6.結婚式

朝から隆平さんのカフェ「SOL」は大いそがしだった。

何しろ自分達の結婚式は自分達で作るっていうコンセプトがあったらしく、料理も全部手作り。
朝早くから姉さんと一緒に店に向かった。

「おはようございまーす。」

姉さんが意気揚揚と店のドアを開け、ぼくはその後から店に入った。
すると店の中は結婚式用にと特別にキレイに飾られていた。
「おはよう。」

声をかけたのはぼくの知らない人だった。
…というかすごくデカイ人が現れた。
僕の顔の前にちょうどおなかくらいだ。
上を見上げてみると無愛想な感じの男が立っていた。

「あら、濠じゃない。朝早くからご苦労さま」

「全くだ。何でオレがこんなに早くから働かなきゃいかんのだ。」

「いーじゃない。かわいい芽衣ちゃんのために。」

「…まったく隆平もとんだ女と結婚したもんだ。婚姻届はもう出したのか?」

「ううん。今から出しに行く所。隆平は?」

「ああ。今ウラにいるよ。…それはそうとこのガキは誰?」

ガキって僕のことだろうか。
そんな言い方をされて僕は少しムっとした。

「弟の淳よ。ホラ、挨拶しなさい。」

「淳です。」

僕は素っ気無く言い放った。
もともと人見知りの上にこういうガラの悪いヤツとは苦手だ。

「なんだ、芽衣の子どもかと思った。随分年が離れてるみたいじゃないか」

「なによー、私が高校生の子どもを持つ母親に見える?ホント失礼しちゃう。」

「高校生?ひょろいから中坊かと思ったよ。」

確かに僕は小さいけど中学生だなんて言われてすこぶる気分が悪かった。
ただでさえ体調が悪いのにイライラしてくる。

「そちらこそどなたなんですか?」
「まぁまぁ、そう怒るな。オレは濠。ここのスタッフだ。」

濠?隆平さんが以前言っていた名前とシンクロした。
確か料理がうまいと言っていた…。
僕が想像していた「濠」という人物は料理が上手くてすごく優しそうな感じの人物だったのに。
コイツは正反対だ。
だいぶむかつく感じの男じゃないか。
こんなヤツが隆平さん以上の料理を作れるのだろうか。

僕がムカムカしながら考えていると遠くの方から聞きなれた声がした。

「おはよーさん。」

「隆平!おはよう。」

隆平さんだった。
数時間後には本当にお兄さんになってしまう人。
それが目前に迫っていると感じて僕は胸をいためた。

「おはよう。芽衣、淳。」

声を聞くだけで僕の心の中があったかくなる。
きっとそれは姉さんも同じなんだろう、満面の笑顔をたたえている。

「じゃあ、そろそろ市役所行こうか。」

僕の胸がドキリと高鳴る。
瞬間、濠さんと目が合ったような気がした。

「そうね、こっちの準備もあるし、ちゃっちゃと済ませちゃいましょう。」

「淳君も行くかい?婚姻届出しに行くけど。」

僕がそんなところに行きたいはずはなかった。
僕がどう望んでも得られない立場を姉さんは得ようとしているのだから。

「いいよ、二人だけで行って来なよ。僕はここで待っているから。」

「そう…じゃあ、残って準備の手伝いでもしていて頂戴。」

「じゃあ、濠、ちょっといってくるね。」

「おう!行ってきな。ボウヤはちゃんと働かせとくから」

「よろしくね〜。」

二人は楽しげに店を出て行った。

この時点で僕はいっぱいいっぱいだった。平静を装えていただろうか?

「おい、ボウズ、突っ立ってないで何かしろよ。えーと…そうだな、ジャガイモそこにあるやつ全部剥いてくれ」

「僕はボウズじゃありません。ちゃんと名前で呼んでください。」

「ボウズはボウズなんだよ、口答えしないでとっととやれよ。」

この人には口で勝てそうもない。そう思った僕は無言で作業に取り掛かった。
ジャガイモの皮くらいは簡単に剥ける。だてに家事をやってきたわけではない。

「おまえ意外と上手いじゃん。そっか、芽衣のやつ料理ししなそうだもんな。」

今度はおまえ呼ばわりかよ。
僕は無言で答えた。

「無視かよ、ボウズ。ったく愛想ねぇなぁ。」

「あなたに言われたくないです。」

「あなたとか言うなよ、気持ち悪い。呼び捨てでいいよ、濠で。」

「そういうわけにはいきません。濠さん。さして親しくもないですから。」

「かわいくないねー。ま、いーけどさ、なんでそんなに不機嫌なの?」

「濠さんがむかつくからでしょう?」

「違うよ、さっき一緒に市役所いこうって誘われてた時だよ。自分の姉貴の結婚式なんだからもう少しおめでたい顔しろよな。」

やっぱり顔に出ていたか…

「別にいいじゃないですか。自分の結婚式でもないんですから。」

「うれしくないのかよ?姉さんが結婚するんだぜ。」

「…そりゃ、…うれしいですよ。」

「ふー…ん、そうなのか。」

濠さんは何かを考えるように言った。
やっぱり僕はこの人が苦手だ。
鋭い目つきが、僕の心を見透かそうとしているように感じる。
ウソをつくのがとてもつらい。

うれしいはず、ないじゃないか。
初恋の相手が結婚するんだ。
そんなことは到底誰にもいえないことだけど…。






姉さんと隆平さんの結婚式は無事終わった。
濠さんの作る最高の料理と、あたたかいムードで終始和やかだった。
僕の心の中に渦巻く苦い痛みなど、誰も気づくことはないほどに。

明日から、隆平さんは僕の「家族」になる。



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