05
こんなおれでも ないてもいいのかな
「今日は元気ないですね。」
一通り仕事の話をしたあと、天野先生は俺に入れてくれたコーヒーを差し出しながら言った。
「そう・・・ですか?」
「何かツラそうですよ。気分でも悪いんですか?」
やっぱり顔に出ているんだと思った。
体に少し酒が残っているのと、眠っていないせいで体中がだるい。
そして先ほど会った啓太の冷たいまなざしが俺の頭の中を支配していた。
平常を装っているつもりでも、やっぱりこの人には伝わってしまう。
R大附属病院の天野先生は仕事の上でお世話になっている。
俺より年下だというのに落ち着いていて、しっかりしていて人への気配りが上手い。
そして、彼は俺と啓太の仲を知る数少ない人間でもあった。
啓太のことで何かあるたびに、俺の愚痴を聞いてくれている。
「啓太君と何かありましたか?」
「別れたんですよ。」
そういうと、天野先生は少し驚いた顔をしながらも取り立てて騒いだりはしなかった。
「そうですか。つらいですね。」
「何でですか?フッたのは俺のほうからなんですよ。」
「だって、ツラそうな顔してる。まだ好きなんですよ。」
どうしてこの人はこんなにも落ち着いて、正しいことを言えるのだろうか。
「やっぱり天野先生にウソはつけないな。先生、どうやったら忘れられると思いますか?好きなヒトのこと。」
「そうですね。・・・難しい。でもいろいろと方法はありますよ。例えば、他に好きなヒトを見つける・・・とか、仕事をがんばる・・・とか。他のことに集中している間はツライことも忘れるでしょ。まぁ、そういわれても初めのうちは難しいと思うんだけど。」
「先生は今まで忘れたい恋をしたことありますか?」
「失恋だらけですよ。僕は人がいいらしいから、いい人にはなれるけど恋愛対象にはならないらしい。」
「天野先生ほどの人を振るなんて、バカな女もいるんですね。」
本当にそう思う。医者で、人柄がよくて、なおかつ男目から見てもかなりいい男だ。
「よく好きな人の恋愛相談なんか平気な顔して受けちゃったりします。」
「あははっ、先生らしいですね。それ。・・・ってそういうことよく笑顔で言えますね。」
自分のつらい想いを語っているにも関わらず、天野先生はいたって穏やかな笑顔をたたえていた。
「そんな平気そうでも、実は今恋愛中?」
「そうですね。そうかもしれません。」
「幸せですか?」
「幸せじゃないですよ。叶いそうにもない恋をしてますよ。この年にもなってね。」
「ひょっとして本当はつらかったりします?」
「つらい・・・かな。でも僕の場合どんなにつらくてもあんまり外には出さないかな。ホラ、泣いたりしたら自分が悲しい気持ちだってこと、肯定することになるでしょう?だから感情と身体とを完全に切り離してしまう。それも意識的にね。心がどんなに泣いていても笑顔でいようとしてしまうんです。・・・・まぁつまりうまく感情表現ができないんですよね。逆に怒ったりもしないし。時々そんな自分が悲しくなりますけど。」
そんな天野先生の言葉を聞いて思わず口から言葉が出た。
「自分がツライ時は他人に優しくなくてもいいんですよ。泣きたいときはなけばいい。」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ、篠崎さん。 泣いちゃえばいい。つらいのなら。」
俺はどちらかというと感情に左右されて表情に出してしまうタイプだ。
けれども今回のことについては自分から言い出したことだし、なにしろここで俺が哀しんだりしたら啓太のためにならないことを自覚していた。
だから今日も無理して会社に行ったのだ。
本来なら酒も入っていたし、体調もすぐれないので会社を休んでしまいたかった。
しかし普段どうりにしなければ、という気持ちで一杯になって精神力で仕事をしてきた。
実際今もひどい顔をしているだろう。
さっき会った啓太の残像が頭から離れない。
スローモーションに再生される。
俺を見て、何事もないように通り過ぎていく瞬間。
すれ違った時に冷たい風が吹き込んできたようなそんな感じがした。
「今日は飲みにでもいきましょうか。じっくり話し聞いてあげますから。」
「そうですね。でも先生今日はヒマなんですか?」
「あいにく一緒にいる相手もいないんでね。それに持っている患者さんの様態も落ち着いているし。」
「じゃあいつものバーで。8時ごろでどうですか?」
「わかりました。遅れないように仕事片付けますね。」
「篠崎さん、飲みすぎですよ。」
「大丈夫ですよ。これくらいの酒じゃ潰れないって」
天野先生と俺はいきつけのバーで少し飲んだあと、先生の部屋に移動して飲んでいた。
バーで飲んでいた時点ではそうでもなかったが、先生の家に来てからはかなりの量の酒を煽りだいぶ酔ってきてはいた。
そう強い酒は飲んでいなかったので自分でもまだ意識ははっきりとしていた。
「この先俺はどうしたらいいんれしょうかねぇ、先生。おしえて下さいよぉ。」
「はいはい。篠崎さんのつらい気持ちはよくわかりますよ。今はその気持ちに身を任せて、泣きたいなら泣けるだけ泣けばいいんです。」
「せんせ・・・ぇ・・・っく・・」
酒もあってかついに俺は人の前で大号泣を始めてしまった。
先生に肩をさすられながら自分の気持ちを吐き出し、ほとんど何を言っているかわからない状態だったけれども想いを口にした。
「俺本気で啓太のこと好きだったんだよぉ・・・。こんなにこんなに好きだなんて、別れてみて初めて気がついたかもしれない。」
そうやって、自分の気持ちをぶつけて、肩を抱かれているととても気持ちが落ち着いてきてしだいに眠気が襲ってきた。
「まずいな・・・。そんな無防備な顔で眠らないで下さい。」
遠くのほうで先生の声が聞こえる。
薄く目を開けると先生の顔が心配そうに俺の瞳を覗き込んでいる。
その顔がだんだん近づき・・・
鼻先に息を感じるまで近づいた時、自分がキスされようとしていることに気がついた。
それでもこの安らかな酔いの中でそんなことはどうでもよくて。
天野先生のやわらかな唇が自分の唇と重なった。
相手が誰だとか、そんな倫理感はぶっとんでいて、ただその感触の気持ちよさに酔いしれた。
舌先が咥内に侵入するとお互いの蜜を一滴ものこさないように絡め取る。
口付けはやがて深く、そして欲情を求めるものに変わっていった。
こんなおれでも だきしめてくれる?
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