02

きおくを じょうずに とじこめることが できたら

らくに なれるのにね。







部屋のいたるところに想い出は宿るもの。
そんなことを痛感していた。
一緒に暮らしていたわけではないけれど、多くの時間をこの部屋でふたり過ごした。
啓太のために置いてあるものがたくさんありすぎる。
例えば灰皿とライター、それに買い置きにしてあった1カートンのマイルドセブン
俺は煙草は吸わないから。
それを使うひとはもういないのに、妙に存在感を放っている。

別れを告げたのは昨日のことだ
あれほど降っていた雨もやみ、外は夏のはじまりを感じさせるような晴天だった。
天気は一日でこんなにも変わる。 でも俺の心はなにも変わっていなかった。








俺、篠崎 要(しのざき・かなめ)は28歳のサラリーマンである。
サラリーマンと言ってもただのサラリーマンではない。
篠崎製薬という大手薬品会社の社長の息子なのだ。
息子と言っても次男である俺はそれほど期待われているわけではなかった。
むしろ社長である父親は俺の扱いに随分と困っていたようである。
兄、篠崎 貢(しのざき・みつぐ)は俺より2つ年上で小さい頃から何でもできた。
それに引き換え俺は何でも"普通"にしかものごとをこなすことができなかった。
咎めるほど何もできないわけではない。しかし俺は兄のようなカリスマ性はなかった。
人並みにしか仕事ができない俺を、社内でどのように扱っていくかは難しかったに違いない。
いっそのこと篠崎製薬にはまったく関係のない世界に行けばよかったのかもしれない。
ところが母親はそれを許さなかった。
結局流れというか、とりあえず会社に入った。
そしてそれなりに仕事をこなし、28歳という歳相応のポジションにまでは登りつめた。
社長の息子が普通に出世するのもおかしな話しだが、父親はすべてが実力重視だった。
そうして兄はすでに社内でも重要なポストをしめていた。
この状況に劣等感を抱かないと言ったらうそになる。
しかしそんなことどうでもいいくらい状況に慣れきっていたのだ。
そしてそんな自分を特に哀しく思うわけでもなかった。

昨日まで俺の恋人だった男、西垣啓太(にしがき・けいた)は社内の人間だった。
ちょうど3年前の4月、新入社員として入ってきた時に俺たちは出会った。
俺が170cmジャストしかない身長とは比べ物にならないくらい背が高い男だった。
おそらく185以上はあった。学生時代にラグビーをやっていた啓太は、身長以上に体格も良かった。
さらに成績は優秀、顔も男らしく整っていて入社当時から女子社員の注目の的だった。
しかしなぜか決まった相手がいるという噂はきかなかった。
ある日啓太は出先で一緒になった帰りの別れ際自分の部屋に俺を招きいれた。
そして突然言い放った。
俺のことが好きだ―と。

今まで多少の女性とは付き合いはあったものの、あまりそういうことへの関心が薄かったおれは非常に驚いた。
というよりなぜ自分は3つも年下のしかも男に告白されているんだろう、と不思議に思った。

「篠崎さん。好きだ。初めて見たときからずっと。俺のものになってくれ。」

そんな風に自分の思いをダイレクトに伝えるのが啓太のいいところだった。
始めは驚いたが、どれだけ真剣か痛いほどわかったし、俺のほうも少なからず好意を抱いていたのでこの申し出にOKした。

それからつきあうこと3年。
いつの間にか啓太のもつ魅力に惹かれ、俺は本気で啓太のことが好きになっていった。
こんなに人を好きになったことがないって言うくらい愛していたんだ。
身分を考えて俺たちはひっそりと、だれにも悟られぬように愛し合った。
啓太さえいれば何もいらないって、何度も思った。
しかし、だんだんと俺の心の中で不安も生まれていった。
俺とは違って仕事ができる啓太。
人をひきつける話の仕方だとか、物事に対する独創的なアイデアだとか、そういった才能が大いに感じられた。
啓太にはもっともっといい仕事をして欲しかった。
そこに、男の恋人の存在は影を落すのではないか・・・と。
しかも社長の息子である俺と付き合っていることがばれたりなんかしたら啓太の会社での地位は絶望的になる。
俺なんかのせいでそんな風になるなんて耐えられない。
しかし啓太の腕の中はあまりに心地良くて、離れることなどできなかった。

そして訪れたきっかけ。
それはいとこである篠崎朱音(しのざき・あかね)の一言だった。
会社に来た時にたまたま啓太を見かけた朱音は、一目ぼれをしたらしい。
そして俺の父にお願いに来ているところを、運悪く聞いてしまった。

「叔父様、朱音ね、叔父様の会社の中ですごく素敵な人見つけちゃったんだけど。」

「ほう、誰かね。そんな素敵な人とは。」

「それでね、名前調べたんだけど。西垣啓太さんって、知ってる?」

「ああ、西垣君か。よく知ってるよ。朱音なかなか面食いだな。」

「でしょ?素敵よね。どんな人なの?」

「なかなかできる男だと思うが。社内でも出世頭だな。」

「そうなのぉ〜!ますます素敵!ね、西垣さんと朱音の仲、とりもってくれない?」

この朱音という姪は、もう20すぎの学生だというのに自分のことを"朱音"と呼ぶような女だった。
俺はあまり好きなタイプの人間ではない。というより朱音も俺のことをただのいとこくらいにしか思っていない。
兄にはだいぶなついていたが。

ともかく、もれてきたこんな会話を、俺は聞いてしまったのだ。
こんな女に啓太を取られたくない。紛れもない嫉妬心が浮き上がっていた。
しかしよく考えると、これは啓太にとって願ってもないチャンスだった。
社長の可愛がっている姪と結婚でもすれば、啓太の将来は約束されたようなものだった。
この瞬間、長年悩んでいた別れをすっぱりと決意することができた。
それから別れを告げたのは話を聞いてから7日後のこと。
つい昨日の話だった。







きおくを どんなに とじこめようとしても

あなたのことばかり かんがえて しまうのは なぜなんだろう。


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