13.あふれる想い

目を閉じているのにまぶしい。
瞼を閉じていても目の中に光が入ってくるぐらいの明るさを感じる。
朝なんだ、と頭では分かっていながらもけだるい体は覚醒を拒否している。
そろそろ起きないと・・・。
僕は意を決して目をあけた。
飛び込んできたのは白い部屋。
どうやらやっぱり泊まってしまったらしい。

「おは。」

横にはナオキさんが横たわっていた。

「おはようございます・・・。」

「よく眠れた?」

「はい。・・・今何時です?」

だいぶ明るくなっているから随分と遅い時間かもしれない。

「今ちょうど12時かな?」

「12時?」

僕は眉をひそめて言った。

「なんで起こしてくれなかったんです?僕一応高校生なんですけど。」

「それは知ってる。自分が高校生の男子を連れ込んでヤリまくってる危ない男だって事も知ってる。」

「それは僕も知ってます。そうじゃなくて僕も学校一応行ってるってこと知ってるはずじゃないですか。」

「可愛い可愛い淳君が隣で寝てるのを見ていたかったんだ。」

こういう軽い冗談をこの人はよく口にする。

「あのねぇ。僕、最近休みがちなの知ってるでしょ?これ以上休んで家に話が行ったらどうするんですか?」

「ご両親が調べ始めたりしてね。淳の素行を。そしたら俺のことバレちゃうね。やべーなぁ。」

どうやら僕が困っている状況を楽しんでいるみたいだ。
顔がニヤついている。

「捕まりますよ。」

「俺の心はすでに淳に捕らわれているのだ。」

そういって僕を抱く腕に力をこめる。
そしてお目覚めのキスをおとす。

まるで、恋人同士。
でもそれはウソ。
僕の心は隆平さんに捕らわれたままだし、ナオキさんの心をとらえているものも他にある。
何度も抱き合って、確信したことだった、
抱き合ううちに、ナオキさんが隆平さんに見えても自分の心を隠す術を覚えた。
そしてやっぱりナオキさんの心が完全に「ここ」にはないことも見えていた。
僕が、時々隆平さんを重ねてトリップしているように。
ナオキさんが僕を見ながら僕ではない誰かを見ているのを感じていた。

僕のことをナオキさんは良く知らない。
僕が好きな相手のことも、家族のことも。
逆に僕もナオキさんのことを知らない。
仕事も、家族も。

だからこそこういう気楽な付き合いができるのかもしれない。
本当の自分を見せずに偽りの中で生きていても、それにやすらぎを覚えてしまう。
それはナオキさんも同じなのではないだろうか。










学校へは行かず、直接家に帰った。
辺りはすっかり夕焼け色に染まっていた。
お昼に目覚めてあのまま何回か抱き合って、すっかり時間ハズレのブランチをとった。
長い間の行為で体は火照り、妙に疲れていた。

今日は木曜日。
隆平さんはカフェの定休日だからほぼ100%家にいるだろう。
うれしい反面どうしようもない胸の痛みが僕を襲った。
しかもナオキさんに抱かれた後のこんな体で隆平さんに会いたくなかった。
どんよりとした気分を拭えないまま家のドアをあけた。

「ただいま。」
ドアを開けたとたんカレーのいい匂いがしてきた。
おいしい料理の匂いがしたという時点で隆平さんがいることが決定的となった。

「おかえりー。」

キッチンから隆平さんの声がする。
僕は廊下を歩いてキッチンを覗き込んだ。
中ではカレーの入った鍋をかき混ぜている隆平さんの姿があった。

「ただいま。今日はカレー?」

「そうだよ。今日は休みだったからね。本格派。スパイスを調合するところからやったんだ。」

どうりで、鼻をかすめるカレーの匂いがどことなくいつもと違う。

「もうできるから、手洗って座ってて。」

「はーい。」

カレーの匂いをかいで少しおなかがすいてきたみたいだった。
言われたとおりに手を洗って食卓へと向かった。
そこで、姉さんの姿がないことに気付く。

「あれ?姉さんは?」

「今日は子ども産んだことのある友達の家にいろいろと聞きに行ってるよ。ゴハンも食べてくるって。」

「じゃあゴハンは僕と二人?」

「そ。せっかくカレー作ったのに芽衣のやつもったいないことするよな。」

どうしよう。
今まで不思議と二人きりで過ごすことなんてなかった。
僕は家を空けがちだったし、隆平さんは仕事が忙しいみたいだから家で会う機会も少なかった。
さらに姉さんのイラストレーターという職業上いつも家に居たから。
二人でゴハンを食べるなんて・・・。
この状態を「二人きり」と捉えること自体がおかしいのだけど。
ふいに訪れた事態に僕はとまどいを隠せなかった。

ゴハンを食べている間、なんだかすごく恥ずかしくて隆平さんのことをまともに見れなかった。
話題をふられてもどこか上の空でふわふわしていた。
この狭い空間に僕と隆平さんの二人しかいなんて考えるとドキドキして。
少し夢見たいな気分。
でもこの気分が一転、最悪なことになってしまうなんてその時の僕には想像もつかなかった。




食事後、居間でくつろいでいる時に突然隆平さんが切り出してきた。

「ところでさ。今日、ドコ行ってた?」

ドキリと胸がうずいた。
隆平さんの僕を見る眼がまっすぐに向けられていた。

「ドコって・・・学校だよ。」

「嘘をつくなよ。今日学校から電話があったぞ。最近学校を休むことが多い、今日は無断欠席しています。って」

どうやら本当に連絡がいってしまったらしい。
まさか現実になるなんて思ってもみなかった。
しかもよりによって隆平さんが出るなんて。

「正直に、いってごらん。ドコに行ってた?」

「・・・さぼって遊んでた。」

「本当?」

僕は無言でうなずいた。半分は嘘じゃないから。さぼってたのは事実。

「最近よく休むって。そんなに休んでたか?」
何も言えなくて言葉につまる。

「淳君さ、前から夜遊び結構してたよね。でも俺が来る前は夜遊びもしてなかったし、学校も休んでなかった。やっぱり、これは俺のせい?」

「ちがっ。」

「だったらどうしてこんなことになってるんだ!最近じゃ夜はめったに家にいない。挙句の果てには学校にも行ってない。放っておけないよ。」

隆平さんが声を荒げてびっくりした。
こんな隆平さんは初めて見た。

「芽衣だって心配してるよ。」

このセリフを聞いてチクリと胸がいたんだ。
隆平さんが怒るのは・・・姉さんを苦しめているからなんだ、と。

「姉さんが心配しているから僕を怒るの?」

瞬間、隆平さんの目が見開いた。
その数秒後に僕の頬がパシン!という音をたてた。
殴られた。
たたかれた所がジンジンと熱を持っていた。
すごく痛い。頬も、心も。
しかしそれ以上に隆平さんは傷ついた目をしていた。

「俺は淳君を心配しているんだ。俺が来たせいでこんな風になって。どうしてなんだ?俺のことがそんなに嫌いなのかよ?」

キリキリとこめかみに痛みを感じる。

『俺のことがそんなに嫌いなのかよ?』

まさか隆平さんがそんな風に思っていたなんて考えてもみなかった。
それに、こんなにも僕のしていたことが隆平さんを傷つけていたなんて。
今まで自分の気持ちを押し殺すことで精一杯で、何も回りのことが見えていなかった。

「俺のことが嫌いでもいい。でも、芽衣を哀しませることだけはしないでくれ。」

隆平さんの顔が苦痛に歪む。

「これは、芽衣の夫としてのお願いだ。でも、それ以上に俺が、俺自身が淳君を心配しているんだ。」

ああ・・・。
隆平さんの意志の強いまっすぐな目が悲しんでいる。
僕は衝動に駆られた。

伝えたい。

僕がこんなにも隆平さんのことをすきだって。

一度想いを伝えてしまったら最後なのは分かっていた。
でも、止められなかった。



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