
達したあとの倦怠感にまとわりつくような罪悪感に身を震わす。





気がつくと「いつもの場所」がズキズキと痛んだ。
傷は治りかけているのに途端に熱くなる場所。
それは以前浩樹を好きになってしまった自分に絶望して自分で傷つけた部分。
痛みを紛らわすように右手でそこをぎゅっと握った。
しかし痛みは治まるばかりかドクドクと波打っている。


僕は上体を起こして左手首を握り締めながらその部分を見つめた。


これは、自分への戒め。


もう二度と過ちを犯さないように、過去の罪を忘れないようにしてきた証なのだ。


何年も前の傷のはずなのに、そんなに古くはないのはそのせい。
自分の気持ちを引き締めるために、僕はその傷が消えそうになると新しい傷を刻んでいた。
うっすらと、切り込む刃物の跡。


それは決して血管までたどり着くような目的をもった切り付け方ではなく、ただその傷を残しておくための薄い刃。


僕は小物入れから文房具用のカッターを取り出すと、慣れた手つきで薄い切込みを入れた。


僕は変だ。


この瞬間、妙に落ち着くなんて。


きっと、いつも罪の意識でがんじがらめにされているのが、この行為をすることによって許されるような気がするから。


ごく少量の赤い液体が白い皮膚にのぞくと呼吸が整う。


この夜、僕はそこがやがて固まってしまうまで、じっくりと眺めていた。






僕は、自分が犯した罪を決して忘れない。









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