my inmost thoughts
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ひとは 突然恋に 落ちる。


それは自分の身をもって知っていたけれど、自分の好きなひとが恋に落ちる瞬間を目の当たりにすることほどつらいことはない。






寮室の窓を開け放つと1月の容赦しない冷気が入ってくる。
眼下には同じ棟で生活をする生徒達がにぎやかに歩いている。
ここ、207号室の主である三枝裕之(さえぐさ ひろゆき)はそんな生徒達の様子を見ながらため息をついた。


「遅せぇな・・・。」


そう独り言を言うと、自分のベッドに倒れこんだ。
裕之はかなり緊張していた。
ただ同室のクラスメートの帰寮を待っているだけなのに・・・だ。
しかし彼にとってはそれこそが一番大きなイベントだ。
裕之は期待と不安といろんな気持ちが入り混じって、自分を持て余していた。
マットレスに顔を押し付けたままため息をついた。




三枝裕之は光聖学院高校の1年生である。
光聖学院は東京に本校を持つ全国でも有数の進学校であるが、裕之の通うのは房総半島南端にある姉妹校だ。
全寮制ではあったが、その進学率の高さから全国でもトップレベルの学校だった。
ちなみに男子校でもあったりする。

裕之の実家は東京のT市にあるフツーのサラリーマンの家庭に生まれた。
なぜ地元の高校に進まず、こんな辺鄙な場所にある全寮制の高校になんか入ろうと思ったのか。
まず理由の一つにずっと部活でやってきたバドミントンが強い学校であったことがある。
そしてもう一つは、どうしても家を出たかったからだ。
とは言っても家庭内不和があったわけではない。
しかし裕之にとってあの環境は劣悪だった。
原因は妹と弟に・・・ある。
裕之の妹と弟は小学校6年生の双子だ。
共働きの家庭だったため、双子のおもりはいつも裕之の仕事だった。
つまり、彼にプライヴェイトな時間は皆無に等しかったのである。
また人に世話を焼くという生活にもウンザリしていた。
兄弟が嫌いなわけではないが、いいかげんそれにも疲れた頃、光聖学院からスポーツ推薦のお誘いがあり、まんまと乗ってしまったわけである。
まぁそんな動機で入学してしまったわけだが、全寮制の生活もなかなか悪くないと裕之は思っていた。


ある、ひとつの事柄を除いては。




今日は冬休み明けの帰寮の日となっていた。
例によって裕之もにぎやかであり楽しい正月を過ごし、今日のお昼頃帰ってきた。
裕之はわりと早い電車に乗ったらしく、着いたころにはまだ生徒の姿はまばらだった。
ようやく15時を過ぎた頃になって生徒達の帰寮はピークを迎えていた。
1年生の寮室は2名一室体制をとられていたが、どうやら裕之の同室はまだ帰ってきていないようだった。
裕之がさっきから待ちあぐねている相手というのがその同室である。
何を隠そう、裕之は恋をしちゃっている。
他の誰でもなく同室のクラスメートに。

全寮制の男子校なんて結構「そういう」事があるかと思われがちだが、残念ながら裕之は同室者と「そういう」関係にはなっていなかった。
もともと恋愛において奥手なのかもしれないが、裕之は彼とはちゃっかり親友関係を築いてしまっており、ウカツに手が出せない。
そんな生殺しの状況が裕之を入学以来苦しめているのだ。
何ゆえ、二人きりの時間は・・・長い。
ムダに・・・長い。

さらに言えば同室者は裕之のことなど恋愛対象としてはまったく眼中になく、常に他の相手と恋愛している。
そう、裕之はずっと欲望と嫉妬と戦いながら過ごしてきた。
きっと素晴らしくたくましい理性が鍛え上げられたであろう。

そんな裕之の最近の目下の悩みと言えば、やっぱり同室者がらみなわけで。
その悩みとやらは昨年の退寮日前日の大掃除から始まる。
特別に支給される掃除用具を倉庫に取りにいった帰りだった。
余所見をしながら歩いていた同室者はすれ違いざまに3年生とぶつかった。
その相手は以前生徒会長をしていた光聖学院の天才、真中健一だった。
階段から数段転落した裕之の同室者は足を捻挫し、真中の手当てを受けた。
ベタな展開すぎて語りたくもないが、まんまと恋に落ちたのである。
以前から同室者は真中のことをいい印象をもっていたのは知っていた。
何しろ目立つ男だったし。
生徒会長で成績優秀、スポーツ万能。これまたベタすぎる。
その上真中はアメリカ人とのハーフで、ブラウンの髪に青い瞳をもつ美男子だった。
今までそんな存在に近づくことはなかったが、初めて真中と接した時の同室者の顔つきは・・・違った。
裕之は見てしまった。
惚れっぽい彼の同室者が、恋に落ちる瞬間を。
内心「またか・・・」と思いつつ、激しい嫉妬の炎で包まれるのを感じていたのだ。
それからすぐに冬休みに入ってしまったのでその後は知らない。
真中のことは思い過ごしでいて欲しいと思いながら、裕之は年越しを迎えた。
好きな人が他の人を見ている姿は、正直勘弁して欲しい。
初詣で祈るのは、やっぱり彼のこと。




またいつもの思考に陥っていた俺だったが、急に部屋の扉が開く音がしてドアの方を向いた。
その瞬間、胸が高鳴る。
いろんな不安に押しつぶされそうになっていたが、やっぱり純粋に会いたかったのだ。


「ヒロくんさぁ、部屋の窓開けてたら寒いでしょ。どうして僕が帰ってくるってわかってて部屋をあっためといてくれないの?」


部屋に入るなりそんな悪態をついてきたが、それでも裕之は久しぶりの対面にしばしぼーっとしてしまった。


「ごめんごめん。ちょっと埃っぽかったから。遅かったね。」


「地元の駅の電車が人身でさ。まったく迷惑だよね。」


「まじか。そりゃ新年早々災難だ。」


裕之は久しぶりに見る同室者の顔を盗み見た。
相変わらずかなり麗しい美貌をたたえている。
ぱっちりとした目元に形のよい唇。肌はそこいらの女より白くてキメが細かい。
そして、思わず抱きしめたくなるような華奢な体つき。
ただ貧弱なだけじゃなくて妙な色気が漂っているのは何でだろう?


「僕が乗ってる電車を止めようなんて、ほんとわかってない!」


そして、この自己中心的な考え方。
世界は自分中心で回っていると思っているだろう。
確かに裕之の中心であることに間違いはないが。


彼こそが裕之の同室者であり片思いの相手。
芹沢 望(せりざわ のぞむ)なのであった。






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