<12>


いくら過去を捨てても、夏は何度でもやって来る。
僕が全てを捨て去ってきた「はず」の夏が、場所を変えてもまた、ここには在る。

あの時点ですでに美しくなかった、罪で汚れた僕らの恋。
逃げることは卑怯なのかもしれないけれど、そうでもしなければ絶ちきることはできないだろうと思っていた。
結局、こんなに物理的距離をおいたにも関わらず、僕の中でだけはその想いを消し去ることができなかったのだけれど。


僕の愛すべき弟であり、この妄執めいた想いを抱きつづけるたった一つの対象。
彼の中から僕が消えてくれることをずっと願っていた。

少なくとも、表向きは。

本当は心のどこかで浩樹は決して僕のことを忘れないだろうという慢心があったのかもしれない。
だから彼が幸せな家庭を築いたということを聞いた時、手放しでは喜べなかった。
今更ながら、僕はもうどこか壊れているんだろうと思う。
幾度に渡って与えられた、浩樹のかつての親友からの暴力さえも、浩樹に関われる一つの事項として享受してしまっていたのだ。

ふとした瞬間に思い浮かぶのは僕らがまだ無邪気に幸福をかみしめていた頃の笑顔。
最後にふいに交わしたキスの後の、びっくりしたような顔。
そんなことを頭に描いて幸福感に酔い痴れた数秒後、その隣に今自分が存在し得ないことを認識してひどく落胆する。
今浩樹の隣にいるのは、僕も数度見かけたことのあるあの美少女と、あたらしいいのち。

頭ではそれが望ましい形だと理解している。
このままでいい。
例え嫉妬に身を妬け焦がしてしまったとしても。
例え寂しさに眠れぬ夜を重ねたとしても。

僕らはこれで本当に終り。
二度と、姿を表すつもりはないよ。

浩樹が新しく守るべきものを見つけたように。
僕もいつの日か、あの夏の想いを、消去していけるはずだから。

あとは和人君の怒りを静めるだけだと思った。この間、涙を流す彼を見て、あとは時間の問題なのかもしれないとは感じている。人間は変わるのだ。悲しみも、怒りも、そして愛しささえも時間と供に移り変わっていく。
このまま静かに事件が終結することを願っていた。


















久しぶりに、和人君から着信があった。不思議と今まで抱いていたような恐怖はなく、だいぶ落ち着いて通話ボタンを押すことが出来た。
しかし、その通話ボタンを押した瞬間、世界が180℃変わるような衝撃を受けた。
一瞬、彼が何を言ったのか理解できないくらいに。
想像していなかったセリフが耳に入った。

「もしもし・・・。」


『・・・・・・。』


「もしもし?和人君だろ?」


『優樹兄ちゃん、俺、もうダメだ。』


「何がダメなんだよ。一体どうしたっていうんだい ?」


いつになく弱々しい和人君の声に、不安を覚える。嫌な予感がして、体温がスッと下がったような感覚がした。


『俺はやっぱりアイツが許せない。もう我慢出来ないんだ。だから・・・やっぱりアイツを苦しめたくて仕方がないんだ。』


「和人・・・君?」


『アンタがどれだけ苦しんだか、アイツは知るべきなんだ。』


「何・・・言ってるの?どういう意味だ?」


『あのビデオ、アイツに送りつける。』


あの・・・ビデオ?
頭が真っ白になった。和人君が何を言っているのかわからない。いや、本当は分かっているはずなのに頭が分かろうとはしない。


『もう優樹兄ちゃんにも、何もしないから、安心して』


「何だって?・・・もう終りだって、そう言ったじゃないか?僕はそんな終りは望んじゃいない!!」


思わず声を荒げた。一緒にいたジェフが僕の異変に気付いて周りで何か言っているが、今の僕の頭には何も入ってこない。
ただ、混乱があるのみだった。


『もう決めたんだ。アイツも・・・苦しめばいい。今時、映像を送るなんて簡単なんだよ。ほら、このEnter keyを押せば・・・』


「やめろ!そんなことをしたって何になるんだ!?頼むからやめてくれ!!!」


和人君の声は常軌を逸していて、会話がかみ合わない。


『・・・送信完了。今からアイツに報告の電話かけなきゃ。』


「やめろぉぉーーー!!」


僕の声がアパートの壁に虚しく響いた。
残された音は、電話が切断された証の無情な音。


「行かなきゃ・・・。」


もう何もかもが遅いのだと思った。しかしこのままぼんやりしているわけにもいかない。
頭が変になりそうな混乱の渦に巻き込まれながらも、和人君のもとに行かなければならないと本能的に感じた僕の足は、一心不乱に動き始めた。

走って、走って、走って。
周りが見えなくなる位に走った。

その足が急に止まった。それは何者かに肩をつかまれたことによるものだった。


「ユウキ!一体どうしたっていうんだ?大丈夫か?」


僕は、行かなくちゃという一念に駆られてその手を振り払う。
止めないで。
止めないで。


けれど屈強な腕により、僕の動きは封じられる。


「放せ!止めなきゃいけないんだ!」


「何を止めるんだ?いいから一回落ち着けよ!」


「ビデオが、浩樹に・・・・。知られちゃ駄目なのに。」


「落ち着け!!」


両の肩を掴まれて制止された。その瞬間、この腕がジェフのものだと認識する。


「ごめん。取り乱して。でも、これは僕の問題だから・・・心配しないで。」


「心配もするよ。いきなり飛び出して。自分が靴も履いてないのに気付いてる?」


見ると、僕の足は裸足だった。靴を履くことすら忘れていた自分にあ然とした。


「ホラ、靴。」


ジェフが持っていた靴を僕に差し出す。こういう時ですら抜かりがないジェフが可笑しかった。


「ごめん、ちょとトラぶってて。今からカズトのところに行ってくる。」


「事情は教えてくれないのかい?」


「これ以上君に迷惑かけられないから。大丈夫、もう・・・だいぶ落ち着いてきたし。」


「わかった。外で待ってるよ。カズトってあいつだろ?暴力男。何かされそうになったらすぐに助けを求めればいい。」


「カズト君は、そんなひとじゃないよ。友達思いの・・・優しい子だよ。」


そうだ、カズト君は優しい子なんだ。僕を傷つけても、浩樹を傷つけるはずないじゃないか。
僕が、陵辱されている姿をさらすなんてこと。
最も、それで浩樹が傷つくかは分からないけれど。


「ユウキ・・・君は、なんて優しいんだ。」


「僕は・・・優しくなんか、ないよ。」


ジェフが言った言葉が、全然的外れな気がして、少し笑いながら再び足を踏み出した。






僕が心の底から優しい人間だったら、こんなことにはなっていない。
こんなに、いろんな人を傷つけるなんてこと、なかったのに。






         







2005/6/29












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