19.恋をするということ

ナオキさんの家を出たとき、なぜか気持ちは前向きだった。

ナツメさんとの話を聞いて思った。
人を好きになる気持ちはどうすることもできない。
好きになりたくて好きになったんじゃない。
気が付いたら好きになっているんだ。

でもそれは、すべて叶うことなどありえない。
人はぞれぞれ人を好きになるんだから。
それが上手く好き合えれば両思いってことになるんだろう。
それって、奇跡に近いことだ。
これだけたくさんの人がいて、一生の内に出会う人はほんのわずか。
それだけでも奇跡なのに、その中で嫌いになったり、好きになったりする。
そうい相手を見つけること自体が本当に奇跡なんだ。

だからといってみんながみんな恋を諦めたりなんかしない。
つらくても、好きな気持ちには逆らえないから。

僕も、ナオキさんも好きな気持ちを抑えられなかった。
それがそれぞれ違った方向に向いてしまっただけで。

ナオキさんはナツメさんを傷つけ
僕は隆平さんに背を向けた

でもそれだけじゃ前に進めない

僕はまだ隆平さんが好きだ。
そしてこの恋は叶うことはないだろう。
それは前からわかりきっていたことだった。

けれども今の僕と前の僕は違う。
恋が、叶わないと逃げるのではなく
叶わなくても、恋をしていたい。

そう思った。




心は苦しみを抱きつつも晴れ渡っていた。
しかし、体はそうではなかった。

もともと体調不良を起こしていたのに加えて昨日ナオキさんから受けた仕打ちによってボロボロだった。
家へ帰る足取りがふらつく。
だんだんと眩暈が激しくなってきていた。
もうすぐ家なのに、目の前が暗くなる。

しかたなく地面にしゃがみこむと背後から男の声がしてきた。

「おい、気分悪いのか?」

ぶっきらぼうだけど、とても温かみのある声。
どこかで聞いたことのある声だった。

「大丈夫か?」

男が俺の肩を掴んで顔色をうかがおうと僕の顔を覗き込んだ。

「おい!・・・おまえ。」

男は僕のことを知っているようだった。

「こんなところで何やってるんだ。」

何やってるって・・・家に帰るんだよ。

そう言おうとして声がでなかった。
かわりに激しい眩暈で視界が暗転し、次第に五感がシャットアウトされていった。




おでこに冷たい感触を感じる。
冷たく絞られたタオルが乗せられていた。
ぼんやりとした意識の中で、僕を介抱している人物のシルエットが見えてきた。
すごく大きい体。 知ってる・・・僕はこの人のことを知ってる。

そしてしだいにハッキリしていく意識の中、そこに誰がいるのかがわかった。

「濠さん。」

熱をもった喉からはかすれた声しか出なかった。

「ん?気がついたか。」

「ここは?」

「しょうがないから俺の家に連れてきてやった。店に行こうとしたら路上でへたりこむ悪趣味なヤローがいたからさ。」

「僕は悪趣味なヤローなんかじゃありません。」

「んなことはどうでもいい。熱があるオマエに聞くのはしのびないが、単刀直入に言う。今までどこに行ってた?」

この人はとこまで知っているのだろう。

「隆平と芽衣が、オマエさんが家出したって騒いでたぞ。まったく、隆平は自分のせいなんじゃないかって気にして、随分と使えないやつになってたんだからな。責任とれよ。」

「隆平・・・さん。何か言ってた?」

「あ?隆平は何も言わないさ。ただ、俺はだいたい予測がついたけどな。」

そういうと、濠さんは一呼吸置いて言った。

「オマエ、隆平のこと好きなんだろう」

「それ、隆平さんが言ってたんですか?」

「アイツはそういうことは言わねぇよ。ただ、オマエを見てそうなんじゃないかと思ってた。結婚式の時しか会ったことないけどな。なんか様子がおかしかったから。もしかしてかなりシスコンなのかとも思ったけど、ずっと隆平のこと見てたから。」

「やだ・・・なんか、恥ずかしいな。ばれてたなんて。」

「子供、できたんだってな。」

「うん。」

「ツライだろ。あの二人と暮らすのは。」

「濠さんは何とも思わないの?僕が男をすきだってこと。」

「そりゃビックリしたけどよ。でもしょうがないだろ、好きなモンは好きなんだから。ただ、あえてツライ道を選ぶバカなやつだとは思ったけど。」

僕は自分の気持ちが否定されなかったことに大きな喜びを感じていた。
許されない思いに変わりはないけれど、まだ好きでいていいんだと思った。

「うん。」

普段怖い人から優しい言葉をかけられると弱い。
少し涙が出てきそうで恥ずかしくて布団で鼻を押さえた。

「ムダ話はいーから。早く寝てろよ。そして起きたらちゃんと食え。オマエを抱きかかえた時あまりの細さにゾクっとしたよ。まったく近頃のガキは発育が悪くて困る。」

「濠さんも早くその減らず口治したほうがいいよ。」

「うるせぇ。これは生まれつきだ。仕事行ってくっからな。」

「隆平さんに僕のこと、言うの?」

「俺はそこまでお人よしじゃねぇ。自分の家出は自分で後始末つけな。」

「わかった。」

「素直でよろしい。」

一通りムダ口をはたらくと濠さんは仕事へと出かけていった。
僕は久しぶりに安らいだ気持ちで眠りにつくことができた。

見た夢は悪夢なんかじゃなく、覚えていないけれどなんだか楽しげな夢だった。



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