一ヶ月
side Hiroki 04




人間はとても弱くて脆い生き物だということを、知った。








2人きりの状況に胸が高鳴った。
今日は父親が帰ってこない。その事実に期待を膨らませる。
あの夜から優樹は一度も口をきいてくれない。
そりゃそうだ。今は何とも思っていない実の弟に迫られたのだから。
恐い思いをさせて、きっと俺のことなんか嫌いになってしまった。


だから、もういい。


以前のような関係に戻ることが不可能ならば、優樹を壊してしまおうか?
そんな妄想にかられて一人で笑いをかみ殺した。
どんなに優樹を傷つけることがわかっていても、優樹を手にいれたくてしょうがなかった。


一度でもいいから。
優樹を抱きたい。


今日はその絶好のチャンスだ。
母親はおそらくもうすぐ退院するだろう。
その前に何としてでもと思っていた矢先、父親からの外泊の電話。
きっと最後のチャンスに他ならなかった。





夜10時を過ぎた頃、階下に人の気配を感じた。
ただそれだけのことなのに、下半身が疼く。
しばらくして、俺は優樹の部屋に行くために階段を降りた。
優樹がいるのは1階の客間。
階段を降りてすぐだ。


階段を降りる最中、なぜだか息を殺した。
そのせいか他の物音がよく聞こえる。
そして、聞こえた「アノ音」。


「ふっ・・・。ア・・・んっ。」


一瞬耳を疑った。
しかしコレは間違いもなく優樹の色づいた吐息でしかなかった。
優樹が自分を昂ぶらせている。
そんな事態に初めて遭遇した俺は、どうしていいかわからず一瞬足を止めた。


「ああっ・・・。ひ・・・。」


一瞬自分が呼ばれているような錯覚に陥った。
そんなことある訳ないのに。
俺は意を決して客間の扉を開けた。


「優樹。」


そう言って名前を呼ぶと、優樹は動きを止めて息をのんだ。
いたずらが見つかった子供のような顔をしている。
そして自らの身体をなぞって恥ずかしい格好をしていた優樹はこの世の者とは思えないほど色っぽかった。
一気に血液が集まる。


「ごめん。母さんの様子聞こうと思って。」


あまりにも優樹が可哀相だったから、つい謝ってしまった。


「あ・・・。」


「ごめん。それと、優樹が一人でシてるとこ見ちゃって。」


俺の言った一言によって優樹の顔が真っ赤になるのが分かった。
やっぱり男同士とはいえ恥ずかしいだろう。
けれど俺は優樹もこういうことするんだなぁ、と思ってなんだか嬉しかった。


「溜まってんの?」


優樹は明らかに恐怖の色を隠さずに目一杯首を振って否定した。
その言葉とは裏腹に、優樹の右手がさっきまで可愛がっていたものは随分張り詰めてはいたけれど。
俺は欲望がじりじりとせりあがってくるのを感じながら客間の扉を閉め、優樹に近寄った。


「来るな。」


明らかな拒絶の声。


「抜いてあげるよ。」


「や・・・め・・。」


たまらなくなった俺は優樹の頬を包むと唇を合わせた。


この間はしなかった、深い口づけ。
口づけをこんなに甘いと感じたのは久しぶりだ。
そう。
俺はずっとこの唇が欲しかった。


「今日、親父泊り込みになるって。」


口づけの合間を縫って、事実を告げた。
それがどういうことを意味しているのか、優樹はすぐにわかったようだった。
完璧にこの家の中に、俺と優樹の2人きりだということを。


「・・・だめだ。僕はお前を受け入れてやれない。」


やはり優樹の口からは拒絶の言葉しか出てこない。
俺はその理由を分かっていながらも、やっぱり本当の意味では受け入れられなかった。


「何でだよ。」


「こんなことしちゃいけないんだ。だって俺たちは・・・。」


「兄弟なんだから。だろ?そんなこととっくに分かってるよ!二人とも男で、同じ人間の腹から生まれた関係で?
だからどうだって言うんだ?今までずっとそのことで苦しんできたんだから。
優樹が遠くに言ってしまえば、こんな思春期の熱病みたいな気持ちは捨てれると思ってたよ!
でも好きなんだ。忘れることなんてできないんだ!
それとも、優樹はもう俺のことなんか忘れちゃった?」


優樹の顔が苦痛に歪む。
それでも引き裂かれるような気持ちを抱きながら俺は優樹をさらに求めた。
もう優樹しか見えない。
他のことなんか関係無い。


欲しくて欲しくて狂ってしまいそうだ!


「も・・・。僕はお前のことなんか、何にも思って・・・ない!」


頭をガンと殴られたような衝撃を受けた。
分かってはいたことだけれど、本人の口から直に言われるとつらいものがある。
それでももう止められない。


「好きだよ。もう優樹が俺のことなんとも思ってなくても。好きだ。」


「だから・・・!」


「抱かせてよ。」


「ダメだって・・・。」


「もう一度あの頃みたいに優樹を抱きたい。」


「ひ・・ろ?」


「もう。我慢できねぇ。ダメだ。優樹がいるってだけで、すげぇ溜まる。」


こらえ切れずに俺は馬乗りになって優樹を組み敷き始めた。
やはり優樹は細い。
それは以前からそうだったが、さらに華奢になったように感じる。
こんなちっぽけな存在が、俺の中の何かを狂わせているのかと思うと少し笑えてきた。


「抱く」という明確な意図をもって押し倒した俺に、優樹は目一杯の抵抗を見せる。
弱い体とは反して、その意志は強靭で。
絶対に俺を受け入れまいとしている姿勢が露わになっていた。
このまま抵抗されると、無理矢理にでも優樹を犯してしまうような衝動に駆られた。


「優樹、おとなしくしてよ。傷つけたくないんだ。」


頼むから、言うことを聞いて欲しいと。
動きを封じるために優樹の両手首を掴んで固定しようとした瞬間







俺は見た。
そして固まった。





手首を流れる血管と、垂直に走る無数の線。
それは明らかに人工的に作られた代物。
よくみるとそのうちの一つは明らかに新しいものだった。

「ゆう。・・・これ・・・何?」


俺は優樹の左側の手首を手にとり、その傷ついた内側を優しくなぞった。


これは、一体何?


「ねぇ、優樹?この傷、新しいよね?」


「・・・。」


優樹からは何の返答も見当たらない。
ただ無言でうなだれるだけだ。


「しかも、一つじゃない。何本も・・・傷・・・?」


「何でもない。ちょっとすりむいただけ。」


「そんなんじゃないだろ・・・・?これ、まさかまた自分で?」


俺は思わず掴んだ手首をさらに強く握りしめた。
一瞬、昔の映像が頭をよぎる。


血をたくさん流して横たわる優樹。
左側のそこから流れる血が止まらなくて、俺は必死だったのを覚えている。


こんな自分を痛めつける行為を、優樹は繰り返してきたとでも言うのか?
一体いつから・・・こんな?


「優樹?」


いつの間にか優樹の瞳からは涙が出てきていた。
とめどなく流れるその涙に、俺の中でいろんな気持ちが凪いだ。


どうして優樹はこんな行為をしているのか?
それは俺が優樹を苦しめているからじゃないのか?


兄弟同士の禁忌が、優樹にこんなことをさせているの?


そう思ったら、俺はどうしたらいいか分からなくなってしまった。
俺の優樹を想う気持ちって何だ?
ただの一人よがりで勝手に襲って、傷つけて。
優樹は俺に抱かれることによって肉体的以上に、精神的にも苦しめられているのだ。
俺は優樹にとって苦しみを与えるだけの存在に、いつからなってしまったんだ?

きっと始めからだ。
俺が優樹を愛してしまったその時から。
その思いは優樹にとって苦痛にしかならない。


何てことだ。


優樹が自分の手首に刃物を宛がうことは、きっと俺への罰だ。


「ごめん。」


俺は優樹を押さえ込もうとしていた手を離した。
そして、性的な意図を感じさせないように優しく抱きしめた。


腕の中の優樹は震えていた。
小さな動物のように。


「コレは、俺のせい?」


俺はそう言って優樹の傷に触れた。
一瞬ハッしたような顔をして、しかし優樹はそれを否定する。


「ちがう・・。コレは何でもないんだ。」


「違くないだろ?コレ、優樹が自分で傷つけたんだろ?」


俺はきつく尋問した。
妙な苛立ちが、語尾を強めた。


「う・・ん。でも、コレは浩樹とは何にも関係無いから。」


それ以外に何の理由があるんだ?
俺は泣きたい気分になった。
こんな風に優樹を苦しめている事実を、その傷が語っているというのに。


「ごめんな。優樹、俺に触れられるのイヤなんだろ?俺に抱かれて、罪悪感にかられて、こんなことしてるんだろ?」


優樹は何も言わない。
それは無言の肯定であった。


「もう、俺を受け入れることは・・・ないんだな。」


優樹はコクリと頷いた。


「俺に諦めて欲しいのか?」


少し戸惑うような間があった。
俺は一瞬期待しながらも、その数秒後に首を縦に振る優樹を見る。


「わかった。もう優樹を抱かない。だから安心して?もう何も罪悪感とか、感じる必要ないから。」


瞳に一杯涙を貯めて、優樹は俺を見た。


「もし今後優樹がまたこんな傷をつくるんだったら、俺も同じことするからな。」


「そんな!ダメだよ!浩樹が傷つくのなんか見たくない。」


「だったらもうこんなことやめて?俺も優樹が痛い思いをするのなんて耐えられない。これは、お願いだ。」


「わかった・・・。浩樹がもう僕を諦めるって言うのなら、もうこんなことしない。」


「あともう一つお願いいい?」


「何?」


「体は求めないけど、たまにこうやって抱きしめていい?」


「えっ?」


「優樹にしてみれば気持ち悪いかもしれないけど、せめて優樹が日本にいる間だけでも優樹を感じていたい。
そしらもう・・・忘れるから。」


我慢なんかできる訳ないとわかっていても、少しでも優樹を感じていたかった。
本当に、ギリギリの
最後の俺の願い。


「それくらいなら・・・いいよ。けど、母さんのいない時だけだから。」


「わかってる。もう母さんには何も言わせないようにするから・・・。」


「うん。」









その夜、俺は優樹のことを思い切り抱きしめて眠った。
本当は隣に優樹がいることがあまりにも勿体なさ過ぎて眠れなかったけれど。


優樹が帰ってしまうまでのあと2週間。
きっと一生の内で最も忘れられない、大切な時間になるだろう。





BACK   INDEX   HOME   NEXT
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送