15

なにも ききたくなくて みみをふさいだ







時間の流れがひどくあいまいで。
けれども確実に時間が過ぎているのを遠い所で感じる。
どうすればいいかなんて、わからなかったけど。
俺には今、何かをするということに現実感がなくて。
こうすることしか思いつかなかったのだろう。

天野先生以外に俺の部屋を訪れる人なんていなかったけれど、今日に限って3人もやって来た。

まずお昼頃。
インターフォンを何度も押す音に気付くとすぐに誰が来たのか想像できてしまった。
いつものようにベッドの上でぼんやりと天井を見つめていた俺はその音を聞いて重い腰を上げた。
おそらく今の自分にとって一番会いたくない相手だろう。
俺を必死で呼ぶピンポーンという音にドアをたたく音が加えられたとき、その扉を開けた。

その一秒後。
俺は頬に強い、けれど一瞬の痛みを感じた。
パシンと、頬を叩かれた音は聞こえていたけれどとても現実感がなかった。

「どういうことだ。」

俺の頬を叩いて語気を荒げた人物。
それは父親だった。

「要、ちゃんと説明してちょうだい。どうして・・・。」

父親の背後に隠れるようにしていた母親が口を開いた。

「ちゃんと私と、それからさや子が納得できる説明をしなさい。」

「そんなもんないよ。・・・まぁいいや。近所迷惑だしとりあえず中入って。」

そうして、俺は怒りにあふれた両親をリビングへと案内した。

彼らが怒っている理由。
それは突然俺が会社を辞めると言い出したことだ。
成り行きで今の会社に入り、自分なりに努力もしたし、仕事もできるほうだった。
しかしやっぱり自分の仕事に情熱というものは持てなかった。
自分がどう生きていったらいいかわからないなんて、若い世代にはよくある話かもしれない。
現にフリーターが増加しているという話はニュースでもよく聞く。
その人生に対する問いが、30を目前にして自分にも迫ってきたのだ。
父親が言っていた俺の昇進の話はさらにその思いを強めた。
そして・・・今の自分の心を巣食う喪失感が、俺からやる気を奪った。
今までのように働く気力がすっかり失せてしまったのだ。
無気力になってから1週間、夏休みの時期と重なっていたので休むことができた。
しかしいつまでたっても会社へ行く気力は湧いてこなかった。
それどころか家を出る気すら起きなくなり、ついに今日の朝自分の上司に電話で会社をやめることを告げた。
社長の息子である俺の突然の申し出をそうすんなりと受け入れるはずもなく、一応保留ということで話はついていた。
上司が父親にこの話をするだろうことは予測がついていたので今日訪れることはさして驚くことではない。

部屋の中に入っても両親の怒りは収まりそうにもなかった。
怒りのオーラを全面に出している。
リビングのソファに向かい合わせに腰をかけ、こちらを射るようににらみかえす。

父親の怒りも無理はなかった。
息子が突然相談もなしに会社を辞めると言い出したのだから。

「私は絶対に認めないからな。」

「そうよ、どうして突然!」

母親は今にも泣きそうだ。

「働きたくないから」

俺はそう言い放った。
この点については語弊はない。
自分勝手だということは自分でも充分承知だ。

「そんなセリフが通ると思っているのか。おまえは貢と一緒に会社を継いでいかなければならない存在なんだぞ。」

「俺がいなくても兄さんがいればいいだろう。どうせ俺はそんなに使える人間じゃないし。」

「そんなことないわ、あなたは今までちゃんとやって来たじゃない。」

「人並みにはね。でも兄さんみたいな優秀な人物がいれば俺は必要ないだろ。」

「何を言ってるんだ!そりゃ貢はよく出来た人間だ。それは親の私も認める。もしかしてお前、貢の才能に嫉妬してるのか?」

嫉妬?
何ソレ。

俺は心の中で笑った。
俺は兄さんを嫉んだことなんか一度もない。
兄さんの足元にも及ばない存在だってこと充分すぎるくらいにわかってたから。
だから兄さんと張り合おうともせず、今まで生きていたのに。

「そんなんんじゃない。ただ、働きたくなくなっただけだ。理由なんてない。」

「ただ働きたくなくなったって・・・。それじゃあこれからどうやって生活していくの?」

「私たちが養うなど思っているのか!!そんな勝手なことする奴には何の手助けもしないからな!」

「いいですよ。俺は俺で生きていきます。」

「この世間知らずが!今更30にもなる男がまともな就職先を見つけられるのか!だいたい今まで苦労してこなかった奴が。」

「そうかもしれませんね。この辺で世間の荒波にもまれるくらいがちょうどいいんじゃないかな。とにかく放っておいてください。俺はあの会社で働く気はありませんから。」

もうだいぶなげやりな気持ちになってきていた。
そんなのどうでもいい。
なんか今こうして親と口論していることすら面倒くさい。
早く二人を追い出して一人になりたかった。

「会社を辞めるなんて許さないからな・・・。」

激しく言い合ったせいで父親は肩で息をしていた。

「帰ってくれよ。もう話すことなんかない。」

「要!お父さんに何てこと言うの!」

「母さんも帰ってよ。」

「要!」

父親の怒号が一層大きく部屋にこだました。
拳を握り締めて何かを言おうとしている父親だったが、その先につむぐ言葉もなく急に立ち上がって玄関へ向けて歩きはじめた。

「あなた!」

急の行動に驚きながら母親がその後を追う。

「もう一度、よく考えて。・・・ね。また話会いましょう。」

そう心許なげに言い残して父を追って帰っていった。

久しぶりに両親とけんかをして随分と疲労した。
今日も例によって睡眠が浅く、だるさの抜けきれない体はソファに崩れるようにして受け止められた。










いつもまにか寝ていたのか、またしてもインターホンの音で目が覚めた。

この音で目を覚まされるのはひどく不愉快な気分になる。
それでも両親が来た時と同じく長く鳴り続けているとしょうがなく出る気分になった。
親が出て行ってからカギもかけずに眠り込んでいたので扉は開いているはずだ。

「どちら様ですか。カギ開いてるから勝手に入ってくれる?」

無用心だとはぼんやりと思ったが、玄関まで行くのが面倒でリビングから声をかけた。

「おいおい、無用心すぎるだろ。それは。」

そう笑いながら入ってきたのは兄の貢だった。
また同じ話の繰り返しかと思うと正直ウンザリした。

「何の用です?」

「わかってるんだろ。」

「その話ならもう話すことなんてないです。」

「どうして突然。」

「働きたくなくなったから。」

「らしいな。」

「知ってるんじゃないですか。」

「おふくろが泣いてたからな。で・・・本当に辞めるのか?」

「・・・辞める。」

「ま、いいけどな。俺は。」

以外な貢の言葉に思わず顔を上げた。

「以外・・・って顔してるな。」

「ええ。兄さんは母さんに頼まれて俺を説得しにきたのかと思ったから。」

「まぁそうなんだけどな。俺としてはこれからも要と一緒に働いてい行きたいしな。けどさ、当の本人にやる気がないんじゃあね。」

「・・・。」

「で、他にやりたいこととかあるのか?」

そう言われた時、俺は自分にとってやりたいことが分からない状態だった。
とにかく今ある状況から逃れたい。その一心で。

「ないけど。」

「じゃあ何にお前は行き詰まってるんだ?」

「行き詰まっている?俺が?」

「違うのか?」

「分からない・・・。」

それから長らく俺たち兄弟の間には長い沈黙があふれた。
お互いが言葉を探り合うような、そんな感じ。

「なぁ・・・・。」

沈黙のあと貢は話かけてからためらうように言葉を宙に浮かせた。

「違ったらすまない。お前もしかして・・・。」

貢がまっすぐに俺のことを見つめてくる。
何だろうと心のどこかでドキドキしながら見つめ返した。

「朱音のこと、好きなのか?」

一瞬何のことを言われたのかわからなかった。
どうしてここで朱音のことが出てくるのだろう。

「要がうちに帰ってきたとき、朱音に彼氏がいることを知ってひどく不機嫌になったっておふくろが言ってたから。」

もっともらしい考えだと思った。
あの状況だったらきっと誰しもそう思うだろう。
ショックを受けたのは朱音に彼氏がいることが分かったからだと。
だれもその”彼氏”が好きだからなんて、不健全な発想は生まれてこないのだろう。
だからそれを聞いて噴出してしまった。

「アハハ、兄さんマジメな顔で何を言い出すかと思ったらそんなこと?」

「ごまかすなよ!」

「プっ!ハハっ!大丈夫、安心してくれよ。そんなことないから。あーおかし。」

「本当に違うのか。」

「違うよ。」

キッパリとそう断言した。いや、事実なのだから仕方がない。
そう言った途端兄さんの顔が少し安堵したように緩んだ。

それを見て、思った。
ああ・・・この人はもしかしたら朱音のことが好きなのかもしれない。
今までよく可愛がっていたし。
まぁ恋愛感情ではないにしても大切な存在であることには変わりないだろう。

それを見てあの朱音という女がいろんな人から大切にされている事実に少し胸が痛んだ。
朱音と俺を比べてもどうしようもないことは分かっているが、どうしようもなくうらやましかった。
いや、一番うらやましいのが

今啓太の隣にいることの出来る人物であるということだったのかもしれない。







だれからも あいされないきがして こころをとざした


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