貴方を嫌いになる方法・8


「結局俺は、樹が好きなだけだったんだよな。」




ずっと、その言葉が頭から離れなかった。
ずっとずっと、欲しかった言葉だった。

好きな人に想われていたという事実に、僕は優しく包まれた。
だけれども僕たちには向き合わなければいけない事実もあって。
本当に、男同士であるということを受け入れられるのか。それゆえに起こり得る障害を乗り越えていけるのか。
いつか終わってしまうかもしれない恋と、一生続けていける友情のどちらを僕たちは欲しているのか。
そのことに関しては僕は迷うものはないと思った。
僕らはまだ学生で、将来のことなんて全然わかっていないのかもしれない。
でも今の僕は、誰に後ろ指をさされようとも、隆之を思う気持ちはとても気高いものだと思っている。
だって、何年も大切に温めてきたものなんだよ?
僕は友人としての隆之を超えて、ひとりの人間として彼を愛してる。
自分の気持ちにはとても自信があった。

ちゃんとお互い考えようって、そう言われてから僕が考えていたことはもう一つある。
僕は隆之から欲しがられて、いろんなことをしてきたつもりだった。
体も繋げたし、我儘にも応えたし、ご飯も作ってあげた。
でも本当は、隆之が一番して欲しかったことをしていなかったんじゃないかって。
いつでも受け身な僕。
そうなのだ。僕は隆之のことを自分で欲しいと思っていても、それを行動で表したことがないのだ。


『いつも我慢させてばかりで、辛い思いをさせたくもないんだ。もっと対等な関係を、俺は望んでる。』


何でも隆之中心で、何か言いたいことがあっても嫌われるのが怖くて我慢して。そんな姿に気付いた隆之が嫌な気持ちになるのも無理はない。
僕は今まで何もしてこなかった。


だから、今度は僕が決めなくちゃいけない。


















あの食堂での事件があってから、どうも周りの視線が気になる。気にしすぎているのかもしれないが、どうやらあんな大勢の前で修羅場を演じてしまった影響というのはあるみたいだ。
まぁ何も知らない他人に何を言われようが一向に構わなかったが、一応あの場に居合わせた友人だけには説明しておこうと思い、事の顛末を話した。


「・・・という訳なんだ。驚かせて、ごめん」


やっぱり今までグループでダチやってた僕と隆之がそういうおつき合いをしていたことは、彼にとって嫌なことなんだろうなぁと思い、告げるときは非常に緊張したものだ。しかし以外にも彼の返事はあっさりしたもので。


「うん。あれでなんとなくそーいうことなのかと、分かったよ。」


冷静なこと、この上なく。


「あ・・・のさぁ。驚かない?」


「確かに、あの現場ではかなりびっくりしたね。あの隆之のオンナ、アユミちゃんだっけ?がすげぇ化粧崩して泣くしさ。俺それなぐさめるのに必死だったわけよ?で、まぁその後冷静になって考えてみると、ある意味納得かなと。」


「納得しちゃうのかよ。」


「だってさぁ、なんかお似合いじゃん。よほど他の女とつるんでるよりなじんでるよ。全然違和感ないし。隆之が樹大事にしてたのだって昔からだしな。」


なんて理解のある友人だと思った・・・のはほんの数秒間の間。


「それにお前そこらの女よりよっぽど色っぽいよな。お前くらい綺麗だったら一回ぐらいお願いしちゃってもいいかな〜・・・なんて」


すかさず僕の怒りのパンチが飛んだのは言うまでもない。僕に殴られた後頭部をさすりながら友人は苦笑いを浮かべた。


「ま、さすがの俺も隆之と張り合うつもりはないけどさ。」


隆之、という単語に反応して僕は顔に浮かべていた笑みを消し去った。小学生が夏休みの宿題をずっとためているかのように、後回しにしていることが僕にはある。まだ、隆之には自分の決意を告げていないのだ。


「で、隆之とはヨリ戻ったんだろ?」


痛いことを聞かれて僕は目を泳がせた。


「ハハ…それがまだ…。あれから一度も口聞いてないんだわ。」


あれだけ大騒ぎしたのに、何も進んでいないのがなんだか情けない。ポリポリとこめかみあたりを掻きながら言った。


「まじかよ?おまえらうまくいったんじゃねーの?俺はてっきり…」


友人は困惑した表情で僕の顔を覗き込んだ。


「え?何?」


「いやぁ…噂、なんだけどさ。アイツ女全部切ったって聞いたから。やっぱり樹と丸く収まったのかと思ったんだけど、違うの?」


そう言えば何人かの隆之と関係のあった女からすごい形相で睨まれたことを思い出した。けれども隆之がそんな身辺整理をしていたなんて初耳なのだ。


「アイツ、女切ったんだ…。」


「知らなかったのか?…でも、ちゃんとけじめをつけたってことは、樹一本で行こうと思ってるんじゃねーの?」


本当かどうかわからないけど、なぜか胸の奥底がかぁっと熱くなった。


隆之は、僕と過ごす未来を、考えてくれているの?


今までおぼろげだった決心が、はっきりと形になるのが見えた。僕はやっぱり隆之と一緒に居たいんだ。そして、その気持ちを今すぐにでも伝えたくなった。


「ゴメン、僕ちょっと行って来る。」


「オイ!何?突然。」


急に鞄をつかんで席を立とうとした僕に、慌てて声がかけられた。


「やっぱりハッキリさせてくる!ありがと。話きいてくれて。」


そう言い残すと僕の視界には食堂の出入り口しか見えなくなった。ココを出て、今すぐ隆之に会いに行こう。


「おーい!がんばれよぉ!なんだかわかんねーけど。」


弁解のために呼び出した友人をまたしても置き去りにして僕は走った。今日は隆之は授業もないし、バイトの時間にしては早いからまだ家にいるはずだ。学校を出て歩いて数分の距離を僕は必死で走る。今の、この熱いままの気持ちを伝えないと損なような気がして。
隆之の住むアパートに着くと、インターフォンも鳴らさずにドアを開けた。隆之に会うことで頭が一杯の僕は、玄関に女物の靴があることなんて、気付きもしなかった。スニーカーを脱ぎ捨てて、そのまま視線を部屋の中に移すとそこにはこちらを向いている隆之と…。




その背中から抱きついている女の手。




ん?女は切ったんじゃなかったっけ?






一瞬頭にハテナマークが過ぎったのだが、僕はもう、今までの僕ではなかたった。
人は成長するのだ。僕もしかり。
いつまでも臆病なままではいられない。男だからなんて関係なく、僕も一人の人間として感情のままに動かなければならない時もある。
後で冷静に考えてみると、以前の僕ならばその場から逃げ出していただろうと思う。男のくせに情けないが。
しかし、今回は違う。隆之は僕の男なのだから。


「人の男に何してんだ!」


今まで生きてきた中でおそらくベスト3に入るであろう啖呵が切れた。その大声を受けて、隆之が珍しいものを見ているかのような目で僕を見た。


「人の男って何よぉ!このホモっ!」


隆之の背中の後ろから聞き覚えのある声とともに、顔を出した女はアユミだった。化粧をバッチリしていたであろう顔はぐしゃぐしゃで、涙が垂れ流しになっている。小学校のころ水性絵の具で書いた絵が雨に濡れてしまったときのようだ。こんな女にだけは負けたくないと妙な嫉妬心すら生まれる酷い顔だ。


「人の男だから人の男っていってんだよ!この前聞いただろ?隆之とはそういう関係なの!っていうかつきあってんの!隆之は俺のなんだよ!!」


「何よ?隆之がホモの訳ないでしょ?あんたと違ってさ。どうせあんたがそそのかしたんでしょ?私にもウソついてたじゃん!友達面してさ。」


この気の強そうな女の言葉が頭に来てしょうがない。でも、それ以上に僕の方が隆之に愛されている自信が、僕を強くさせた。普段ならこんなケンカ僕には無理。


「隆之はちゃんと俺を抱くよ?むしろアイツが俺を抱いたんだよ。変な言いがかりつけんなよな!お前こそ隆之には遊ばれてただけなんだから、とっとと諦めて帰れよな!」


遊ばれてた女、というフレーズがアユミの顔を引きつらせた。


「遊ばれてたのはそっちでしょ?たまたま手ごろだったんだよ!アンタは。男なら妊娠する心配もないし?」


「負け惜しみいうんじゃねーよ!どうせ今も隆之に切られそうになっててすがり付いてたんだろ?このブース!」


言った瞬間、女が手を挙げた。それは瞬間の出来事だったけれど、なぜかスローモーションのように見えて。僕に向かって飛んでくるのが分かった。ケンカの経験の浅い僕はそれから逃げる術を知らず、ただ呆然と突っ立つばかり。
一秒後、ピシャン!という酷い音がした。
頬は、痛くなかった。






(僕の頬は)
とでも言うべきか。
見事に頬に平手打ちを喰らったのは、隆之だった。


「痛…ってー。アユミ、馬鹿力。」


「あ…。」


殴ってしまった右手を引っ込めて、アユミはわなないた。


「ゴメン、アユミ。さっきから言ってる通り、俺には樹しかいねーんだわ。で、樹も俺しかいないみたいだから。諦めてやってくんない?」


頬を押さえながら隆之が口にしたセリフがうれしい。僕は隆之をじっと見つめた。隆之も僕を見つめ返す。そして、解放された隆之の胸の中に飛び込んだ。


「バカ…。盾になるなんて…。勝手にしてれば?」


見つめあい始めた僕らに愛想をつかしたアユミは捨て台詞を残して部屋から飛び出した。当然追うものはいない。隆之の腕は僕が今独占しているのだから。


「すげぇ啖呵。ってか怖えー。樹、キレると自分のこと俺っていうのな?」


「えっ?僕そんなこと言ってた?」


「言ってた。隆之は俺のなんだよ!!って。」


「まじで?」


「まじまじ。な、もっかい言ってみ?」


「やだよー恥ずかしいだろ!」


「いいから言えよ。」


「…隆之は…僕の。」


言って恥ずかしくなって僕は顔を俯かせた。


「声ちっちぇーよ。俺は言えるぜ?おっきな声でさ。樹は俺のもんだーーーー!!!て」


はかってみたら何ホーンだ?っていうくらいの大声で急に隆之が叫び出した。


「うわっ!声デカイよ!近所迷惑だろ!」


「さっき樹もそんくらい出してたぜ?」


「うう…ごめん。」


「いいよ。こうして戻ってきてくれたから。」


もう一度、強く抱きしめられる。この温もりこそが、僕が本当に欲しかったものなんだ。


「やっぱり、僕は隆之とこうしていたいから、戻ってきた。一緒にいたら、辛いことの方が多そうだけど、隆之と離れることの方がもっと辛いから。」


「ゴメンな。俺、こんな男で。こんな俺だから、もしかしたら、また樹を泣かせてしまうときが来るかもしれない。それでも好きなんだ。」


「お手柔らかにね。泣いても、きっと隆之のこと嫌いにはなれなそうだから。」


「ああ…がんばる。お前を幸せにできるように。」


「女遊びはやめてくれよ。」


「…ああ。」


なんだかこの一瞬の間がとても気になるのだが…。


「何?この…は?」


「ハハ、樹には言ってなかったんだけどさ。俺、巨乳好きなんだわ…。」


そう言った隆之の顔は目じりが垂れ下がってまったくのエロ顔だった。
巨乳って…僕にはどう頑張っても無理じゃないか!


「ふざけるなぁ!僕にどうしろって言うんだよ。」


「スマン。我慢するから心配するな。巨乳はAVで我慢すっから。」


「なんか不安。」


「まぁ、樹のもいっぱい揉めば大きくなるかもしれないし。」


「じゃあ、僕の胸がおっきくなるまで、ずっとそばにいて?」


「わかったわかった。一生かけて開発してやるから。…な?」

隆之の求めるものを一部与えてやれないのは残念だけど、こうして僕らはやっと想いを通わせることができた。
こうしてのらりくらりと、一緒に生きていけたらいいなと思う。
きっと、平坦な道じゃないけど、一緒に乗り越えながらたくさんの幸せを見つけていきたい。






僕は多分。いや、きっと。






隆之を愛する方法しかわからないから。
隆之と愛し合っていく方法を、一生分かけて見つけて生きたいと思います。






- END -








あとがき

全8話というさして長くもない話の割に執筆期間が一年以上かかってしまった「貴方を嫌いになる方法」ですが、みなさまいかがでしたか?
そのうち1年くらいは放置プレイ気味でしたが…。
書かないと書かないとと思っている間に時が過ぎ、先ほど行った投票で予想以上の支持を頂いたことから連載再開に踏み切らせていただきました。
みなさんのお声があってこその樹と隆之です。感謝!!
話の展開としては遊び人の攻めに振り回される弱気な受けがテーマなのでしたが、もう一つの裏テーマでテンポの軽い会話を目指して参りました。ついつい一人称でうじうじと悩んでしまう内面を書いてしまうので、もっと会話のフレーズを大切にしようと思った私のある意味修行の一作となりました。
最終回は以外と難産だったりするので、今は一息ついてます。
また明るい話が書きたくなった時に2人をかいてみようかなーなんて思っています。
感想などありましたらゼヒ☆メルフォまで。

2004/9/18 アヲイ



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