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ぼくは ずるい

あなたが くるしんでいても ぼくだけのものに したかった







午前中の外来を終え、昼食を取ろうと食堂へ行った。
いつものように定食を頼み、空いている席に座る。
食事をしながら、要さんはきちんとごはんを食べているのだろうかと気になった。

要さんが、あんな風になってからどれくらいたっただろう。
随分と長いような気もするが、実はそんなに何週間もたっているわけではない。
ただ症状に現れたのがつい最近のことであるが、彼の心の中に棲む”何か”は以前から感じていた。

初めて会った時、この世に一目ぼれなんてものは存在しないと思っていた。
一目見ただけで心が奪われるなんていうのは所詮うわべだけのものであって恋ではないと。
けれど「篠崎 要」という一人の人物がその考えを打ち消した。
彼を包む独特の優しい雰囲気、やわらかいものごしに一瞬で包まれた。
それは営業用の当たりの良さでは語れないほどのすごく良いオーラだった。
男とはわかっていながらも、ドキドキして。
最初はただ一緒にいるとドキドキする反面すごく和んだり、不思議な気分だった。
それがだんだんと付き合いが長くなるほどに、控えめな態度がかわいらしく思えてきて、もしかしたら恋しているかもしれないと思った。
はっきりとそれを自覚したのは彼に恋人がいると知ったとき。
そのころにはもうお互い信頼関係が出来上がっていてプライベートでも親しくさせてもらっていた。
彼は僕にカミングアウトして来たのだ。
「男の恋人がいる」ということを。
正直すごくショックだった。そして相手に嫉妬を感じた。
けれど真剣に、顔を赤らめながらいろいろと相談してくる要さんを見ていたらなんとか力になってあげたいと思うようになって。
いや、違う。
こんなことを僕にだけ相談しているのだと思ったら、その特別なポジションがうれしくなって僕は自分の嫉妬をひた隠しにして良い相談相手に甘んじてしまったのだ。
そして僕は、それでも幸せだった。

要さんと仕事以外でもよい友人として付き合っていた間、少し疑問に思ったことがある。
彼はどうしても自分に自信を持てずにいたのだ。
僕からすれば中性的で整った顔立ちを持っていたのだが、要さんは女くさいといって自分の顔を決して好きではなかった。
それに仕事の面で、病院でも他の医師からの評判が良いと誉めた時も、自分は兄のように仕事はできないからとそれを認めなかった。
そしてさらに僕から見れば啓太という彼の恋人がすごく彼を好きなことが伺えた。
それなのに要さんは常に不安を抱えていた。
恋愛していれば不安はつきものだというけど、要さんのそれは異常とも言えるくらいだった。

そして、要さんは恋人と別れた。
そのポジションを僕が手に入れた。
始めから僕に気がないということは分かっていた。
けれど、一緒にいるうちにいつか啓太君のことを忘れて少しでも僕のことを好きになってくれればよかった。
要さんもそれに応えようと必死に努力していた。

それはやがて彼の精神的な負担となっていったのかもしれない。
啓太君のこと以外にもいろいろとあったに違いない。
ところが彼にはその心の内を相談できる相手がいなくなってしまった。
それはそうだ。啓太君のことが忘れられずに苦しんでいるに違いないのに、僕に相談するわけにはいかないのだから。

あんなになるまで要さんの心は悲鳴をあげていたことに。
もっと早く気付けばよかった。

「天野先生、何ため息ついてんの。」

そう声をかけて隣の席に座ったのは同じく内科の安藤という医者だった。
僕の一つ上で、要さんと同い年だ。
何かと面倒見も良く、前からお世話になっている先生だ。

「ため息なんてついていましたか、僕。」

「ついてた。ったく、俺のさわやかな食卓を辛気臭くするなよ。」

「わかりました。気をつけます。」

「よろしい。・・・で、女か?」

安藤先生は味噌汁をすすりながら僕に視線を合さずに聞いてくる。

「まぁ、そんなとこですかね。」

「まーったく、天野先生はいつも相手の気持ちばかり考えて動くから損ばかりすんの。これは恋愛じゃなくても同じ。少しは自分の思いどうりに動いてみれば。」

「そうできればいいんですけどね。」

「ま、あんま無理するなってことだ。我慢するのはお互い良くないからな。一度本音でぶつかりあったほうがいいんだよ。」

「言いますねぇ、安藤先生も。」

「そりゃまぁな、数々の経験値を積んできたからな。」

そうだった。この安藤という男はかなりその手の話に事欠かない人物だった。

「いいですけど、そのうち看護婦に刺されないように気をつけて下さいね。」

僕はにっこりと笑って席を立った。

「おーっと、怖いねぇ。優しい顔してそういうこたぁ知ってんだ。天野先生は。」

「聞きたくなくてもそういう話は日々聞こえてきますからね。じゃ、僕はこれで。」

昼食のトレーを片して俺は自分の仕事場へと歩き始めた。
安藤先生と話をして少しは楽になったような気がした。
少しでも明るい人と話せば心は救われる。
いつもより軽い足取りで階段を駆け下りた。




階段を降りきり、ロビーを通ろうとした時ふいに肩を叩かれた。

振り返ると、そこには男らしい精悍な青年が立っていた。

「啓太・・・君?」

間違いない。要さんに以前見せてもらった写真の中にいた人物だ。

「あんた・・・天野先生っていうんですか。ここの先生だったんですね。」

「そうですけど。」

「何で俺のこと知ってるんですか?要が言ってた?」

啓太君は語尾を少し荒げて僕に詰め寄ってきた。 そうだ。要さんから話を聞いていたから僕は啓太君のことを知っていたけれども彼は僕のことは知らないはずだ。

「あなたと要さんのことは以前から知っていました。啓太君・・・いや、西垣さんは何で僕のことを・・・?」

「見かけたことがあるんです。あなたと要の姿を。一度だけ。」

「そうですか。今日は仕事で?」

「はい。ここの先生に用があって。そしたら偶然見かけたものですから。」

「それじゃあ、お仕事がんばってください。僕は診察がありますのでこれで。」

なんだか気まずい雰囲気になって僕はこの場を終わらせようとした。
一度上がったテンションがもう一度下がるのを感じた。

「ちょっと待ってください。」

「何か?」

「要の・・・篠崎さんのことで。少し話せませんか。」

いやな汗を感じた。
要さんとのことをこの男と話したくはなかった。
啓太君と要さんをもう二度と近づけたくはない。
そういう気持ちで一杯だった。

「お願いです。」

真剣な眼差しでそう訴えられた。
逆らうことなどできなかった。







ぼくは ずるい

ほんとうは あなたを ずっと とじこめておきたいんだ


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