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あなたの くちびるに ふれたら

おもいが あふれて とまらなく なりそうだった







懐かしい味がする。
ぼんやりとそんなことを考えた。
しかしすぐに自分が置かれた状況に気付いて強引に押し付けられた唇から逃れようともがく。

「何・・・す・・・」

口を離して反論しようとするが、ラガーマンの強い力で押さえ込まれて動きを封じられてしまう。
両方の手首をしっかりとつかまれ、壁に押し付けられてもはや逃げ場はなかった。

抵抗をやめて力を抜く。
しかしそれは力に封じ込められて観念したからでなはなかった。
あまりに激しくて情熱的な口づけをされ、つい受け入れてしまったのだ。
もう二度と触れることのないと思っていた啓太の唇。
やがてその舌が俺の咥内を縦横無尽に犯していた。
お互いの吐息が混ざり合い、唾液をからませるように貪る。
それはすでに一方的なものではなく、自分からも舌を絡ませるものになっていった。
野獣のように口と口を合せる。
息も出来ないくらいに求め合う。
それでもこの唇を離したくなくて、もっと、もっとと啓太の唇を求めた。
うっすらと目を開けると啓太がまっすぐな瞳で俺を見つめていた。

情熱的な啓太の瞳

やっぱり好きだ。

キスをしただけで、目があっただけで、こんなにも心が奪われるのは啓太しかいない。
離れたからこそそう思える。

そのことに気付いてしまって俺は余計に悲しくなった。
あのまま、啓太のことを無理に忘れてずっと逃げていれば気付くことのなかった感情。
しかしこうして唇を合わせて俺は自分の気持ちに気付いてしまった。
もう絶対にもとには戻れないのに。
どうして気付いてしまったんだろう。

長い長いキスを隔ててようやく唇は解放された。
俺も、啓太も息が上がるほど激しいキスだった。

「要。」

啓太は俺を以前呼んでたままの呼び名で呼んだ。

「正直言って、一方的に別れようって言われた時すげー腹がたった。
今まで信じて来たものが足元から崩れていくようなそんな感じだった。全然納得できなくて。
こうやって離れてみるとなおさら確信を持って要を好きだと思った。
でも、オマエが他に本当に好きな人がいるなら、俺はどうすればいい?」

啓太が苦痛に顔を歪める。
そのつらい気持ちが伝わってきて、これ以上啓太の顔を見ることができなかった。

「俺は・・・身をひくしかないのか?もう要に愛されるチャンスは・・・ないのか?」

心が真っ二つに裂けそうだ。
体中の細胞が啓太を愛してやまないのに。
ここで俺が自分のためにそれを許したら、啓太の将来が絶たれてしまうかも知れない。
俺が重荷になるのは嫌だ。

「ごめん・・・。」

いろいろと想いは溢れるのに、俺の口からはそんな言葉しか出てこなかった。


(ごめん・・・俺も啓太のことが好きなんだ・・・・だから、こうすることしかできない。)

「わかった・・・。もう、だめなんだな。
うん。あの時は一方的に捨てられた感じだけど、これで本当にさよならなんだな。
・・・ちゃんと話せて良かった。そうしなければ俺はいつまでも引きずりそうだし。
要の為だなんて、そんなのは俺のエゴで、要の迷惑にしかならないってわかってるけど。
俺は・・・オマエの幸せのためと思えば別れる決心がつくと思うから。
しばらくは忘れられそうにもないけど、一人でがんばってみるよ。」

「うん。」

「だから絶対に、幸せになれよ。」

「もう・・・幸せだよ。」

気付くと俺の目からはとめどなく涙が流れていた。
幸せになんてなれるわけない。俺が好きなのは啓太なんだから。
でも最後にこんなに気持ちのこもったキスをされた事と、啓太の想いを聞けた事に対しては充分幸せだった。

「そっか・・・。うん。じゃあ・・・俺行くわ。」

そう言って啓太は俺の腕を放した。
俺からだんだんと離れていく啓太の身体が寂しく見えた。
そうして最後に振り返って言った。

「そういえば、やっぱり要ってキスうまいよな。彼氏には悪いことしたけど。」

「啓太こそ相変わらずだよ。腰が砕けそうだ」

「じゃな。」

「じゃあ。」

俺はいつまでも啓太の背中を追っていた。
そして啓太がエレベーターに乗り、一人になった時、あふれていた涙がさらに溢れ出した。
嗚咽を漏らしながらその場に座り込む。

「・・・っふ・・・啓太ぁ・・・」

こんなにも後悔をしたことが今まであっただろうか。
俺たちはこんなにもお互いを想いあっているのに。
啓太の為にならどんなつらい事でも我慢できる。そう思っていたはずだった。
でも俺は最終的には自分が大事で。こんなにも啓太を手放したことを後悔している。
啓太は俺の幸せの為にと言ってくれた。
それとは違い俺はやっぱり自分のことばかり考えている。

啓太の為と、自分を偽って。
俺を大切にしてくれる天野先生を利用している。
先生はそれでもいいって言ってくれるだろうけど。
俺の周りには優しい人間が多すぎる。
けれど俺は・・・

なんて汚い人間なのだろうか。

朝日は少しずつ昇っている。
綺麗な光を浴びて、俺の心は萎縮するばかりだ。
太陽に照らされて、まるで汚い自分の姿が露わにされていくようで怖かった。






涙で泣きはらした目を洗面所で洗い、鏡を見た。
いかにも泣いていた、という跡はないが目の中の充血まではとれなかった。
泣きすぎたせいで少し頭が痛い。

しかしどんなに気分がすぐれなくても仕事は仕事だ。
そんなに仕事に対して情熱があるわけではなかったが、こんなことでズル休みはしていられないのだ。
28という年齢になって、それなりに仕事はこなせている。
一通りのことはできるし、周りの信頼も少しはあるはずだった。
ところが自分がなぜこの仕事をしているのか分からなくなる時がある。
啓太のように何か人をひきつけるカリスマ性を備えているわけではない。
ただ、流れに従ってこの場所にいる自分がひどく嫌になる時があった。
さらに篠崎の血を引いていることが凡庸さをさらに引き立てているように感じた。
年を重ねるに連れ膨れ上がる憂鬱な考えが、弱った心に浮かんで来た。

そんなことを考えながら洗面所を出て廊下を歩いていると見知った人物が歩いてくるのが見えた。
後ろに二人ほど引き連れて、颯爽と社内を闊歩する人物。
どことなく俺と似ているが身に纏うオーラは別格だ。
嫌な人に遭った、とは思いながらも無視するわけにも行かず、相手が近づいてくるのを待った。
数歩歩いて、あちらも俺の存在に気付いたようだ。
歩くスピードを速める。

「要。久しぶり。」

「おはようございます、専務。」

「おいおい、実の兄に向かってえらく他人行儀だな。ま、相変わらずか。」

「社内ではケジメをつけないと兄さんは嫌がると思ったので。今日はどうして下に?」

兄はビルの上層階に自分の部屋もあり、大体において上で仕事をしているので下に来るのは珍しいのだ。

「ちょっとした打ち合わせが下の部署であってね。
それより要、たまには家に帰ってきなさい。最近全然帰ってこないっておふくろがぼやいてたぞ。」

「わかりました。近いうちに顔を出しますよ。」

「帰る時には連絡しろよ。俺もなるべく時間作るから。」

「はい・・・。」

忙しそうに兄は歩いていった。

本当は、家に帰るつもりなんてさらさらない。
俺にとって実家は、なるべく近寄りたくない場所の一つであった。







あなたの せなかを みつめたら

おいかけて すがりたくなった

やっぱり おれは よわい


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