18.過去

遠くの方から雨の音が聞こえる。
いつだったか降っていた雨はずっと降りつづけていたようだった。
雨音を聞きながら意識は覚醒していた。
しかしどこか自分の体ではないような浮遊感がつきまとっていた。
このままもう一度眠りに落ちてしまおうとも考えた。
実際目を覚ますという行動を起こす気力もなかった。

しばらく雨の音を聞きながらじっとしている。

雨はしとしとと細やかな音を立てながら降り注いでいた。

その時急に雨足が強まり、外を打ちつけた。
そしてあまりの音の大きさに僕は覚醒した。

瞼を開けるともやもやとした視界の中に見たことのある部屋がうつっていた。
あまりにも白い部屋。
しかし考える気力に乏しい状況にいた僕は、それが誰の部屋かすぐに思考が結びつかなかった。


数秒の後、自分が置かれた状況がやけにはっきりと理解された。

(・・・・!ここは・・・。)

意識がはっきりとした途端昨晩の陵辱の様子がリアルに思い出された。

あまりの精神的な衝撃に突然体を起こす。

(・・・!つぅ・・)

途端に体中に激痛が走った。

腕には縛られたネクタイの跡。
そして何もまとっていない体のいたるところにちりばめられた痣。
口の中はやけに渇いていて鉄のような味ばかりがした。
ただ、昨日入れられた薬の効果は消えていたようで安心した。

自分の体の様子を見たことにより、このようなことをした人間への恐怖心が芽生えた。
慌てて辺りを見回すが、部屋には誰もいなかった。
ひとまず安心するといろいろな考えが浮かんでいった。

今まで優しかった彼がなぜあんな行動に出たのか。
確かにルール違反をしたのは僕だ。
しかしそれにしてもあの目は異常だった。
そして僕にしたこともおかしいとしか言いようがなかった。

何はともあれもうここにはいられない。
あまりにもつらい一夜だった。

助けてくれ、といくら懇願しても話は通じない。
快感を得ることがあんなにつらいなんて思いもしなかった。
自分でも何がなんだかわからず、ただただ涙を流して叫んでいたような気がする。
昨日の映像が断片的にフラッシュバックする。
恐怖で手足が震えた。

ともかく逃げよう、と思い、ベッドから立ち上がろうとしたその瞬間。
部屋の扉が開いてナオキさんが姿を見せた。

「いやっ!」

僕は一瞬パニックに陥り、部屋の隅まで逃げ出していた。
ナオキさんはそんな僕を見てひどく哀しそうな顔をしていた。

ナオキさんが無言で近寄ってくる。
僕の体の震えは止まらなかった。

「やだ!・・・こ・・・こな・・いでぇ・・・」

逃げ出そうとする僕をナオキさんがいとも簡単に捕まえた。
そして、捕らえられた。

しかし、これは"捕獲"ではなかった。
ナオキさんは僕をしっかりと抱きしめた。

「ごめん・・・」

ナオキさんの口からぽつりともれた。
しかし僕はまだナオキさんの変貌を恐れて逃げ出そうと身じろいだ。

「ごめん。淳・・・。頼むから、怪我の手当てをさせてくれ。・・・何もしない。約束するから。」

ナオキさんがいつものナオキさんに戻っていた。
僕の中の恐怖心は少し和らいだ。
ナオキさんは救急箱から消毒液や包帯をとり出して手当てを始めた。
昨夜つけられた傷が、しみる。
そしていまだ残る恐怖心で手がガタガタと震えた。
ナオキさんはそんな僕に何か言おうとして、やめた。
不思議な空間だった。
ナオキさんは普段のようにやさしく、何も変わらないのに、部屋の中は変な緊張感に包まれていた。
僕が怯えるからナオキさんは僕を安心させようとして抱きしめることもできない。

ふいに、ナオキさんが口を開いた。

「淳。俺が今から言うこと、信じてもらえなくても構わない。例え信じてもらえたとしても俺が淳にしたことは変わらないから。俺のこと、憎んでもしょうがないと思ってる。ただ、聞いて欲しい。」

僕は無言で頷いた。

「俺には、お前と出会う1ヶ月前まで恋人がいた。ナツメっていう・・・男だ。
ナツメとはさ、2年くらい付き合ってて、ここで一緒に暮らしてた。ナツメとは大学時代からの付き合いで、気が付いたらお互い好きになってて付き合いはじめたんだ。
それが卒業して一緒に暮らし始めてからうまくいかなくなった。」

ナオキさんの顔が瞬間苦痛に歪んだような気がした。

「俺は家で仕事をする。ナツメは普通の会社員で、特に営業だったから家にいることはだんだん減っていった。生活がすれ違ってからケンカも多くなって。気持ちも離れていった。そんな時、アイツが浮気してるのを知ってしまった。
けれど俺は怖かった。問い詰めたらアイツは俺のもとを去ってしまうんじゃないかって。だから長いこと言えなかった。ずっと、知らないフリしてた。それがある時、ナツメが俺としてる最中に違う男の名前を呼ぶんだよ。・・・俺頭に血が登っちゃって、アイツを縛り付けてむちゃくちゃに抱いたんだ。・・・そう、ちょうど昨日みたいに。ナツメは当然出て行ったよ。俺があまりにもひどいことをしたから。」

そこまで言ってナオキさんは深いため息をついた。
目が悲しみにくれている。

「それで?ナツメさんとはどうなったの?」

「それっきりだよ。ナツメがいなくなってから、本当に苦しくて。生きた心地がしなかった。死んでしまいたかった、ってくらいひどく落ち込んでた。そんな時、公園で淳を見かけたんだ。」

ナオキさんに拾われた夜のことを思い出した。
僕は行き場所がなくなっていたんだっけ。

「始め淳を見たとき、心臓が止まるかと思った。・・・淳が、あまりにもナツメにそっくりだったから。でもすぐに違う人物だってわかった。それで、無性に君を抱きたくなった。だから今思うとかなりおかしいけど、あんなにダイレクトに誘ったんだ。」

『君、俺と寝ないか』

そんな誘いに二つ返事で僕はOKしたんだ。

「淳と一回寝て、手放したくなくなった。ナツメと本当に似ていたから。顔だけでなく、声も、セックスも。甘党なところも。いつか砂糖をたくさん入れてたときあっただろう?ナツメもああしてたんだよ。・・・俺は本当に卑怯だ。ルールを破っていたのは俺の方だ。俺は、淳をナツメに重ねてた。そんな淳が他の男の名前を呼ぶから・・・俺はまた同じ過ちを繰りかえしてしてしまった。本当にすまない。」

ナオキさんの瞳から大粒の涙が流れた。
俺はその涙をぬぐった。

「ナオキさんがあやまる必要はないよ。僕がいけなかったんだから。」

そうして、僕はナオキさんに出会うまでのことを話し始めた。
言っている最中に何度もつらくなったけど、それでも最後まで話した。
ナオキさんは黙って僕の話を聞いてくれた。

「僕は確かに隆平さんとナオキさんを重ねて見てた時もあった。・・・でも。」

「でも?」

「僕はナオキさんのこと、大切に思ってるよ。」

「俺もだよ。俺だって淳のこと大切だ。いつの間にか・・・大切な存在になってた。」

「まだ、恋だなんて言えないかもしれない。それでも僕はナオキさんをとても大切に思ってる。それだけでもわかって。」

「わかった・・・ごめんな、淳」

そう言って僕たちは固く抱き合った。そして、静かに涙を流した。

「僕には、逃げてきた問題がたくさんある。まだ怖いけれど向き合いたいと思ってる。そうじゃないと、ナオキさんと向き合えそうにもないから。」

そういって僕はナオキさんから身を離した。

「・・・そうだな。俺もナツメとのこと、じっくり考えてみる。」

そうお互いの言葉を残して僕はナオキさんの家を離れた。
次逢う時の約束はしなかった。
もしかしたらもうお互いの存在は必要ではなくなるかもしれない。
それでも、僕らは現実に向きあう努力をしようと思った。
ナオキさんに出会えて本当に良かったと、心から思った。



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