貴方を嫌いになる方法・6


泣きすぎて瞼が重い。こんなこと初めてだった。
昨晩、隆之の部屋を飛び出して呆然としながら、それでも足だけは随分と早足で動かしていたような気がする。頭が機能してないのに、体はちゃんと帰る道を覚えていて、いつの間にか見慣れた自宅のベッドに横たわっていた。
寝てしまおうと思っても眠れない。隆之への怒りやさっきのケンカのことなんかではなく、なぜだか二人で過ごした楽しい時間のことばかりが思い出された。そしてそれがもう二度と手に入らないもののような気がして悲しくなる。その結果涙はとめどなくあふれ出たのだった。
もう隆之とは友達にも戻れないかもしれない。一度そういう関係になってしまったら後には引き返せない。ぽっかりと、心に空洞ができるのがわかった。

それでもお腹はすく。人間は悲しいけれど、そこまでヤワにできているわけじゃないんだ。少なくとも僕は失恋ごときで生きていけなくなるような人種ではない。
僕は重い頭を左右に振ると、立ち上がってキッチンへと行った。おなかはすいていても何かを作ろうという気にはとうていならない。僕は冷凍庫に入っているタッパーを取り出した。僕の家の冷凍庫には多く作りすぎて余ってしまった料理が保存されているのだ。こういう時は自分がマメな男でよかったと思う。
レンジでカレーを温めて皿に盛る。ご飯もレンジで温めるやつの買い置きを使った。
自分で作ったものだったが、やはり美味しかった。意外と甘いカレーが好きな隆之のためにリンゴのすリおろしを入れたりして結構凝っている。


「うまい・・・。」


こうしてお腹は満たされるのに、何かが足りないと体が叫んでいて。
僕は不覚にも食事中に涙を流した。














それから僕らは、お互い無視し続けた。隆之が現れそうなところには行かなかったし、偶然すれ違っても声をかけなかった。それ以前に目も合わせない。僕らはまるで他人のようだった。
自分でも逃げているとわかってる。それでもどんな顔をして隆之に会えばいいのかわからず、逃げてしまう。
周りの友人達は僕らの変化を不思議に思っていたみたいだ。しかしいつの間にか広まった「女を取り合ってケンカした」という噂が定着し、無理にそれ以上突っ込んで聞いてくる人はいない。


「おっ、隆之また女連れて歩いてやんの。最近付き合いわりーよな、いつも女と一緒でさ。」


食堂で一緒にお昼を食べていた時、向かいに座る友人が口を開いた。
僕は隆之と鉢合わせしてしまった気まずさからか、ずっと下を向いてラーメンを啜った。
「樹もさぁ、隆之と女とりあうなんてバカすんなよなー。勝てるわけねーって。」


噂を信じ込んでいる友人がぼやく。


「ウルサイ。どうせ僕はダメ男ですよ。」


そうなのだ。僕はどうしようもない男だ。・・・と最近ではすっかり鬱である。
視界の中に隆之を見つけた時、目を合さないようにしながらもついつい視界には入れてしまう。視界の端でもいいから、隆之の存在を感じたいのだ。そうした時必ず気付くのが、隆之も僕がいることに気付いているということだ。一瞬こちらに視線が注がれるような気がする。しかし、すぐに視線は外されて僕は隆之の中から排除される。この瞬間がたまらなく苦痛だった。
あれからも隆之はいつも女を連れて歩いて、どうしようもないヤツなのにまだ想いは消えない。
いっそのこと嫌いになってしまえればよかった。
けれど僕にはその方法がわからない。どんなに酷い扱いを受けても隆之を好きだという気持ちは僕の中で固定観念のようになってしまっていた。
ただ、その胸の痛みに絶えるしかない。僕が、隆之を忘れるまでは。


ラーメンのどんぶりに集中させていた視線を外して、いつものように視界の端で隆之を捕らえようとした。すると今日隆之が連れている女に見覚えがあることに気付く。
比較的地味なうちの学校の中でひときわ目立つ派手な身なりの女。いつぞや僕に突っかかってきたアユミという女である。


「あれぇ?樹君じゃん。私のこと覚えてる?」


関わり合いになりたくないとばかりに目線をそらしたハズなのに、場の空気を読めないこのアホな女はよりによって僕に声を掛けてきた。


「この前はごめんねぇ。いきなり変なこと聞いちゃって。なんかあれ誤解だったらしくてさー。ま、なんとかなったからさ。」


誤解?誤解って隆之が男とホテルに入ったってこと?
まくしたてる会話のペースになのか、話の内容からか、僕はアユミの言うことがすんなりと理解できずに二、三回まばたきをした。そして隆之が会話の輪に近づいてくるのを見てさらに僕は固まった。


「おい、アユミ。樹に何言ったんだよ?」


久しぶりに近くで聞く隆之の声に僕は震えた。とても好きな声。ただし今ココで聞いた隆之の声は冷たく凍っていて僕の耳に氷の刃をつきたてるような感覚をもたらす。


「ホラ、こないだ男とホテル入ったって話。まだホントのことがわかる前に、隆之がそーゆー性癖なのかお友達に聞いてみたんだよね。たまたま見かけたからさぁ。」


「何でそういう事、樹に言うんだよ!」


隆之は始めから悪かった機嫌がさらに悪くなったようで、声を荒げた。


「ごめんごめん。アユミ不安だったんだよぉ。まさかーと思って。そりゃヤだよね。友達に自分がホモかもしれないとか言われるの。でもまぁ誤解だったからいいじゃん。・・・ってそういやまだ樹君にはそれ言ってないっけ。まーね、私の早合点というか、なんか隆之が男とホテルに入ったっての罰ゲームだったらしいよ?」


罰ゲーム?
それを聞いて僕は何だか何だかホっとした。隆之が他の男を抱いていたと思うたびに、どうしようもない嫉妬に焼かれていたから。例えもう別れた後でも、そのことが気がかりで仕方なかった。


「そうなんだ。」


やっとでた安堵のセリフを吐くと隆之は難しい顔で僕を見ている。


「ま、そういう訳でぇ、隆之はホモじゃなかったってことで。アユミも一安心したわけ。そんでもって最近隆之妙に優しいし。昨日からずっと一緒にいたんだよね。」


アユミはそう言って媚びるように隆之の腕に絡みついた。
僕が心から欲している場所。
でも隆之にとっては隣に女性がいることこそ本来の姿なのだろう。それがどんなに隆之とはつりあわないような中身のない女でも、男の僕なんかよりずっとましだ。


「そっか。よかったじゃん。隆之とうまくいって。隆之がホモであるわけないからね。僕も安心したよ。」


僕がアユミに言った言葉は、半分が嘘で半分が真実だった。
いいわけないだろう?こんな女に隆之を取られてしまうなんんて。
でも・・・隆之はホモじゃない。たまたま、きっと欲求不満を解消するために僕を抱いていたにすぎないのだろう。
僕はそう思って諦めることしかできない。隆之は男を抱くことはできても愛することなどできないのだと。
だからそんなものを求めてはならないのだと・・・。

僕は自分にそう言い聞かせて、うつむいた。
だから僕は気付かなかった。アユミと体を寄せ合いながら、怒りの視線を僕に向けていたことに。




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