一ヶ月
side Yuki 05




優しさは、時に凶器となって、僕を傷つける。









浩樹が僕の腕を見て、哀しそうな顔をしているのがわかった。
ごめんね。
浩樹は悪くないんだよ。
だからそんな顔、しないで?


「ごめん。」


浩樹は僕を押さえ込んでいた手を離した。
代わりに優しく優しく抱きしめる。
もうそこには性的な意図などみじんも感じなかった。


僕の中に張り詰めていた恐怖から逃れて、優しい温かさを感じて安堵する。
しかしその心とは裏腹に、僕の身体は小刻みに震えていた。


「コレは、俺のせい?」


浩樹はそう言って僕の傷に触れた。


否定しなければいけないと思った。
だって浩樹は悪くない。
僕が勝手に現実逃避の手段として残した傷だから。


僕は無我夢中で首を横に、何回も振った。


「ちがう・・。コレは何でもないんだ。」


「違くないだろ?コレ、優樹が自分で傷つけたんだろ?」


浩樹の語調が荒くなる。
苛立っている様子を感じた。


「う・・ん。でも、コレは浩樹とは何にも関係無いから。」


そう、関係無い。
これは僕の弱さ。


それでも浩樹は引き下がらなかった。


「ごめんな。優樹、俺に触れられるのイヤなんだろ?俺に抱かれて、罪悪感にかられて、こんなことしてるんだろ?」





僕は何も言えなかった。
本当は、浩樹に触ってもらえることを心のどこかで望んでいたから。
浩樹とキスしたい。浩樹に抱かれたい。
でもそれは言っちゃダメなんだ。


「もう、俺を受け入れることは・・・ないんだな。」


浩樹の声は、硬い。
それに反応して、僕は頷く。


「俺に諦めて欲しいのか?」


この問いに、僕は一瞬考えてしまったことに、さらなる罪悪感を感じた。
諦めてもらわないと困る。
でも・・・。
体中が浩樹を求めている。
それでも僕はその気持ちに引き裂かれるような痛みを感じつつ、首を縦に振った。


「わかった。もう優樹を抱かない。だから安心して?もう何も罪悪感とか、感じる必要ないから。」


胸が苦しい。
体の奥が、きゅんとなる。


僕が好きになった人は、優しいひと。
僕を安心させてくれる。


その優しさが、一方で胸を苦しくさせる。
涙腺が決壊するのを、僕は必死でこらえながら浩樹を見た。


「もし今後優樹がまたこんな傷をつくるんだったら、俺も同じことするからな。」


「そんな!ダメだよ!浩樹が傷つくのなんか見たくない。」


「だったらもうこんなことやめて?俺も優樹が痛い思いをするのなんて耐えられない。これは、お願いだ。」


「わかった・・・。浩樹がもう僕を諦めるって言うのなら、もうこんなことしない。」


「あともう一つお願いいい?」


「何?」


「体は求めないけど、たまにこうやって抱きしめていい?」


「えっ?」


「優樹にしてみれば気持ち悪いかもしれないけど、せめて優樹が日本にいる間だけでも優樹を感じていたい。
そしらもう・・・忘れるから。」


我慢なんかできる訳ないとわかっていても、少しでも浩樹を感じていたかった。
本当に、ギリギリの
最後の浩樹の願い。


それは、僕の願いでもあって。


「それくらいなら・・・いいよ。けど、母さんのいない時だけだから。」


「わかってる。もう母さんには何も言わせないようにするから・・・。」

「うん。」









その夜、僕は浩樹に思い切り抱きしめられて眠った。
ずっとドキドキしっぱなしだったけど、いつしか眠りに落ちていった。

なんで浩樹の隣はこんなに安らげるんだろう?


どうして、僕はこの安らぎを手放さなければならないのだろう?


僕は答えの分かりきった問いを、いつまでも繰り返していた。



















桜の花は、ほんの短い時間だけ咲くから。

だからとてもきれいなのかもしれない。


そんな風に僕らも。

残された、この短い時間を愛しいと思うのかなぁ?





お互いの気持ちが、きっと同じ方向に向いていると知ったあの夜。
僕は無理矢理に進むべき道を捻じ曲げた。
僕らは一緒にいてはいけない。
けれども離れるまでもう少し
もう少しだけ。









朝、僕が歯を磨いていると珍しく早い時間に浩樹が起きてきた。
洗面所の扉が開く音がして、鏡越しに寝ぼけ眼の浩樹と目が合う。
扉を閉めて、後ろから抱きしめられる。

あの夜からもう一週間経つ。
この一週間、僕は浩樹といる時間が増えた。
一秒でも一緒に居たかった。
父親はいないことが多いから、いつもこうやってお互いの存在を近くに感じていた。


「親父もうすぐ起きてくるよ。」


「大丈夫。昨日遅くまで起きてたみたいだから、きっともう少し寝てるよ。」


「そっか。」


浩樹は僕の首筋に顔をうずめて目を閉じた。
触れられている場所が熱い。
本当は僕も抱きしめたいのに、常に受け身の態勢でいることしかできない。


「今日、お袋帰ってくるな。」


僕は諌めるようにそれを告げた。
母親が帰ってきたらそうそうこんなことできない。


「分かってるよ。ちゃんとやるから。」


「分かってるならいいけど。あと一週間で帰るんだ。今更いざこざ起こしたくない。」


僕はあと一週間でアメリカに帰る。
だから僕にとって残りの一週間は貴重な日々になるだろう。
浩樹の傍にいられる時間はもう、そんなには残されていない。


「なぁ優樹。」


「ん?」


「行くなよ。」


「どこに?」


「アメリカ。」


弱々しい、声で聞く、浩樹のその声が耳を震わす。


「せめて、こうして近くに居たい。」


「ダメだよ。僕は大学行ってるんだよ?あっちで勉強したいことが山ほどある。」


これは嘘ではない。
最初は浩樹から逃げるために渡米したものの、向こうでの生活は満ち足りたものだった。


「俺もついていっちゃおうかなー。」


「何言ってんだ!ダメに決まってんだろ。」


「わかってるよ・・・。」


そう、拗ねたように呟いた浩樹はさらに力をこめて僕を抱きしめた。
心臓の音が聞こえる。
それは自分の音のような気もしたし、僕を抱きしめる人間から伝わってくるもののような気もした。


しばしその感触に、酔いしれていた瞬間。
背中から腰の辺りに熱を感じる。
それは浩樹が僕を欲しがっているというサイン。
どうすればいいかわからず、僕は抱かれた腕を振り解いた。


「ごめん。」


目が合った浩樹は自分の生理的反応を恥じるように謝った。


「朝メシ作んなきゃ。」


そして、何事もなかったように洗面所を出る。
僕を、一人残して。


そして残された僕は


自分の中にも熱い感情が湧きあがるのを感じていた。









好きな人と触れ合って、欲しいと思わないわけがない。
それなのに僕は浩樹に耐えることを要求してしまう。

自分でさえ、自分を抑えられないくせに。





僕は自分の中にくずぶる何かを持て余していた。









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