04

せめて ゆめのなかだけでも あなたにあわせて







久しぶりに実家に帰ると、玄関に見たことのある靴がある。
来客かと思い、リビングをそっとのぞきこむと朱音と俺の父親が話しているのが見えた。
一応挨拶だけでもしようと思い、ドアを開けると朱音の隣に一人の男が座っていた。

啓太・・・・。

俺が言葉も出ずに突っ立っていると朱音が口を開いた。

「要ちゃん、お帰りなさい。彼氏連れて来ちゃった。西垣啓太さん。素敵でしょ?」

一気に心拍数が高まった。
ウソだ・・・。なん・・で。啓太が・・・彼氏って。
何もいえなくて口をパクパクさせていると

「篠崎さん。おひさしぶりです。」

と啓太がまるで他人のような口ぶりで挨拶してきた。

「えっ?啓太さん要ちゃんのこと知ってるの?」

「知ってるも何も要と西垣君は同じ職場だろう。」

「そーなんだぁ。なんだ、じゃあわざわざ叔父様に頼まなくても要ちゃん経由で紹介してもらえばよかった。」

「まぁいいじゃないか、うまくいったんだから。」

3人の会話を他人事のように聞いた。
そしてやっとのことで状況を理解できた。
俺の思惑通り啓太は朱音と付き合い始めたのだ。
俺はいたたまれなくなって、ごゆっくり、とだけ言うと逃げるように自分の部屋へと向かった。
階段が果てしなく長く感じる。

そして自室の部屋のドアをあけるとまたしても朱音と啓太がいた。
なぜ・・・ここに。
さっきまで二人とも下にいたのに。
二人は抱き合っていた。
朱音は俺の方を見て微笑みかける。
啓太は言った。

「今更俺を欲しがっても遅いんだよ、要。」

頭がぐらぐらした。変な汗が体中から吹き出てくる。
啓太から侮蔑の言葉を受けている状況が信じられなかった。

本当に、頭が割れるように痛かった。
だんだんと外の世界が遮断される。
見下すように俺を見る二人の顔がまるで渦を描いているように崩れていった。





目を開けると見慣れたキッチンの天井が見えた。

夢・・・か。

あまりにリアルな夢を見たために息が上がっていた。
余程うなされていたのだろう。
体中にはぐっしょりと汗をかいていた。
それにしても酒を飲んだままキッチンの床で意識を失ってしまうなんて。
自分の失態にあきれた。
キッチンのシンクからは自分が吐き出したもののすえた臭いがたちこめていた。
その臭いに再び吐きそうになる。 重い体をなんとか起こそうと思うが酒が残った体は思うように動かない。
激しい頭痛、そして吐き気が襲う。
しかし何よりも俺を苦しめていたのはさっきまで見ていた夢の内容だった。
突然別れを言い出した俺を、啓太はあんなふうに憎むんだろうか。
俺以外の人を愛するのだろうか。
そう思っただけでも耐えがたい苦痛を感じる。
同じ職場だからこれから会うこともたくさんあるだろう。
しかし二度と目線を合わせることはできない。目を見るのが怖かった。
夢の中でさえも視線を合わせることに大きな恐怖を抱いていたのだ。
コワイ・・・。
俺はシンクの棚に体重を預け、膝を抱えていた。


悪夢のせいで眠れず、いたるところに宿る啓太の面影に怯えながら週末を過ごした。
そして、やってくる月曜日。
今日は会社に行かなくてはならない。
啓太に会わなくてはならない。
すっかり憔悴しきったまま、スーツを着込んだ。
今日は黒いスーツにダークグレーのシャツ、を選んだ。
この沈んだ気分が明るい色のYシャツを拒んだ。
そして、あくまでも目立たない装いをしたかった。

煽った酒はすでに体からは消えていたが胃の中に残るムカムカしたものは一向におさまらない。
それでもなんとか起き上がって家を出た。

家を出ると昨日からの晴天が続いて蒸し暑かった。
じわじわと感じる、夏の臭い。
朝だというのに太陽の熱気にいささかやられながらオフィスへと向かった。

俺の職場は病院への営業が主な業務だった。
オフィスの中に入ると、来た時間が少し早かったせいか数人かいなかった。
啓太の姿を目で探すがいない。まだ出勤していないようだ。
なぜか啓太の不在に胸をなでおろしていると上司に声をかけられた。

「篠崎くん。悪いんだが今日R大附属病院の天野先生のところに行ってくれないか?」

「天野先生ですか?」

「そうだ。今度会う約束をしてあったんだろう?それが先方が学会かなんかで今日に変更できないかと言ってきた。 今日の篠崎君の仕事は他で消化しておくから。」

「わかりました。」

突然外に出ることになって安心した。
これで今日啓太に会わずにすみそうだ。

「では、早速行ってきます。」

「よろしく頼むよ。」

俺はすぐにオフィスを後にした。
職場の人間は俺が社長の息子であるということを知っているが、特別扱いはしない。
とはいえみんなすごくいい人が多く、とてもやりやすかった。
今日も思いのほか仕事が舞い込んできてよかった。
一気に心が軽くなり、軽快に駅の方へと歩いていくと、ふいに見慣れた人物が視界に入ってきた。

啓太・・・。

啓太は俺の姿を捉えて一瞬目を細めたが、まるで存在を無視するかのように通り過ぎていった。
ずきずきと痛む。

どこが?

どこが痛むというのだ?


もはや俺のどの部分が蝕まれているのか分からなかった。

胸が痛い。

俺は通り過ぎたあと振り返り、啓太の背中を目で追った。

大きな、背中。
つい先日まで俺のものだった。
数日振りに逢った啓太は、何も変わっていないように見えた。
少しは俺との別れを哀しく思ってくれただろうか。
そんなことを考えながら、地下鉄の階段を下っていった。







ゆめの なかであうあなたは

もう おれのものでは ないんだね 


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