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おれの いばしょは

あなたの そばにしか なかった







自分の実家に帰ることがたまらなく憂鬱に感じる。
俺はため息を一つつくと、実家のインターホンを鳴らした。

『はい、どちらさまですか』

聞こえたのは母親の声だった。

「僕です。要です。」

『あら、要なの?待って、すぐに開けるから。』

そう言ってすぐにドアが開かれると久しぶりに見る母親が笑顔で迎えてくれた。

「どうしたの?急に帰ってくるなんて。」

「別にどうもしないけど。俺帰ってきたらまずかった?」

「そんなことは言ってないでしょう。前から言っておいてくれれば貢にもお父様にも早く帰ってくるように言っておいたのよ。ごはんだってちゃんと用意できたし。まぁいいわ、中に入りなさい。」

久しぶりに帰る家は以前と変わらなかった。
掃除の行き届いたきれいな家。
母親の趣味であるクロスステッチで描かれた絵が玄関ホールには飾られていた。

リビングに入りソファに腰をおろす。

「要、お茶でも飲む?」

「うん。何でもいいよ。」

「あなたってばすぐに何でもいいって言うんだから・・・」

母親はそうため息をつくとお茶を入れ始めた。
しばらくすると紅茶のいい匂いが漂ってくる。
ちゃんと茶葉から入れるのがこの家では当たり前だった。

「今日は仕事はもう終りなの?」

今日は金曜日だ。時刻は17時すぎ。
帰宅するには早い時間だった。

「ああ。取引先からそのまま帰ってきたから。もう上がりの時間だよ。」

「そうなの。今日は泊まって行くわよね。明日は休みなんでしょう?」

「いや、夕飯食べたら帰るよ。」

「帰っちゃうの?ゆっくりしてけばいいのに・・・。」

はっきり言ってこの家に長くいることは苦痛でしかなかった。
仲が悪いとか、そういう訳ではない。
絵に描いたような幸せな家庭の中で、俺だけが疎外感を味わっているような気がしていた。
決して家族からうとまれていたわけではない。
しかし劣等感から生まれる妄想のようなものにとりつかれてしまい、どうしてもこの家庭になじめなかった。

自分の能力に疑問を感じてはいたが、世間の目から見てなにも出来ない人間ではないのに。
この家にいた時の自分はもはや病的ともいえるくらいコンプレックスの塊だった。

実家に帰ればそういう負の気持ちが蘇ってくる。
だから本当はあまり帰りたくなかったのだ。

帰ってくるのは年に数回。今日みたいに兄に帰るように言われた時ぐらいだ。

「そういえば・・・お父様からもうそろそろ直々にお話するって言っていたけれど・・・」

「何?」

「要もそろそろ30になるし、いろいろと経験を積んできたと思うのね。だから、もっとお父様の近くでサポートする役職に就かせたらどうかって話が出てるのよ。」

「え?」

そんな話寝耳に水だった。

「なんで?」

「だって、貢とあなたがいずれは会社を引っ張って行って欲しいのよ。そのためにはそろそろお父様の仕事を見ておいてもらわないと困るのよ。」

「でも・・・俺はまだ力不足だし。兄さんがちゃんとやっているんだからいいじゃないか。」

兄が出世した時みたいに、俺が出世するというのか?
そんなの社にいる誰もが納得しないだろう。
俺は兄さんみたいな器ではないのだから。

「何言ってるの。お父様もいろいろ考えているのよ。もうほぼ決まっている話だから、あなたに拒否権はないの。」

本気で実家に帰るんじゃなかったと思う。
こんな話、聞きたくもなかった。
俺はこうやって、結局何もできないくせに親から護られて生きていくんだ。
そう思ったらたまらなく気分が重くなった。

そして、そういうことは立て続けに起きるもので。
聞きたくないセリフをどうしてこう一日にまとめて聞かなくちゃいけないんだと、後には哀しくなった。

「それと、そろそろ受けるのよ、縁談。いつもなんだかんだ理由つけて断わるんだから。そういう役職についたらいつまでも一人身って訳にもいかないのよ。」

やっぱり出た縁談の話。
ふいにこの前の天野先生の言葉が思い出された。

『じゃあ僕と本気でオツキアイしてますっていっちゃえばいいのに』

そんなことを言ったらこの絵に描いたような良い母親は何て言うだろう。
もう少し投げやりな気分で、そういうのを想像したらおかしくなった。

「いや・・・。でもまだそういう気、ないし。」

「もう!要ったらいつもそれなんだから。」

「もういいだろ、人は人、俺は俺なの。」

「何マイペースなこと言ってるの。そういえば、あなたと同じ部署の西垣さん、彼なんかあなたより年下なのに随分やり手だって言うじゃない。」

ふいに啓太の名前が出てきてびっくりした。

「そうだよ、西垣は仕事も出来るし、人当たりがいいからな。」

「そうなの、じゃあ朱音ちゃんもいい人見つけたのねぇ。」

一瞬、体中の血がざわめいた。

「あら、知らないの?この間から朱音ちゃん西垣さん狙ってたのよ。」

「それは知ってる。親父にたのんでたじゃないか。」

「それがね、どうやらうまく行ったらしいのよ。」

「えっ?」

頭の中がぐらぐらした。
母親の話を理解しているつもりでも、全然頭に入ってこない。
自分の体でないみたいな変な感覚がした。

「西垣さんみたいな方だったら、朱音ちゃんを任せていいってお父様も、叔父様たちも言っているし。もしかしたら結婚するかもしれないわね。」

「そう・・・なんだ。」

「あっちにとっても願ってもない話よね。社長の姪である朱音ちゃんと結婚できたら将来が約束されたようなものだわ。」

そうか・・・啓太は朱音と・・・。

そうあって欲しいと望んでいたのは俺だったのに、いざそうなると自分でも理解できないどろどろとした感情が渦巻いていた。
頭が混乱してうまくものごとが考えられない。

とにかく、ここから逃げ出したくて俺は席を立った。

「要!どこ行くの?」

「帰る。」

「帰るって・・・お夕飯食べていくんでしょう?」

「ちょっと急に用事思い出したから。」

そう言うと俺は一目散にドアへと向かっていった。
母親は急な出来事に戸惑いながらも、後を追ってくる。

「待ちなさい。どうしたっていうの、急に。」

「俺が上へ行くって話、それと縁談の話、どっちも断わるから。親父にそう言っておいてくれ。」

振り返ってそう言い残すと俺は実家を後にした。







おれの いばしょは

もう どこにも ないのかも しれないね


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