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かなしそうなめで おれを みないで







結局会社は休職するということで話がついたらしい。
会社に行かないことには変わりなかったのであえて反論する気も起きなかった。

あれから何度も両親は説得しに来た。
それでも俺の気持ちは変わらない。
それにだんだんとこの心の隙間は広がっていくのを止められなかった。




「要さん、今日もお母さん見えたんですか?」

「・・・ああ。」

「・・・すこしくらい、会ってあげたらどうです?」

「黙れ。」

最近では誰かがやってきても会うことは皆無に等しかった。
第一に玄関まで行くのもめんどうくさいくらい動きたくなかったし、その上説教ばかりさせられたらたまったもんじゃない。
そのことも含めて最近の俺は余計イライラしていた。
一日中ぼーっとしていることの方が多いくせに何かあるとすぐカっとなってしまう。
現にこんな風に天野先生に厳しく当たることもよくあった。

体中の倦怠感、不眠、イライラ。
どれをとっても決して正常な状態ではない。
自分でもよくわかっていた。
けれどもそれを何とかしなくては、と思う気持ちでさえ湧いてこないのが実情だった。

ただ、生きている、自分。

一番つらいのはやっぱり自分をいたわってくれる存在を傷つけてばかりいることだった。
天野先生は決して俺を責めないし、ツライともいわないけれど。
それでも俺は優しくされるたびに罪悪感が募っていった。

そんな俺に彼は安定剤を処方してくれるようになった。
飲むと少しの睡眠導入効果と、精神の鎮静作用がある。

俺としては薬で少しでも落ち着いて、先生に当り散らさなくても済むのでよかった。
少しは眠れるようになったし、以前のように先生に接することができた。
しばらくの、おだやかな日常。

しかしそれも長くは続かなかった。

耐性がついて薬が効かなくなる。
はじめのうちは薬を変えたり、量を少し増やしたりして対応できた。
それにだんだんと依存していき、薬がない状態だと以前に増して眠れなくなり、イライラした。
俺は次第に余裕がなくなっていった。

いくら薬を増やして欲しいと言っても、医者である天野先生が一定以上の薬を処方してくれることはなかった。
寝る前に薬を飲んでも眠れず、夜中にもう一錠、もう一錠と注ぎ足してようやく眠りを手に入れる。
完全に自分は壊れているのだと思った。
薬に依存し始めてからは倦怠感は元に戻った。いや、それ以上かもしれない。

苦しかった。

薬をくれない先生に対してイライラして怒鳴り散らす自分。

「雅人、少しで良いから、薬増やして。」

「だめです。ただでさえギリギリの量なの。本当は減らしたいんだから。」

「お願い・・・頼むよ。眠れないんだ。」

「いくら薬を飲んでも、それじゃあ余計つらくなります。・・・こんなになるんだったら処方しなければよかった。」

「俺のお願いが聞けないのかよ!こんなにツライのに!お前俺の恋人だろう!役立たずが!!」

「あなたが大切なんです。わかってください。」

毎日こんな言い争いの繰り返し。
先生に暴言を吐くと同時に俺の心は痛みに切り裂かれた。

イタイ・・・。

こんなことが言いたいわけじゃないのに。
きっと先生も傷ついてる。
目がカナシイって言ってる。
そんなことくらい、こんなラリってる俺でさえ分かる。

今日の朝も例によって薬のことでもめてしまった。
それでも先生はちゃんと一日分の薬と、食事を用意して仕事に出かけていった。

俺はふてくされて自分の部屋のベッドにうつぶせていた。
昨晩も眠れず、うつらうつらと1〜2時間くらいしか寝ていない。
なぜか目は冴え渡っていた。

部屋の対角線上にある姿見に自分の横たわる姿が見える。
やっぱり少し痩せた。
食欲もあまりないので放っておくと食べないからだ。
醜い自分の姿を改めて再認識して笑った。

これが、俺。

今の、俺。

これ以上天野先生を苦しめたくはない。

俺はサイドボードの引出しからピルケースを取り出した。
中には安定剤が何粒も入っていた。
実はどうせ飲んでも眠れないし、落ち着かないのだからと薬を飲まずに貯め込んでいたのだ。
ふと、誘惑にかられて今までに貯めた分を一気に飲む。

最近の安定剤は随分安心処方で出来ていることくらい一応製薬会社のはしくれとして知っていた。
まさか死のうなんて大それたこと思ってもいなかったが、とりあえず少しの間フッ飛べばよかった。
大量に薬を入れたことでだんだんと落ち着いてくる。
瞼が重くなり、身体の力が抜ける。

その時、なんだかいつもと様子が違うことに気付いた。

気持ち・・・悪い。

いつもは感じないような冷や汗が出てきた。
寒くて、身体が震える。

いつもの眠りに入るときのそれではなく、目の前がぼんやりとしてきた。

もしかしまずい飲み方をしたのかもしれない。

それに最近体重も落ちていたし、身体は弱っていた。
そういうところに来て一気に薬をたくさん飲んだらおかしくなるのは当たり前だ。
目の前がザーザーと壊れたテレビみたいな映像に変わったと思った時、完全に思考は閉ざされた。







もうだれも おれを みないで


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※次のお話は雅人視点になります。
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