「俺、馬鹿なんだよ。」
部活の後の部室で、最後に残ったのは俺と和人だけだった。
俺はベンチに座りながらまだ着替えている最中の和人に語りかけた。
「え?何。独り言じゃないよな。」
急に話し始めた俺の言葉が聞こえたのか、和人がこちらを振り向いた。
「ン、聞いててくれても聞いてなくてもどっちでもいーや。」
「あっそ。で、何が馬鹿なの?」
「俺さぁ、自分を抑えらんねーんだよ。見てるだけでコーフンすんだよな。」
「げ、お前俺の着替え見て欲情してやがんのか!?金とんぞ。」
「誰がお前なんか見て欲情するか。アホ。」
「だよなぁ。お前禁欲のあまり誰でも良くなったわけじゃないよなぁ。」
この前危うく母親の前で手を出しそうになってしまってから、だいぶ自己嫌悪に陥っていた。
あれほど優樹は俺との関係を畏怖しているのに、自分の感情だけで動いてしまうのが疎ましい。
優樹の傷を、忘れたわけじゃないだろうに。
「いつもいつも襲いそうになっちまうのに歯止め掛けてる。あっちも俺が色のついた目で見てるのに気付いて、手を出してこないかビクビクしてる。俺、我慢足んないんだよ。」
「まぁそれも正常な反応なんじゃねーの?高校生の男子が好きなヤツと一緒に住んでて興奮しないのがオカシイ。
そんなヤツいたら異常だよ。普通はそういうふうに思うって。そこで理性を働かさなきゃいけないけどな。」
「お前もそうなのか?」
「んー、まぁそうだな。欲しくはなるな。でも俺の場合あちらさんがお盛んだから困らない。」
「晶子ってそんななのか?」
「たいていあっちから襲われるね。随分吸い取られてっから、浮気もできねー。」
「すげぇな。」
「スゴイよ。」
「何が。」
「ナニが。」
「のろけんな。バカ。」
俺は友人とその彼女の話を聞かされて複雑だ。
ただでさえ欲求不満のところに刺激が強すぎる。
「もうすぐ優樹アメリカに帰るんだ。」
「そうか・・・。寂しくなるな。」
「まぁな。でもどこかでホっとしてる。傍にいられることはうれしいけど、辛くもあるから。」
「それもそうだよなぁ。でも俺はお前に幸せになって欲しいよ、いつかは。
俺は優樹兄ちゃんとのことを、ただ応援するような無責任なマネはできないけど。」
「ありがと。俺も早くお前の幸せを祈るぐらい心に余裕を持ちたい。ま、和人はもう幸せか。」
「いや、あながちそうでも。実はケンカ中。」
「まじで?だから晶子早く帰ったのか。」
「俺が悪いんだけどな。」
「何かしたのか?」
「んー。何かしたというより、何もしてない。
晶子って気強いように見えるけど、実はすごく脆くて。
何て言うか、心のどこかで俺に嫌われることを恐れてて、肝心なことは何も言わないんだよ。
でもそういうのって溜まっていくだろ?
俺はそういう重圧みたいなのすごい感じちゃって、息苦しくなっちゃってさ。
俺はコイツに無理させてんだなぁって。
付き合うってさ、いろんな形があっていいと思うけど、俺は相手と対等な関係でいたワケ。
それがいつの間にか俺が主導権握っちゃって。それって付き合う意味あんのかなぁ?って思ってたら本当に好きなのかわからなくなったんだよな。だから距離置いてもらってる。」
意外な話だった。
自分とは違ってかなり順調に恋愛していたはずの親友にも、こんな悩みがあったなんて。
「いざ距離をおくとさ、晶子の大切さが分かるんだよな。
こういう俺の気まぐれがアイツを苦しめてるんだけどさ。」
「だったら早く元サヤに戻っちまえよ。」
「分かってる。お前もあんまり貯めすぎんなよ。」
「ああ・・・。」
恋愛は人それぞれだ。
いろんな人間がいて、いろんな気持ちがあって。
さらにはそこにいろんな状況までもが絡む。
悩んでいるのは自分だけじゃないんだと思ったら、少し気分が楽になった。
家に帰ったら優樹はいなかった。
少しホっとしたような気分になって、母親に聞いた。
「今日優樹は?」
「芳美さんの所に行ったのよ。あっちでご飯食べてくるって。」
「そうなんだ。」
優樹は昔から随分芳美さんに可愛がられていた。
帰国してからも結構会ってたみたいだった。
「もうすぐご飯できるから、座ってなさい。」
気付くと部屋の中にはいい匂いが充満していた。
「そういやもう身体は大丈夫なのか?」
「ええ。おかげさまで。痛みもないし。」
「そっか、よかったな。」
「でも困ったことに優樹がアメリカに行く日、定期検診でお見送りいけないのよ。平日だからお父さんも行けないし。
浩樹は強化練あるの?」
「・・・いや、俺は行ってくるよ。」
内心嬉しかった。
最後に、2人で過ごせるなんて思っても見なかった。
残された時間はどれも大切で、かけがえのないものになる。
「そう・・ありがとう。・・・私はあなたを信じてるから。」
何が言いたいのかすぐに分かった。
俺たちが二度と過ちを犯さない、ということだ。
優樹が帰ってから、少なくとも母親の前では隠してきたからかもしれない。
少しは俺のことを信頼してくれているみたいだ。
それが少し苦しい。
俺はその信頼に値するような人間じゃない。
汚い想いで、優樹を汚すだけの人間だ。
少しの罪悪感が俺の中に灯った。
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