一ヶ月
side Yuki 04




真っ暗な部屋の中、膝を抱えて座り込んでも僕の震えは止まらなかった。


いろんな気持ちが体中を対流し、パンクしそうだった。


いくら時間が経っても忘れられない過去がフラッシュバックする。









2人きりの濃い空気の充満した部屋に、違う空気が入ってくる。
僕の部屋のドアが開け放たれると共に、僕たちの蜜月は終りを告げた。
今までの熱くてどうにもならないような身体から、一瞬にして熱がひく。


部屋の前に立ちすくむ人物が、息を飲むのが聞こえた。
しばらく流れる沈黙の時間。
だってそうだろう?
今まで彼女にとって何の歪みのなかったシアワセな家庭に、「異質なもの」をみつけてしまったのだから。


まるで犬のような格好をして、ベッドの枠を掴む僕と
僕の腰を押さえ込むようにして、後ろから覆い被さる浩樹。


当然何も身に纏わない状態で。


言い訳できるはずがなかった。
言い訳をする気さえ、起こらなかった。


『浩樹と、そんなことになるなんて・・・・汚いわ!』


母親の口から出た罵声は、受け入れていた僕の方にだけ向けられた。
女みたいに腰を高々と上げていた僕は、汚い人間なのだから。
母親は二度とこんなことをしないように、激しくまくしたてた。


あれ以来僕は母親からの侮蔑の視線を浴びることになる。
少なくとも浩樹に対して嫌悪感を持っているようには 感じられなかった。
別に僕だけ蔑まれることを、不公平だとか感じることはなかった。


だって僕は、最低の人間だから。


人一倍常識や倫理観をしっかりと持っているのに、もう一方では背徳の行為をしてしまう。


浩樹のことが好きで好きで仕方がないのに。
浩樹のことを絶対に好きになってはいけないのに。


結局アメリカに逃げてきても、その罪悪感を拭い去れずに、自らの傷を増やす。









あんな状態での父親の帰宅に、僕は昔のことをリアルに思い出してしまった。
耳が覚えているんだ。
僕と浩樹2人だけの世界の外に、何かが入り込む音を。
その音を聞いた瞬間の恐怖を身体が覚えてしまっている。


一人部屋に戻った今でさえ、心臓がバクバク言っている。


しかし、恐怖がリフレインする僕にもう一つ違う感情も湧いていた。

浩樹が、まだ僕のことを求めてくれた。
正直言ってそのことに喜びを感じている自分がいることに気付いた。


今までそんなこと望んでもいなかったのに
いざ触れられてみるとやっぱり欲しくなる。


浩樹の愛撫を拒みながら、僕の心がどうしようもなく浩樹を欲しがっていた。


熱い、浩樹の身体。


思い出してはいけないと自分を戒めながらも、艶かしくさっきの行為が蘇る。


ダメだ。
一時の快楽に流されてはいけない。


もう絶対に浩樹を受け入れるな。


そう警告をならすように痛み始めた左腕に、僕は慣れた手つきで赤を刻み込んだ。












あれから3日ほど浩樹とは口をきいていない。
浩樹と顔を合わせてしまうのが恐かった。


だからあまり家にいないように、久しぶりに友達と会ったり、病院に行ったりした。
今日も病院から帰ってきて帰りは外でご飯を食べてきた所だった。


二階の部屋の電気がついているようだったから浩樹はもう帰っているのだろう。

僕は一階に用意された自分の寝室に逃げ込んだ。

「はぁ・・・。」


大きなため息が出た。
僕の身体はどうしようもないからだ。


ここ3日間、浩樹に触られた体が熱くて仕方がなかった。
自分で処理はしていたけれど、毎日熱に浮かされたように淫らな気分になる。


その都度僕の中の罪悪感は増すばかりで。


それでも誘惑に勝てずに手を伸ばし、刺激を加える。


思い浮かべるのは、あの時の浩樹の熱い息。
僕のをくわえ込んだ咥内のぬめやかな温かさ。


欲しいよ。


浩樹が欲しいんだよ。


「ひ・・ろ・・・・。」


自然と、愛しい名前が口をこぼれた。
その瞬間。





「優樹。」


盛んに動かしていた右手が止まる。
熱がさーっと引くような状況なのに、なぜか僕は熱いままだ。


「ごめん。母さんの様子聞こうと思って。」


「あ・・・。」


「ごめん。それと、優樹が一人でシてるとこ見ちゃって。」


浩樹が言った一言に僕はカーっと熱くなった。
恥ずかしいなんてもんじゃない。
自分を慰めている所を見られるなんて最悪だ。


「溜まってんの?」


僕はそれを否定するように首を振った。
浩樹が後ろ手で客間の扉を閉め、僕の方に近寄ってくる。


「来るな。」


「抜いてあげるよ。」


「や・・・め・・。」


浩樹は僕の頬を包むと、唇を合わせた。


甘く、とろけるような口づけ。
ずっと。
欲しかったんだ。


けれど僕の中で絶対的多数を占める気持ちがそれを拒否する。


「今日、親父泊り込みになるって。」


僕の中でゾクリとして恐怖が生まれる。
それが、何を意味するのかがわかってしまった。
完璧にこの家の中には僕と浩樹だけになってしまうのだ。


「・・・だめだ。僕はお前を受け入れてやれない。」


「何でだよ。」


「こんなことしちゃいけないんだ。だって俺たちは・・・。」


「兄弟なんだから。だろ?そんなこととっくに分かってるよ!二人とも男で、同じ人間の腹から生まれた関係で?
だからどうだって言うんだ?今までずっとそのことで苦しんできたんだから。
優樹が遠くに言ってしまえば、こんな思春期の熱病みたいな気持ちは捨てれると思ってたよ!
でも好きなんだ。忘れることなんてできないんだ!
それとも、優樹はもう俺のことなんか忘れちゃった?」


頭がガンガンする。
手首の傷が疼く。


死ねばいい。
自分の中に棲む浩樹への思慕なんか。


今ここで、浩樹への想いを断ち切る勇気が欲しいんだ。


「も・・・。僕はお前のことなんか、何にも思って・・・ない!」


浩樹が一瞬酷く悲しそうな顔をしたのが分かった。


「好きだよ。もう優樹が俺のことなんとも思ってなくても。好きだ。」


「だから・・・!」


「抱かせてよ。」


「ダメだって・・・。」


「もう一度あの頃みたいに優樹を抱きたい。」


「ひ・・ろ?」


「もう。我慢できねぇ。ダメだ。優樹がいるってだけで、すげぇ溜まる。」


浩樹が、明確な意思を持って僕を組み敷き始めた。
ひ弱な僕が、浩樹から逃げられるはずがない。


それでも僕は思いっきり抵抗した。
もう絶対に許してはいけないと、心に決めたから。
身体を受け入れたら、心までごまかす自信はないから。


「優樹、おとなしくしてよ。傷つけたくないんだ。」


必死で逃げる僕の、両手首を浩樹が掴んで押さえ込んだ瞬間。
浩樹の動きが止まった。





ある、一点を浩樹は見つめ続ける。
浩樹の顔が凍りつくのがわかった。


「ゆう。・・・これ・・・何?」


浩樹は僕の左側の手首を手にとり、内側を優しくなぞった。


僕の、罪の証。


「ねぇ、優樹?この傷、新しいよね?」


「・・・。」


何も返す言葉が見つからなかった。


「しかも、一つじゃない。何本も・・・傷・・・?」


「何でもない。ちょっとすりむいただけ。」


「そんなんじゃないだろ・・・・?これ、まさかまた自分で?」


浩樹につかまれた手首が痛くて、異常に熱い。
何て言えばいいのか?僕が自分の手首を傷つけるとういう行為を繰り返しているなんて。
こんな、逸脱した行動をしているなんて浩樹には知られたくなかった。

「優樹?」


いつからか、僕の瞳からは涙が出てきていた。
涙が止まらない。
浩樹を思う気持ちと、罪悪感が重過ぎて上手くバランスが取れない。


もう何年も前から僕は壊れていたんだ。


いや、違う。
もうきっと、浩樹を好きになったときから僕はおかしいんだ。





苦しくて苦しくて何が何だかわからない。
こういう時、いつものように血を流せば痛みと引き換えに心の傷はごまかすことができた。





けれどもうそんな方法も限界かもしれない。
何もかもが、一杯一杯すぎて破裂しそうだ。








助けて

浩樹。









もう僕は、息もできない。












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