4.残酷な条件

「ただいま〜。」

玄関が開く音に続いて姉さんの高らかな声が聞こえてくる。

そんなに広い家な訳ではないのに全ての音がひどく遠く聞こえる。

ガチャリ。

僕の部屋のドアが開けられた。

「ちょっと…淳、寝てるの?いくら日曜だからって寝すぎよ〜、もう15時よ。」

そういってぼくの顔を覗き込もうとした姉さんの顔が一瞬にして凍りついた。

「ちょっ…淳、どうしたの?すっごく顔色悪いよ?」

「…大丈夫。ちょっと昨日夜更かししちゃって寝不足なだけだから。」

「大丈夫って顔じゃないわよ?それ。」

「ホントに大丈夫だから…。」

ぼくは姉に余計な心配をかけたくなくてよろよろと立ち上がる。

本当のところをいうと全然大丈夫なんかじゃなかった。

二人の帰国日である今日まで相変わらず不眠は続いていた。
何日も眠れなくて、それでも本能的に眠りにつこうとして意識を手放すとあの悪夢を見てすぐに目を覚ましてしまう。
眠れなくて瞼はいつも重い。
6日目くらいからは頭痛が続いていた。

ちゃんと起きようと思ってリビングへと向かう。

すると僕の視界のなかに思いもかけないものが入ってきた。

「隆平さん…」

「ただいま、淳君。寝起き?」

「あ・・・」

久しぶりに見る隆平さんの姿。
その姿を人目見た瞬間ぼくは改めて感じた。

あぁ・・・ぼくはこの人が好きだ。

ぼくにはない強い意思を持ち、すごく優しい姉さんの婚約者。

ぼくがぼうっとした頭で久しぶりに見る隆平さんに見とれていると背後に姉さんの気配がした。

「ちょっと隆平、淳が気分悪いみたいなんだけど。」

「えっ?大丈夫?」

「…うん。たいしたことないんだ。それよりおかえりなさい。パリはどうだった?」

「すごいよかったよー。オープンカフェなんかすごいオシャレでさ。メニューなんかもすごい凝ってておいしかったよな。」

「そうそう、あ、淳にもちゃんとお土産買ってきたからね〜。」

それからお茶を飲みながらパリの話をしていると、ふいに隆平さんが真剣な顔をしてぼくを見てきた。

「それでさ、ぼくたちお父さんに結婚の許し、もらえることができたんだ。」

「そう…よかったじゃない。うちの親ホント放任主義だから楽だったでしょ。」

姉さんと隆平さんの結婚が決まったと言われても不思議と衝撃はなかった。
もうそうなることはわかっていたし、自分の気持ちに気づいてからもそれだけは覚悟していたことだった。
いつだって子供のことには関心がなくて、自分の仕事だけを追っかけている父親が姉の結婚にとやかく口を挟むはずがない。
それに相手が隆平さんみたいな素敵なひとなら誰だって文句は言えないと思う。

しかしその後の言葉に僕は大きく困惑した。

「それがね…結婚自体は許してもらえたんだけど。ちょっと条件があって。」

「僕らが結婚することの条件として、淳君、君が高校を卒業するまでは絶対に一緒に暮らすって言われたんだ。もちろん僕は弟の君と仲良くやっていきたいし、いっしょに暮らせたらうれしいんだけど。もしかして淳君が嫌ってこともあるかもしれないから、これからのことは話し合って淳君のしたいとおりにさせようと思ってたんだ。」

一緒に…暮らす?

「私だって淳とは今までどおり暮らしたいけど、淳は今までも家事をこなしてきたんだから一人暮らしさせてあげてもいいかなって思ってたのよ。それなのにお父さんたらいきなりこんな条件出すから面食らったわよ。なんだかんだ言ってあんたのこと心配なのね。というわけだからここを引っ越して少し大きめな部屋借りて、結婚したらそこで3人で暮らそうってことになったのよ。」

ぼくは愕然とした。

姉さんたちのいない一週間の間、僕が悪夢にさいなまれながら自分に出した決断。
それは一人で暮らそうということだった。
家事もできるから一人暮らしには自信があったし、うちはドライな家庭だから文句もいわれないだろうと思っていた。

一人で暮らしていればそんなに二人の姿を見ることもない。
隆平さんに会うこともそんなにないだろう。
そうすれば僕の苦しみは減ると思ったし、いつしか隆平さんを忘れる日がくるかもしれない。
そう…心に決めていたのに。

それはあまりにも残酷な条件だった。

「淳君は嫌かい?僕らと暮らすの?」

ぼくが固まって声を失っていると隆平さんがおそるおそる聞いてきた。

ぼくは隆平さんを不安にさせている。

ここで嫌と言ったら隆平さんはどう思うだろう?
わがままなシスコンのガキと思うだろうか?
それとも少しでも傷ついてくれるだろうか。

たとえそうだとしてもそれは恋人の弟に拒絶されてしまったという事実から来る悲しみにすぎない。

ぼくはむなしくなって後のことを考えもせずに答えた。

「ううん。うれしい、隆平さんと暮らせるなんて。お兄さんができたみたいで。新婚生活の邪魔にならないように気をつけるよ。」

半分は本心だった。

隆平さんと一緒に暮らせるなんて夢みたいに甘美なことだ。
隆平さんと一緒にゴハンを食べたり、リビングでくつろいだり…
僕の日常のいたるところに隆平さんの色が染み込んで。

けどその傍らには姉さんの姿。
隆平さんと食べるゴハンは姉さんが作ったものかもしれない。リビングでくつろぐ時は姉さんも一緒に。
いや…本当は二人きりで過ごすべき所に僕が割り込んでいるんだ。

ぼくはきっと新婚生活のお荷物になってしまうだろう。
悲しいことだけど。

これほど父親のことをうらめしく思うことはなかった。


隆平さんに秘める想いを抱えて
姉さんに嫉妬と羨望の目を向けて
二人の邪魔になっていることを感じながら

ぼくに暮らせっていうのだろうか。



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