11.錯覚

僕が始めてナオキさんに抱かれた夜から1週間が経っていた。
約束の一週間後は今日である。
あの夜からずっと考えていた。
寂しさに負けて僕はあの夜彼に抱かれた。自分の意志で。
しかしその後には何も残らなかった・・・いや、途方もない罪悪感が生まれた。
あんな風に男に体を委ねたなんて、自分が恥ずかしかった。
隆平さんに会ってもまともに目を見ることができなかった。
怖かったのだ。
隆平さんに嫌われたくはない。
その想いだけが僕を支配していた。
だからといって僕の望みは叶うはずもない。
それは知っている。
ナオキさんに抱かれていた時、自分がすごく求められている感じがした。
姉さんが隆平さんを、隆平さんが姉さんを求めるように。
今まで自分をそういう風に必要とされたことがなかった僕には新鮮な感覚だった。
熱に浮かされたような目で僕をみるナオキさんの目は僕だけを欲しがっていた。
それに・・・ナオキさん、隆平さんに似ている。
実際そういう錯覚に捕らわれていたのも事実だった。
ひょっとしたあの、ナオキさんも僕ではない誰かを心の底では求めているのかもしれない。

「最中は他のヤツのことは考えるな。コレはルールだ。」

この言葉は自分に言い聞かせようとしていたのかもしれない。
でなければ名前も知らない僕みたいな行きずりの相手をあんなに優しく、いとおしそうに抱くはずがないもの。

罪悪感を感じながらも、僕はナオキさんに抱かれること自体には嫌悪していなかった。
むしろ一度覚えた感覚は忘れられなかった。
優しく、激しく、繰り返される律動。
淫らだとは分かっていながらも思い出してしまう。
結局僕はナオキさんのマンションの前まで来てしまっていた。

僕の心はここに来るまでに決まっていた。
僕は確かに居場所がない。
だからここに来るしかないのだ。
しかしそれ以上にナオキさんが欲しかった。
僕を愛していなくてもいいから、偽りでも「求めて」欲しかったのだ。
お互いに他に想う人がいても一瞬の快楽にすがってしまいたかった。



ナオキさんの住むマンションは想像をはるかに越えるほどスゴかった。
先週みたいな豪華なホテルにポンと泊まれてしまうくらいだから、相当財力を持った人だろうとは思っていたがこれほどまでとは思わなかった。
場所がイマイチ良く分からなかったので渋谷からタクシーで住所を頼りに来てみるとおよそ15分くらいで到着した。
大きい通りを少し入ったところにあるマンションがそこだった。
すぐ近くには公園もあり、結構落ち着いた感じの住宅街だった。
マンションは7階建て。ナオキさんの部屋が701ということは最上階にあるということだった。
しかしそれ以前にこのマンションには6部屋しか存在しないということが分かった。
つまり、1階のエントランスを除いては1フロアに1部屋しかないのだ。
エントランスもすごくオシャレで、少し緊張してしまった。

エントランスにあるパネルで701と入力すると、ナオキさんの声がした。

「はい。どちらさまですか?」

おそるおそる僕は答える。

「・・・僕です。」

ナオキさんは一瞬の間のあと僕を招き入れてくれた。

「・・・・・・よく来たね。いらっしゃい。」

そういうと目の前にあったガラスの扉がスッと音も立てずに開いた。
扉の中に入るとエレベーターが待ち構えていた。
僕はエレベーターに乗り、七階のボタンを押す。
扉が閉まり、階数がどんどん上がっていく時僕は再びドキドキした。
この感覚は先週のあのホテルで部屋に行くときと似ている。

7階でランプが点滅すると扉が開く。
数メートルの廊下のあと、一つしか扉はなかった。
扉にあるブザーに手を伸ばそうとしたその時、ふいにドアが開いた。

そこには穏やかな笑顔を浮かべたナオキさんが顔を出していた。

「いらっしゃい。どうぞ。」

そう言うと僕の手をとって部屋に入れてくれた。
部屋は真っ白の壁が広大な面積を埋め尽くしていた。
近頃話題になっているデザイナーズ・マンションのように、素敵な内装。
リビングがやたらと広くて、その割に物がなく生活に必要な最低限のインテリアしか置かれていなかった。
まるで、生活感のない部屋。

「適当に腰掛けて。今飲み物入れるから。紅茶とコーヒー、どっちがいい?」

「あ、お構いなく。」

「俺も一息つきたいんだ。ちょっと仕事してたから。」

「じゃあ・・・紅茶、お願いします。」

「砂糖はいる?」

「はい。お願いします。」

僕はすこぶる甘党だった。
コーヒーは苦くて飲めない。
紅茶を飲むときもいつも角砂糖を4〜5個は入れていた。

落ち着かない様子で部屋の中央にあった白いレザーのソファに腰掛けていると不思議な気分だった。
この部屋は何もかも白い。
壁も、家具も、カーテンも・・・。
それはナオキさんの男らしいイメージとは少し離れたものだった。

「お待たせ。」

トレイに僕の紅茶と自分のコーヒー、それから砂糖を乗せてナオキさんがリビングに入ってきた。
僕の隣に腰掛ける。

「どうぞ。」

「いただきます。」

僕はナオキさんが入れてくれた紅茶に角砂糖を4つほど入れた。
瞬間、ナオキさんの表情がこわばった。

何だ・・・?

僕は心に少しの疑問が湧くのを感じながらもさしては気にしなかった。
あまりにもたくさんの砂糖を入れすぎるのだからビックリしたのかもしれない。

「ずいぶん砂糖入れるんだね。」

クスっとわらってそういわれた。

「あっ、すいません。ずうずうしいですね。」

「いやいやいいんだよ。じゃんじゃん使ってくれ。
それより・・・君の名前を聞かせてくれる?」

僕ははっとした。
そういえば名前も名乗らずにノコノコとここまで来てしまった。

「イヤだったら本名じゃなくてもいい。呼ばれたい名前を言ってくれ。いつまでもオマエとかキミとかじゃイヤだろう?」

僕は名前を知られるのは決してイヤではなかった。
目の前にいる男がどんなヤツか詳しくはは知らないけれど、本能的にそう思った。

「名乗るのが遅くてスイマセン。僕、藤村淳です。」

「淳ね・・・。それ、本名?」

「はい。」

僕はコクリと頷いた。
するとナオキさんはプッと拭きだして笑い始めた。

「ハハハ。素直だね。俺がアブナイヤツだったらどうするの?」

「アブナイヤツなんですか?」

「そうとう危ないね。なにしろこんな若い子を連れ込んでイヤラシイことをしようとしているんだから。」

そういうリアルなことを言われると恥ずかしくなる。
イヤラシイことをされることを承知で着ているんだから。

恥ずかしさに俯いているとどこからか手がのびてきて顔を上げさせる。

ナオキさんの目が僕の目を捉えた。
それだけで僕の心は高鳴る。
ドキドキと鼓動を感じながらも腹をくくった。

(僕は・・・こういう契約できているんだから。)

「契約は、成立ということでイイのかな?」

僕は声を立てずに頷いた。
それを了解と取ったのか、ナオキさんは僕の唇を奪った。

あまりにもとろけるようなキスに息をするのを忘れながら、僕はまたしても「愛されている 」ような錯覚に陥っていった。



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