10.契約

朝陽がまぶしかった。
目を細めながら周りを見渡すと見たこともない壁。
どこだ・・・ここは?
一瞬パニックに陥った僕は一気に上体を起こした。

あっ・・・

腰より下に激痛が走る。

「目が覚めた?」

すぐ隣で声がする。
声の主のほうに振り返ると上半身裸の男が煙草をくゆらせていた。

その瞬間、僕の記憶が一気に蘇る。
そうか、僕は昨夜、行くところがなくて、拾われたこの人としたんだ。
どうりで腰が痛いはずだった。
しかし途中で記憶を失うほどしていたのだろうか?
途中からの記憶がストンと抜け落ちている。

「あの、僕いつの間に寝ていたんですか?」

「5時くらいかな。君、ずっと離してくれなかったから。」

「えっ?」

僕達がこのホテルに来たのが夜中の1時くらい。
それからすぐに始めたからそれからずっとやっていたとなると相当していたことになる。

「君、初めてだったんだね。入れてから気づいたよ。
やさしくしたつもりだけど、痛くない?」
そう言って男は僕の入り口に指を伸ばしてきた。

「はぁっ・・・」

昨夜の名残か、うっすらと触られただけで快感の予兆が走る。

「もう感じてるの?やらしいな。君のここは。」

「恥ずかしいこと、言わないで下さい。」

「何言ってるの。昨日はあんなにすごかったじゃない。忘れた?
そっか、記憶ぶっ飛ぶほどよがってたもんね。
さっきまで俺を放してくれなかったから大変だったよ。
まじ初めてだなんて思えないほどよかった。あれはすごい。特に喘ぎ声が最高に色っぽかったね。」

誉められているのだが、こんなことで誉められるなんて妙な気分だ。

僕は恥ずかしさに耐え切れず、起き上がった。

「シャワー・・・浴びてきます」

そういって痛む腰に手を当てながらシャワールームへと逃げ込んだ。
いい部屋だけあってアメニティも充実している。
火照る身体を覚ますように、冷た目のお湯を頭から一気に浴びた。
目を上げると鏡には体中に昨晩の名残をつけられた自分が立っていた。
それにしても細い。
あの男のたくましさとは比べ物にならないほどの細さである。
細くて白い身体にキスマークをちりばめられた身体は女のようだった。

途端に昨日の行為への罪悪感が募る。

僕はバカだ。

こうなるとわかっていてあの男の誘いに乗った。
自分を求める何かが欲しかった。
確かに行為自体は気持ちよかったし、その最中は嫌なことも忘れて酔いしれることができた。
しかし今はいいようもない気持ちが支配している。

こんなことをして何になるのだ。

名前も知らない、しかも男と寝るなんて随分と僕は汚れている。
隆平さんの眩しさとは、対をなす存在なのだ。


「後悔しているの?」

突然男がバスルームの中に入ってきた。
そして後ろから抱きすくめられる。

「君のカラダ。最高だったよ。なぁ・・・俺と契約を結ばないか?」

「契約?」

「そう。契約。君、行く場所がないんじゃないか?」

何でこの男はわかるのだろう?

「・・・そうかもしれません。」

「だから、好きな時に僕の部屋に来ていいよ。その代わりにセックスしてくれ。俺と。」

「ずいぶんストレートな誘いですね。」

「ここに来る時だってストレートに誘っただろう?」

「それはそうですけど・・・」

「なんなら金を払ってもいい。」

「そんなつもりは!」

「ならどうする?今日かぎりにするかい?」

「それは・・・」

「ルールはただ一つ。最中はお互いのことだけを想え。他に好きなやつがいてもな。」

ドキリ。と胸が動いた。

「君、好きな人がいるんだろう?」

なんで、この人はわかるのだろう。僕の胸の中が。
僕は黙ってうなずいた。

「君は行き場所が欲しい。俺は君の体が欲しい。悪い契約だとは思わないけど。」

僕はどうしようか答えに困っていた。
ついさっき罪悪感に打ちひしがれてたばかりなのに、男の甘美な誘惑に乗ってしまいそうで。

「答えは君次第だ。」

そういてって僕の腕を離すとバスルームの外へ出て行った。
混乱を強いられた僕の脳はぐらぐらしている。
男とカラダだけの関係を持つなんて、隆平さんが知ったらどう思うだろうか。
どうしよう・・・。

すっかりのぼせ上がった体でバスルームから出ると、男はすでにいなかった。
サイドボードにメモを残して。


高梨直輝
090-××××-××××
東京都世田谷区×××1-6-5 701
1週間後に夜、部屋にいます。
契約が有効なら部屋に来て欲しい。


高梨・・・直輝。ナオキ・・・か。
今始めて男の名前を知ったという状況が笑えた。
そういやナオキさんは僕の名前さえ知らない。

僕は、このまま堕ちるところまで、堕ちてしまうのか・・・。

ふいに隆平さんの顔が浮かんできて、涙が出た。
男からもらったメモを僕はにぎりしめた。




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