13

おれの なかで

なにかが こわれた







実家からどうやって帰ったか、あまり覚えていない。

ただただひたすら走って、電車に乗って、それから・・・

気がついたときには自分の部屋にいた。

自分が消えてしまいそうな変な感覚。
存在を確かめたくて自分の腕で身体を包み込んだ。

一体何に対してこんなに動揺しているのか。

親が不甲斐ない自分に対してポストを用意してくれたことに対してか。

それとも

啓太が新しい道を歩もうとしている事実に対してか。

そのどちらも自分にたっては好都合なものであるはずだ。
しかしその事実はすんなりと自分の中には入ってこなくて。




俺は今まで何をしてきたのか
俺は一体何をしたいんだ
俺は一体・・・誰を。




自分の存在がひどく希薄になっていくような感じがした。
もともと自分の存在を自分で否定して生きてきた。
それを、啓太と出会って自分が「生きている」ことが実感できた。
しかし
俺の生きている証は、自分から手放してしまった。

もういろいろと考えすぎて、自分がどうしたいのかがわからなくない。

部屋に帰った頃はおそらく夕方だったと思うが、一人部屋の中でぼんやりしているとそのまま時間は過ぎてしまいいつの間にか夜になってしまっていた。

ごはんを作らなきゃとか、お風呂に入らなきゃ、とかいろいろ思うのだけれど身体がおっくうで動かない。
こんなのは初めてだった。
身体が"何かをしたい"と思うことをすっかり放棄してしまっているみたいだ。

こうなったらもう何も考えずに寝てしまおうと思い、着の身着のままベッドへともぐりこむ。
今年の夏は涼しく、8月に入った今でも空調の必要はまったくない。
むしろタオルケット一枚じゃ寒いくらいで、身体をまるめてくるまった。
しかしいつまでたっても眠れない。
時間が早いというせいもあるのだろうが、体中が鉛みたいに重くて動けないくせに瞼だけは重くならなかった。
やがて時間は深夜帯と呼ばれる時間になり、外の音もほとんど聞こえなくなった。
やけに響く、冷蔵庫の音と掛け時計の秒針の音。

夜の闇は一向に溶けない







明け方になってようやく意識を解放した俺を呼び覚ましたのはインターホンだった。

身体を起こすのがめんどうだったし、どうせ新聞の勧誘か何かだろうと放っておいていたがいつまでたっても鳴り止まない。
気がつくと人の声が俺を呼ぶのが混じっていた。

「要さん、いないんですか!」

声の主はすぐにわかった。
天野先生だ。

不謹慎なことに煩わしいと思いながら、のろのろと玄関へと向かった。
ドアチェーンをはずし、扉を開ける。
そこにはいかにも心配してました、と顔に書いてある天野先生の顔があった。

「なんだ。雅人か。」

天野先生に向かってうっかりこんなセリフを吐いてしまって、後から後悔する。
今思い返せば今日はお互いの休日が合ったので会うことになるはずだった。
それなのに何の連絡もよこさず、(たぶんあっちからも連絡があっただろう)どうしているのだろうと不安に思ったに違いない。
天野先生は機嫌の悪そうな俺の反応を気にしながら聞いてきた。

「ごめん。急に押しかけたりして。今日会うって・・・忘れてた?」

「悪い。忘れてた訳じゃないんだけど。」

何ていったらいいかわからなくて俺は口をつぐんだ。
昨日から先生と会うことなど頭の片隅にもなかった。

「じゃあ、なんで電話しても出なかったわけ?」

あくまでも先生はやさしく聞いてくる。

「携帯、近くに置いてなかったから・・・」

「そう・・・。」

がっくりと残念そうにする天野先生の姿を見てさすがに俺も気まずくなってしまった。

「こんな所で立ち話もなんだから・・・入って。」

「じゃあ、おじゃまします。」

先生を促すようにリビングへと入った俺は、ソファにどかっと腰をおろした。
本来ならお茶を出すなり、しなくてはいけないのだろけど身体がだるくてそのまま動けなかった。
さすがにそんな俺の様子に気付いてか、先生が声をかける。

「要さん、もしかして具合い悪かった?」

確かに具合が悪いのかと聞かれればそうなのかもしれないが、これは具合が悪いのとは少し違う気がする。
頭が痛いとか、気持ちが悪いとかそういう類ではない。
ただ倦怠感だけが身体を襲っていた。

「どうしたの?」

「どうもしない。」

「どうもしなくないでしょう?顔、青いよ?」

「・・・さしく・・・るな。」

「え?」

「優しくするな!」

一瞬天野先生の瞳が見開かれた。
自分でも何を言ったのかわからない。
見えない何かに無性に腹がたって叫んでいた。

「きっと疲れてるんでしょう。ホラ、ベッド行きましょう。」

俺の怒りなど気にしないといった感じで先生は俺を立たせようと手を差し伸べる。
なんだか歯向かうのもめんどうくさくて流されるままに寝室へと向かった。

俺を横にさせると額に手を当てた。

「熱は・・・ないみたいですね。きっと疲れがたまってるんです。今日はゆっくり寝ていましょう。」

さっきは優しくされたら無性に腹がたったくせに今度は泣きたくなった。
感情を調節する器官が壊れているみたいだ。

先生は上掛けをきちんとかけてくれると俺の手をぎゅっと握った。
その手はとても温かかった。

「そんな涙目で見ないで下さい。理性が持たない。」

「いいよ。」

「よくない。まがりなりにも僕は医者です。病人の寝込みを襲うほど鬼畜じゃない。」

「抱けよ。」

「まったく・・・今日はどういう風の吹き回しですか。」

「いいから。どうせヤリに来たんだろ?」

そういった瞬間、穏やかだった先生の表情が一瞬こわばった気がした。
まるで波のない水面に木の葉は一枚落ちたように。
しかしそれは一瞬のことですぐにいつもの先生の顔に戻った。

「僕が来たのはただ要さんに会いたかったからだ。誤解しないで下さい。」

いつもは決してでないような辛辣な言葉が口をついて出てくる。
心が酷くどす黒いものに覆われてしまったかのように不快な感情に支配される。

こんなこと言いたくもないし、先生のことをそんな風にも思っていないのに。
わざと傷つけることに快感を感じている自分が居た。

「何今更言ってんだよ。最初から俺が弱っている所につけこんで俺を抱いたんだろう。キレイ事言わないで欲しいね。」

「僕は要さんに何と思われようが構いません。・・・何ですか、誘ってるんですか?この淫乱な身体は。」

そう言うと先生は俺の唇に自分の唇を押し当てた。
いつものそれとは違う激しいキス。

「さぁ、やれよ。据え膳食わぬはナントカって言うだろう?」

「そんなこと言ってられるのも今のうちですよ。そんな憎まれ口たたけないくらいよがらせてあげますから」

今日はどうやら雨が降っているらしい。
先生にキスされている時に気づいた。
最初はその雨音に耳をひそませていたけれど、
やがて溶けて交じり合う頃にはそんなことも忘れて。

従順に快楽を追い求めていた。







きっと もう ずっとまえから

なにかが こわれていたんだ


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