08

かなしいこと さみしいこと なにもなくて しあわせ

でも ここには "なにも" ない







夜中にふいに目が覚めた。
傍らを見ると恋人である先生がぐっすりと寝ている。
医者という、忙しい立場でありながらがんばって俺と会う時間を作ってくれる。
愛されてるなぁと実感する。

そして、こうして気持ちに余裕を感じると、やっぱり俺はそこまで先生のことをまだ好きでいれてないうように感じるのだ。
啓太と付き合って、本気で啓太のことを好きだったときは気持ちの余裕なんて生まれなかった。
ストレートに感情を表に出す啓太ではあっても、本当に俺のことをずっと好きでいてくれるのか不安だった。
それは長く時間がたつほどに大きくなる。
男同士である以上、永遠なんていう言葉は儚いものでしかなかったから。
啓太が俺のことずっと愛してるって何度も言っても、「ずっと」を信じることができなかった。
凡庸な自分に自信が持てず、いつか啓太が離れていく恐怖に怯えて過ごしていたのだ。

まだ先生と付き合い始めて2週間しか経っていない。
あまりにも穏やかな日々に幸せを感じていたのに。
どこか物足りなさを感じる自分がいる。
先生に求められて、それなりに身体も心も反応するし、満たされはするけれど。
どこかに隙間を感じてしまうのだった。
啓太と別れた寂しさも、感じているのかわからないほどに感情が動かない。
冷めた自分をはっきりと確認する。

別れてから、なるべく社内でも啓太に会わないように行動していた。
なるべく目線も合さないようにして、思考の中から啓太のことを完全に締め出そうと。
もともと社内ではあんまり接触を持たないようにしていたのであまり他の人にも不審がられないのが幸いだった。
こうして過ごしてみると、俺にとって啓太という存在は何だったのかすでにわからない。
いなければ生きていけないというほどに愛していた存在だったのに。
意識的に存在をシャットアウトし、平気で過ごしている自分に少しの罪悪感を感じたりする。

今の自分は何だ。

悲しみも、寂しさもなく
かと言って満ち足りた幸せの中にもいない。

自分が自分でないような
そんな不思議な感覚。

心に何も波風が立たない。

それは平和であり



ある意味「無」だった。






考えることは何もないのに、何を考えたらいいのかわからないのに。
夜中に一度目が覚めてから結局一睡もできなかった。
考えることも思い浮かばなくて、ただただ空虚な闇の中で過ごす時間は無限にも思えた。

睡眠不足でボーっとする頭で俺は会社の前まで来ていた。
だいぶ早めの時間に来たので人影もあまりない。
思い瞼を擦りながらロビーを抜け、エレベーターホールへと向かった。
すると自分が乗りたい上行きのエレベーターが閉じそうになっていたので必死に走りこんだ。
あと少しで乗れないぐらいのギリギリで滑り込むことができ、顔を上げた。

瞬間。

瞳が捕らえられた。

ここ最近ないくらい心臓が高鳴るのを感じる。

突然のことに言葉も出なかった。

「おはようございます。」

そう、事務的に挨拶をされた。

つられて俺も「おはよう。」と挨拶を返す。
なんだか弱々しい声しか出ない。

何しろ話すのは2週間ぶりだから。

それ以上かける言葉がお互い見付からなくて、エレベーターの中は無言の空間になった。
気まずさを覚えて俺は各階表示をひたすら見つめる。

エレベーターの中の時間は長いようで短くて

すぐに自分のオフィスのある9階についた。

「じゃ。」

とだけ言ってエレベーターを降りようとする。

「・・・ちょっと待って。・・・かなめ・・・篠崎さん。」

そうやって名前で呼ぶのをわざわざ呼び直すことに、チクリと胸が痛む。

「何?」

「ちょっと・・・話できませんか?」

そう言った啓太の顔を見ると少し怯えたような感じで俺のことを見つめていた。
久しぶりに目線を合す。
何か心の中に熱いものが広がるのを感じた。

「いいけど。まだ時間あるし。」

動揺を隠そうと、随分素っ気無い返事をしてしまった。

「・・じゃあ、屋上行きましょう。」

「わかった。」

俺は降りかけたエレベーターに再び乗り込んだ。







どうして あなたに あうだけで

おれの こころは こんなにも うごかされるのだろう?


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