貴方を嫌いになる方法・5


カップヌードルの味は、しょうゆ味に限る。
そんなことを考えながら薬味のエビを口に入れた。
今僕は隆之のアパートで夕食を食べている所だ。本日のメニューは料理好きな僕らしからぬインスタントラーメン。ちなみに隆之は万年カレー派だ。しかもピザ用チーズをかけてからお湯を入れるのが彼のこだわりらしい。食の好みがその人物を表わしているように思う。どう考えてもこの男はこってりしたものが好きそうだ。
なぜ僕がいながらこんなメニューになったかというと、料理を失敗したために他ならない。めったにそんなことはしないがフツーに塩と砂糖を間違えてしまったのだ。我ながらベタな間違いをしでかしたものである。
こんな間違えをする原因は一つしかない。あのアユミとかいう女が言っていたことだ。いわゆる隆之男の肩を抱きながらホテルに入っていった疑惑。そのことの真相が気になって他のことが何も考えられないのだ。
隆之の部屋に来る前、動揺した僕は会ったらすぐに問い詰めてやろうかと思った。しかしいざ会ってみるとなかなか言い出せないものである。
僕に、それを問い詰める資格があるのだろうか?
この間会話の流れで隆之が僕を恋人だと認めてくれたけれど、よくよく考えてみると本当にそう言いきれるか疑問だった。もしかしたら一番身近にいるから抱いているだけなんじゃないかって。女と違って面倒くさいこともないし、僕がいれば食べ物の心配もしなくていいし?そう考えるといくらあの時恋人だと認められても、あれは隆之流のたちの悪い冗談かもしれない。
それなら、こんなに好きになってしまった僕はどうすればいいのか・・・?
こんな風に同じことを堂堂巡りして考えているうちに、かなりエキセントリックな味の料理ができてしまったのだ。
そして、今に至る。

「ごちそーさん。」


早々と食事を終えた隆之はそのままソファに寄りかかった。数分後、しばし遅れて完食した僕は後かたずけを始める。
(ああ・・・なんだか押しかけ女房みたいだ)
いつも隆之の世話を焼くことになんの疑問も抱かなかった僕なのに、心に一点の曇りが生じただけでその行為が酷くあつかましいものに感じる。こうしていろいろとやってあげることで、愛されたいだけじゃないのだろうか。
ゴミを捨て、冷蔵庫から麦茶をついで隆之の前に差し出す。隆之はそれが当たり前のように手を伸ばした。
なんだか急にいたたまれない気分になった僕は、突然立ち上がって帰り支度を始めた。


「おい、樹どうしたんだよ。帰るのか?」


「今日は帰るよ。明日ミクロ経済学テストなんだ。」


「うちで勉強してけばいいだろ。」


隆之の声は僕の決断に不満そうだった。しかし今の僕はとてもじゃないけど冷静に彼の傍にいることなんてできやしない。今夜は、離れていたいと思った。


「いや、家に本とかあるし。それにここにいたら勉強どころじゃないだろ。」


「それ、どういう意味だよ。」


ソファに横たわっていた隆之が僕の腕を取る。急な力に引っ張られた僕は抵抗する暇もなくソファに崩れ落ちた。


「俺といたくないのかよ?」


「そんなこと言ってないよ。ホラ、隆之こうやってすぐ押し倒すだろ。これじゃ疲れて勉強できない。」


「だって樹さっきからつまんなそーな顔して。本当は俺といるのがいやなんじゃないの?」


「誰もそんなこと言ってねーだろ!」


隆之は俺が叫んだことにビックリしたみたいだった。めったに、感情を表に出すことのない俺が、大声を出して。しかし驚いたのも束の間でいつになく怖い顔をした隆之が性急に事を進めようと手を伸ばした。


「やめっ・・・!。」


僕がいくら制止をうながしても聞いてくれない。こんなに無我夢中でのしかかってくる隆之は初めてで恐怖を覚えた。恐怖の中、僕はこの腕から逃れる方法だけを考えた。
怖い・・・。
気がついたら隆之の頬を殴っていた。自分でもそんな力がどこから出ているのか不思議だった。しかし入りは予想以上によかったようで、頬を押さえて座り込んでいる隆之が見えた。


「逃げるなよ・・・。」


獰猛な獣のようなうなり。それを、思わせるような隆之のセリフだった。


「帰る。」


とにかく今は逃げなくちゃという防衛本能が働いた。


「・・・これだから男なんか抱いてもつまんねーんだよ。」


その一言で、一気に熱が引いた。まるで冷水を浴びせられたかのように。こんな表現が本当にそのまま存在する出来事だということを・・・知った。


「ナニ言ってるの?男も、僕の他に抱いてるんでしょ?結局スキモノの癖に。穴があればどこでもいいんじゃない?」


「お前こそなんだよ、男に入れられて善がってるただの変態じゃねーかよ。」


「なっ! 見境なくやりまくってる人に言われたくない!嫌がる僕を無理矢理抱いたのはどこのだれだよ?僕の気持ちなんか無視して・・・!」


「お前あれで嫌がってたのかうよ。初めての割には随分具合よさそうにしてたじゃねーかよ。ま、俺のテクじゃ当然か。」


「自惚れるなよ。ただデカいだけじゃねーかよ。」


「しょうがねーよな。お前デカいのが好きな淫乱だもんなぁ。」


「好きじゃない!僕は全然そんな好きじゃないんだからな!・・・お前のことだって全然好きじゃない!」


言ってしまってからしまったと思った。少しの負の気持ちがいつしか必要以上に大きくなりすぎて。思ってもないことまで言ってしまった。場の雰囲気が、一瞬にして凍りついた。


「帰れよ。」


「言われなくても帰るよ。他の誰か呼んでくれよ。」


「そうさせてもらうよ。何しろ俺は?穴がありゃどこでも突っ込む男だからさ。」


チクチクと、刺のある辛辣な言葉しかお互い吐けなくなっていた。


「勝手にしろ。」


そう言い残して僕は隆之の部屋を出た。途中、追ってくるかもしれないと思って振り返っては、誰もいない道を見るのがたまらなく切なかった。




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