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ほんとうに ほしいものは
いつだって てにはいらなかった
小さい頃、一番の苦痛は決して親に怒られないことだった。
二つ上の兄の貢は何でもできる。
成績は常にパーフェクト、運動神経も良かった運動会ではいつだってリレーの選手で。その他に習っていたピアノや水泳もどれも完璧にこなしていた。さらに容姿端麗、人当たりも良い。誰もが兄を褒め称えていた。
一方の俺は至って平凡だった。
成績は中の上、運動神経も普通でかけっこも決して遅いわけではなかった。兄と一緒に習わされたピアノや水泳もある程度の所までうまくなったし。容姿は自分で言うのもなんだけど、普通だと思う。けれど誰からも誉められることはなかった。
いや、誉められなかったというのは語弊だろう。
両親は少しでも良い成績を取ったりするとちゃんと誉めてくれた。
「要、よくやったね。」
けれど俺はそういう両親の心をいつだって邪推してしまう。
(本当はこの程度の点数なんてたいした事ないくせに)
いつだって天才と呼ばれていた兄から比べれば、俺の出来なんて話にもならなかった。
兄よりできないからといって親から責められたことは一度もなかった。
しかしそれが俺にとってはだんだんと負担になっていった。
こうやって誉めてくれるのは俺が兄と違って普通すぎるから、可哀相だと思っているに違いない。
俺は中学に上がる頃、わざと悪い成績を取ったり、学校をさぼったりした。
そうすればちゃんと俺のことを怒ってくれると思ったから。
けれどどんなに成績を落しても、親が俺に対して厳しく怒ることはなかった。
この時俺は気付いたのだ。
この人たちは・・・俺に興味がない、ということに。
兄が少しでも成績を落すとすぐに小言を言われた。
しかし俺は良い成績をとれば、とってつけたかのように誉められ、
悪い成績を取れば、次がんばりなさいと言って励まされた。
そのことに気付いてからは俺はあえて親の気を引こうとすることをやめた。
普通に中学、高校、大学を普通の成績で卒業し、親の会社に普通に入り、普通に出世してきた。
そう、何もかも「普通」に。
あえて普通じゃないとすれば、男を好きになってしまったことぐらいだろうか。
啓太と付き合い始めてから、俺は家を出て一人暮らしを始めた。
家に居ることが嫌で嫌でたまらなかったが、特に家を出る理由もきっかけもなかった。
しかし啓太と付き合うということが俺にとって家を出るきっかけになった。
家を出てからは本当に幸せだった。
兄と自分を比べることもなく、家族の無関心にさらされることもない。
そんなわけで実家に帰りたくはないのだ。
しかしこうやって兄に出会ってしまってはそうはいかないだろう。
どうしようかと考えながら、俺はオフィスのあるフロアーへと向かった。
「なんか・・・元気ないね。」
「そう?」
「難しそうな顔してるから。」
「どんな顔だよ。」
週末、俺は自分の部屋で天野先生と過ごしていた。
「ねぇ、前からちょっとは気になっていたんだけど・・・啓太君どうしてる?」
先生の口から啓太の名前が出てくるとは思っていなかったので急に驚いた。
「別に、どうもしないよ。部署は一緒だけど幸い同じチームに居るわけじゃないから。見かけるけど挨拶くらいしかしないし。」
これは本当のことだった。あの屋上で会った時以来、俺は啓太とまともに口をきいていない。
お互いが避けるようにして過ごしていた。
「そっか・・・、ごめん。変なこと聞いて。」
「謝ることないよ。気になるのは当然のことだと思うから。」
「もしかして元気がないのは・・・まだ、啓太君のことひっかかってるのかなぁって思っただけ。」
そうだ―とは言えないだろう。
こんな優しすぎる先生に向かって。
最近啓太のことを忘れられない、という悩みと同じくらい天野先生とのことを考えていた。
天野先生に愛されて、幸せだと思っていた。
こんな人になら、いつかはちゃんと愛せるようになるって。
けれども啓太が忘れられない自分にもどかしさを感じるだけ、先生への罪悪感は増えていった。
こんな俺に利用されていい人ではないんだ。
それでも一度手に入れた温もりは、弱った自分には振り払えるものではなかった。
「はぁ・・・。」
自然と、ため息が出る。
「やっぱり、僕と付き合ったのは後悔しています?」
「そんなことない!俺は充分してもらってるよ。」
俺はこの人に何もしてあげられないばかりか、不安にさせている。
「一緒にいて、ため息をつかれたら誰だって不安になります。」
「そっか・・ごめん。でもこれは違うんだ。・・・ちょっと、実家に顔を出さなくちゃいけなくて。それが嫌なだけ。」
「実家って・・・篠崎家の本家のこと?」
「そうだ。あんまり帰りたくないんだよね。」
「家族とうまくいってないの?」
「いや、うまくいってないわけじゃないんだ。ただ帰るといろいろうるさくって。」
「ウルサイって何を?」
「うーん、ホラ、結婚はまだなのか、とかさ。」
これも本当のことだ。
もう28になるんだからそろそろ・・・と親類縁者がお見合いの話をひっきりなしに持ってくる。
当然恋人がいます、それも男です。なんて言えないもんだからその手の話は絶えなくて困っていた。
「じゃあ僕と本気でオツキアイしてますっていっちゃえばいいのに」
「何を言い出すんだ。俺はカミングアウトする気はさらさらない。まぁ俺はいいとしてもそっちが困るだろう。」
「僕は全然かまわない。何しろあなたの恋人だって大声で自慢できる。」
一瞬想像してしまった。そんな先生の図を。
「あはは、要さん今ちょっと困った顔した。」
「オイ、からかうなって言ってるだろう。」
「やっぱり要さんは可愛いなぁ。食べちゃいたい。」
そう言って突然のキス。
あまりの甘さに痺れそうだ。
「やっぱりおいしい。」
先生は俺の肩に手をかけるとさらに深いキスをしてきた。
俺は唇をあわせながら、自分が求めている唇とは違うことに気付かないフリをして。
ほんとうに ほしいものは
いまでも てにはいらない
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