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あなたを しあわせに したかったんだ






「要は、今元気にしてるんですか?」

あまり人目につくところで話すのも何なので僕と啓太君は病院の屋上に来ていた。
ちょうど誰もいなかった。
屋上につくまでの間ずっと無言のままだったが、開口一番啓太君は最も聞かれたくない問いを投げかけてきた。

「何でそれをあなたに話す必要があるんですか?」

「要が休職してるって聞きました。表向きの理由は体調不良で療養ってことになってますから。」

「ええ・・・。」

「どういうことか説明てください。そんなにひどい病気なんですか?」

「・・・。」

僕は何も言えなかった。
要さんは確かに弱っているけれど、それは病気なんかじゃない。
身体ではなく。
もっと奥の深い所で弱くなっているんだ。

要さんが心の奥に抱えているものを僕はすべて受け止めてやれなかった。

この、目の前にいる男のこと。
それから家族のこと。
自分自身のこと。

いろんなことに疲れてしまった。僕にはそんな風に見える。

例え僕が傍にいても、要さんを救ってやれないこと。
本当は気付いているんだ。

でも

それをこの男に言えるはずはないじゃないか。
自分が本気で好きなヒトのことを、守ってやれない男だってことをどうして認めることができる?

やけに喉が渇いた。

カラカラと、体中の水分が乾いていくような感覚。

「ちょっと風邪が長引いているだけです。ご心配なく。僕が・・・医者の僕がついているんだから大丈夫。」

大丈夫・・・。
そう、自分に言い聞かせるように強く言った。

「じゃあ、質問を変えます。要は・・・。」

そう言って啓太君は一度唇をかみしめた。

「要は、今幸せですか?」

「ええ、幸せですよ。」

自分の声が震えるのを感じた。
要さんが幸せかどうかなんて僕が一番よく分かっている。

あんな風に自棄になって、無気力に時間を過ごす彼を幸せと云うなんて。

「そうですか・・・。」

「なぜ啓太君がそんなことを聞くんです?あたなにはもう要さんのことは関係無いはずだ。」

「そんなこと充分すぎるくらい分かってます!もう過去の話ですから。でも・・・・」

それまでまっすぐに僕を見つめていた視線が外される。
想いが体中からあふれているのが見えた。

ああ・・・。

このヒトはまだ要さんのことがこんなにも好きなんだ。

そう強く感じた。

今要さんの恋人として一番近くにいるのは僕なのに、まっすぐに熱い想いを抱いているこの男がうらやましく思った。

そして、妬ましくもあった。

「あなた、篠崎社長の姪御さんとお付き合いされているそうですね。」

胸の中で渦巻く憎悪の心が僕に言葉を吐かせる。

「それは・・・。」

「せっかくの将来、つぶしたくないでしょう?このまま上手くいけばあなたの未来は約束されたようなものです。」

「なぜそのことを?」

「うちの看護婦はおしゃべりですから。そういう噂話には尽きないんでね。」

「確かに今俺は、その子と付き合っています。でも・・・正直言って俺はまだ要のこと。」

「要さんも喜んでましたよ。それを聞いて。」

啓太君のまっすぐな思いが痛くて僕は言葉をさえぎった。
最悪なウソを使って。

「これで俺もすっきりしたって。そう、言ってました。」

やはり声がうわずってしまう。
嘘がばれていないだろうか。
そう不安になりながら啓太君の方を見た。

僕は

見た。

それはかつて要さんが啓太君を失った時のような・・・悲しい瞳。

「要が・・・そう言っていたんですね。」

「そうですよ。」

「あれはいつだったか・・・。そう、あなたと要が一緒にいるのを偶然見たんです。
その時の俺は要に本気で他に男がいるなんて思っても見なかったから、すごくショックだった。
その翌日、要と少し話をしたんです。
いろいろ話して、俺は要に『幸せになれよ』って言った。
そしたら要は言ったんです。『もう・・・幸せだよ』って。
あの時に俺たちは完璧に終わったんです。
だけど・・・俺の気持ちは全然終わっていませんでした。
やっぱり要が忘れられなくて、新しい彼女のことも本気で愛せないんです。」

要さんも同じように思っているのだろうか。
そう考えたら胸が痛くなった。
きっと要さんは僕のことも愛せなくて苦しんでいる。

「でも、今更その彼女のことを振ったりしたら、出世に影響するんじゃないですか。ましてや要さんとやり直すなんて無理だ。
要さんは・・・もう俺のものだ!誰にも渡さない!!」

「いいんです!要は幸せなんでしょう?それを邪魔するつもりはありません!ただ、今は他の誰かと付き合うのは・・・もう、無理だから・・・。」

「ならそれでいいじゃないですか。僕にいちいち話す話ではないじゃない。もう僕たちに関わらないで下さい。」

「諦めの悪い男だって自分でも思っています。ただ、要が急に仕事を休んだりして心配になったから。要に・・・幸せになって欲しかったから!もう幸せだって言ってたけど、もっと幸せになって欲しいから!!。」

そこまで言って、目の前にいるガタイのいい男は目から大粒の涙を流した。
愛するもののために流す、汚れのない涙。

「要を・・・どうか幸せにしてやって下さい。それと、俺と話したことは、要には絶対に言わないで下さい。要の幸せに俺はきっと必要ないだろうから。」



啓太君は目頭をおさえると、後ろを向いて歩き出した。

もらい泣きだろうか。

知らず知らずのうちに僕の目からも一筋の涙があふれ出てきた。
何で

何で僕は泣いているのだろうか。


何で

何で要さんはこんなにも愛してくれるヒトを手放したりしたんだろうか。

目の前にあるとてつもない温かさをはらんだ愛情に、絆されてしまいそうになる。
やっぱり、僕では駄目なんだと。
そういうことをストンと理解できた。

今まで僕の歪んだ愛情で要さんを閉じ込めてしまったことに深い後悔がよぎった。

このままじゃいけない。
要さんとこのひとは

僕なんかが引き離しちゃいけないんだ。



そう思った。



「待って!」

僕は必死で目の前にいる男を呼び止めた。

「本当は・・・要さんは幸せなんかじゃない。ひどく、弱ってる。」

「え・・・?」

「それに・・・あなたのことをきっと今でも一番好きだ。」

「うそだ。そんな・・・だって要は!」

「僕は確かに今恋人だけれども、僕が一方的に好きなだけです。要さんは・・・あなたが大切だから別れたんだ。」

「どういうことですか?」

「啓太君、自分で気付きませんか?要さんと別れたことで、あなたは何を手に入れようとしていた?」

「俺が・・・手に入れたもの?」

啓太君は一瞬考え込んでいたがすぐに答えを見つけたようだ。

「そんな!要は俺が朱音ちゃんとああなることを知ってて・・・」

「たぶん、そうだったんじゃないかと思います。僕もハッキリしたことは言えません。」

「何てバカなんだ!俺は。要の幸せのために別れたのに、要は俺の幸せのために自分を犠牲にしていたなんて!」

啓太君はそう言って頭を抱えた。

「あなたに、聞きます。」

目線があった。
同じ者を愛する同士で、一種の想いが通い合った瞬間だった。

「もし、何を失ってもいいと。それでも要さんを手放しなくない。それくらいの度胸、ありますか?」

「当たり前だ。」

即答だった。

「俺には要のほかに失っても惜しいものなどありません。」

「その答えが聞けて安心しました。今日、僕と一緒に要さんの所に帰りましょう。あななたちはもう一度じっくりと話をする必要がある。」

「天野先生は、それでいいんですか?」

「僕も要さんを愛していますから。」

答えはそれで充分だった。




僕はどうしていつもこういう恋愛をしてしまうんだろう。
叶わないヒトばかり好きになる。
それでも、やっぱり要さんを好きな気持ちは消せない。
だから・・・もう解放してあげる。






あなたを しあわせに するよ

それは もう おれのてによってでは ないかもしれないけど


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※次回から要視点に戻ります。
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