貴方を嫌いになる方法・7


嫉妬とは難解なものである。
今この胸の中でふつふつと湧き上がっているこれが嫉妬なのだろうか?
怒り、不安、悲しみ、苦しみ、寂しさ。
そんなものが交じり合ったような変な感じ。


自分ではない他人が、愛するヒトを占拠していることからくる憎しみなのか。
愛するヒトが、自分ではない他人を大切にすることに対する羨望なのか。


うまく言葉ではいえないけれど、しいて言えばこの感情は怒りに近く、それでいて限りなく悲しみに近いものである。
それでも僕は、決して叶うことのない思いとして諦めることによって、この感情の波を静めようとしていた。

少なくとも、隆之の言葉を聞くまでは。











「お前は、平気なのかよ!!」


そんな隆之の声がして僕は顔を上げた。見上げた視界に入ってきた隆之の顔は怒りに満ちたような、けれど悲しい顔をしていた。


「平気って・・・なんだよ。」


「樹は俺が他の男とか、女とかと何をしていようが関係ないんだな?」


「あっ・・・当たり前だろ?何でただのダチの俺が・・・隆之の恋愛関係に口出しできるわけないだろ?」


「お前はいつもそうだよな。何でも平気な顔して・・・!くそっ!」


怒りに身を任せて食堂のイスを蹴り上げる。その様子のおかしさと、大きな音で食堂にいる人たちがいっせいにこちらを見た。しかしそんな注目も今の隆之には関係ないように続ける。


「樹は俺が他の男と寝ても平気なのかよ!?」


「ちょっ・・・こんな所でそんな話すんな・・」


「俺が男とホテルに入ったのは罰ゲームなんかじゃない!」


「なっ・・!」


これにはアユミも驚いたように固まった。もちろん僕の固まり方はその比じゃない。
その発言に、僕はアユミに感じた以上の怒り・・・おそらく嫉妬という名のそれを感じた。


「俺は男を抱くためにホテルに入ったんだ。それでもお前は何ともないのか?」


「・・・僕は・・・。」


「俺はいつも我儘ばかりで、お前を困らせるようなことばかりしてきた。それなのにも関わらず、俺はお前が我慢してるのを見るとすげえ嫌な気分になる。どうして何にも言わねぇんだよって。」


周りに聞かれてはならないような話題なのに、僕にはその状況がつかめなかた。今僕の世界の中には自分と隆之しかいない。


「俺のこと好きなくせに我慢すんじゃねぇよ!!嫌なら嫌って言ってみろよ!」


この隆之のセリフに僕は完全に煽られた。今まで溜め込んできた鬱憤が口火を切ったように溢れ出した。


「嫌に決まってるだろ?僕が今までどんな思いで我慢してきたんだろ思ってるんだよ?
お前を好きになってからはいつも自分が嫌で嫌で仕方がなかった!他の女と寝てても、怖くて責めることもできない。
だってそうだろう?やっぱり女の体の方がいいなんて言われたら、元も子もないじゃないか。だからいつでも平気なフリして我慢してた。面倒くさいいざこざを起こさなければ、こんな男の僕でも抱いてくれるだろ?
お前は友達も一杯いて、その中のたまたま一人に僕がいただけかもしれないけど、僕はお前と違って世界が狭いんだよ。お前を失ってしまったら、もう僕の手元には何も残らない。必死でその立場を守りたいだけなんだ。
頼むからもう・・・僕のこと好きじゃないなら、ただの遊びならスッパリと捨ててくれよ。」


今の思いをメチャクチャにぶちまけてしまった。なんだか言っていることもまとまってなくて支離滅裂だ。


「あの・・・さ。」


しばらく沈黙が続いたあと、先ほどまで一緒にランチを楽しんでいた友人が遠慮深そうに声を掛けてきた。


「なんだかわかんねーけど・・・そういう話はもっと人気のないところでしたほうがいいんでない?」




ごもっとも。




気がつくと周りのギャラリーがぎょっとしたような目つきで僕らを遠巻きに見ていた。







内心しまったと思っていると、急に隆之が僕の腕を掴んで歩き出した。僕は引きずられるようにして食堂の奥へと連れ出される。それから廊下をずんずんと歩いて、気がつくと誰もいない部屋にいた。
ゼミでよく使う資料室。けれどレポート提出もない今のような時期は訪れるものは稀だ。友人の忠告を聞いて、ちゃんと人のいない部屋を選んだのだろう。
決して広くはない部屋に所狭しと論文や文献が積まれ、中は息苦しい感じがした。
もっとも、この息の詰まる状況がそう感じさせているだけなのかもしれないが。


「ホントに、他の男と寝たのか?」


沈黙に耐え切れずに切り出したのは僕だった。それも、結構単刀直入的に。
お互い顔を合わせるのがなんだか気まずくて、隆之は小さな窓の外を眺め、僕は床をひたすら見つめる。
本当は、女であっても他の人間と隆之が肌を合わせるのは嫌だった。
けれども性的に僕がどう逆立ちしても持ち得ないものを彼女達は持っているはずだし、それを隆之から無理矢理に奪うことはためらわれた。しかしそれは、許しではなく、存在を失うことへの畏怖である。
嫌われないために、いい子でいたかった。
まるで親や教師に気に入られ様と、必死でいい子を演じる子供のように。
聞き分けのいい恋人のふりをするのだ。
けれども正直言って、本当に隆之と男が寝ていたとしたら、僕の心は悲鳴をあげるであろう。
僕は、隆之のトクベツではなかたったのだろうか。
世界中の男の中で隆之に愛されているのは僕だけだと、そう思っていたのは自惚れだったのか。


「あの日、男を抱こうと思って・・・・そういうバーでナンパした。」


そのセリフは日常的にそういうことをしていたことを仄めかすような言い方だった。
僕は・・・今まで何を見てきていたのか。


「いつも・・・僕の他に男とヤッてたのかよ・・・?」


気がつくと声が震えていた。


「言い訳かもしれないけど、俺がそういう風にしたのはあの時の一回だけだ。男を抱こうと思って、適当に見繕って、ホテルに誘った。
けど、抱けなかった。」


「えっ?」


「結局してない。そいつとは。」


「そうなんだ・・・。でも、何でそんなことしようとしたんだよ?この前、僕のこと恋人だって言ってくれたじゃないか。僕・・・本当はそれが・・・すごい嬉しくて。・・・なのに。」


いつの間にか視界が揺れている。体内の瞳の奥にある器官から、液体が分泌されているのだ。


「ごめん。」


その言葉は、いつも適当におちゃらけて言う隆之の常套句ではなく、心の底からの謝罪だった。


「本当は、僕となんか付き合ったこと後悔してるの?だから他の人を抱こうとするの?」


「違う!俺は・・・俺は・・・本当は樹が好きなんだ!ずっとずっと好きだった。何年も前から、友達だった頃から、お前しか見てない。
最初は結構無理矢理だったよな?俺がお前を抱いたのも・・・。それからも俺はずっといい加減で、一番大切なことをなぁなぁにして、気持ちに向き合わないままにそのままズルズルと関係を続けてた。
怖かったのは俺の方だ。樹は優しいから、俺の気持ちに無理にこたえてたんじゃないかって。
だけどこの前樹も俺のこと・・・ちゃんと恋人だって思ってくれて。あの時は恥ずかしくてあんな風にごまかしちゃったけどさ。
でもさ、ようやく思いが通じあった途端、俺はどうしようもなく不安になった。
男を恋人に持つってこと、本当の意味でわかってなくてさ。手に入った途端、このままでいいのかって本気で思った。
やっぱり、樹が男だってわかてっても、本当に理解してなかったんだよ。樹自体が好きで、性別なんかどうでもよくて。
でもよくよく考えたら樹も男で、俺も男で。将来なんかないかもしれない。それに、やっぱりおおっぴらにはできないような恋愛をすることに、抵抗があったんだ。俺、やっぱ自分勝手だよな。」


「僕も、最初は悩んだよ。友達なら一生付き合える。でも恋はいつか終わるかもしれない。特に男同士だし、ね。いつか両親を悲しませることになるかもとか思ってさ。それ以上に隆之を好きな気持ちっていうか・・・一緒にいたい気持ちが大きかったけど。」


「俺、なんとか自分が正常だと思い込もうとして女、抱いてたんだ。まだ大丈夫、自分は女も抱けるなんてバカなこと考えながら。でもやっぱり樹とする方が全然よくて、女とヤるのもつまんなくなって。そう思ったら自分がホモになったんじゃないかってアホこいて。試しに他の男を抱こうとおもったんだ。・・・でも、全然勃たなかったんだよな。この俺がだよ?笑っちゃうよな。
挙句の果てに自分がわかんなくなって、むしゃくしゃして、お前に当たって。アホみてーに。お前傷つけて。」


僕たちは今まで何をしてきたのか。たどり着いた果てが今のこの場所だ。
隆之の口から零れた言葉はきっと本音。
今まで臆病に生きてきた僕たちの関係性の中で、最も真実に近い言葉。


「結局俺は、樹が好きなだけだったんだよな。」


シンプルな言葉こそ、真実を上手に指し示す。
今まで隆之と一緒にいた中で一番嬉しい言葉かもしれなかった。


僕は涙を隠せずに、顔を覆った。
優しい大きな手が降ってきて、僕の頭を撫でる。僕はこの手がどうしようもないくらい好きなのだ。


「僕も・・・今までウソばかりでゴメン。本当は、隆之を独占したくてしょうがなかった。でも、嫌われたくなかった。」


気持ちを吐露して、涙をとめどなく流して。
隆之はそんな僕の頭をずっと撫でて、僕の気持ちが落ちつくのを待った。


「樹、もう一度、ちゃんと向き合おう。俺はお前が大事だから、中途半端な気持ちで付き合えない。男と付き合うなんて、障害だらけに決まってる。そういう決心がつくまで、ちゃんと考えないか?今まで逃げてきた分、ちゃんと。今度こそ大切なことを見失わないように。」


「僕の気持ちは変わらないよ。隆之と一緒にいたい。」


「もちろんそれはわかってる。俺もそうだ。決して逃げようとしてるわけじゃない。ただ、俺もちゃんと考えたいし、樹にも後悔するような選択はして欲しくない。お前を失いたくないんだ。それに、いつも我慢させてばかりで、辛い思いをさせたくもないんだ。もっと対等な関係を、俺は望んでる。」


今まで逃げてきた分、これからは。


僕たちは遠回りをしたのかもしれない。
居心地のよさから、目を背けていた現実に、ついに向き合う時がきたのかもしれない。


「わかった。僕も逃げないよ。ちゃんと隆之と一緒に前を向くよ。」


「ああ・・・。ごめんな、こんなことになって。最初から、ちゃんとお前を愛せば良かった。」


隆之は僕の頭を撫でていた手を下におろし、頬をやんわりと包んだ。
すごく、久しぶりのキス。
性的な意味合いを持たず、お互いを愛しむためのついばむようなキス。
相変わらずやわらかい隆之の唇が、本当に愛しくてしょうがなかった。






これが、僕たちの最後のキスになるのかもしれない。
そんな切ないキスのはずなのに、心のどこかではこれが僕たちの始まりのキスなのかもしれないと感じていた。




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