20

ながいあいだ まわりみちを していた

けれど

やっと すすむべき みちが みえそうな きがするんだ







さっきから、ずっと体が思うように動かなくて。
ここはどこなのか。自分は何なのかまったく理解できない。
夢を見ているような気もするけれど、どういう夢だかはっきりと思い描くことができない。

ただ今わかっていることは、夢の中で見た顔が愛しいと思えること。
それに、なぜか悲しいんだ。
理由はわからないけれど、ただ悲しくて。

自分の頬を伝う涙の冷たさに
俺は覚醒した。




うっすらと目を開けるとはじめは霧でかすんだような世界が現れた。
それが自分の涙で曇っているんだと気付き、目を擦ろうとしたその瞬間、自分の手が誰かにしっかりと握られていることに気付いた。




うそ。




どうして。




夢に見ていた人物が、俺の手を握り締めている。

「よかった・・・。」

忘れもしない、このトーンの低い声。
俺の鼓膜はこの声を聞きたくてやまなかったのかもしれない。

「けい・・・た。」

搾り出した自分の声は自分のものとは思えないくらいに掠れていた。

俺を握る啓太の手から温かさが伝わってくる。
啓太は、俺を見ながら静かに涙を流した。

「ばか。心配させんな・・・。」

「うん。」

どうして啓太がここにいるのかだとか、どうして自分がここにいるのだとか、そういうことはまったく考えなかった。
この確かな温もりを感じて、今まで消えそうになっていた「自分」を戻ってきたみたいだった。

「今、先生呼ぶな。」

そう言って啓太は枕元にあったボタンを押した。
しばらくして部屋の扉が開くとそこには白衣をみにまとった天野先生の姿があった。

俺は半身を起こした。
先生は俺の傍に来て、安心したかのようなため息をついた。

「ごめん。」

なぜだか彼には謝っておかなければならないような気がした。
きっとたくさん心配をかけたに違いないから。

「それは、何に対しての”ごめん”ですか?」

穏やかに、彼はそう言った。

「要さん、気付いたんでしょう?自分の気持ちに。」

自分の気持ち?
それは何だろう。
あまりしっかり動いてくれない頭を振り絞って考えた。

ああそうか。

そういうことか。

「僕もあなたには謝らなくちゃいけない。僕は、あなたのことを本気で愛しています。
けれどあなたを大切にしてあげることはできなかった。
あなたが、自分の存在価値に苦しんで、愛する人を手放した寂しさに苦しみぬいている時も力になれなかった。」

「そんなことない!雅人は俺を本当にいたわってくれた。俺の方こそいつもわがままいってばっかりで、たくさん困らせたじゃないか。」

「違うんです。僕はね、苦しんで弱っていくあなたを見て、そのまま僕の手に落ちていくのを黙って見ていたんです。いや、違う。むしろそれを望んでいた。あなたが、絶望して僕にしか助けを求めなくなるような状況を作るのを止められなかった。こんな・・・。こんな、歪んだ愛情じゃあなたを幸せにすることなんてできっこないのに・・・!」

天野先生は、悔しそうに唇をかみ締めていた。
胸が痛かった。
きっとこの場にいる誰もがそれぞれ痛みを抱えているに違いない。

「天野先生、俺とあんたはライバルかもしれないが。それでも俺は今までのことを感謝するよ。」

そう口を挟んだのは啓太だった。

「天野先生が要の恋人だっていう事実はホント嫉妬で狂いそうなくらいムカつくけど、あんたが要のことを想っているのはちゃんと伝わるから。
俺が要の傍にいてやれなかったときに、やっぱり要を支えていたのはあんただ。」

「でも、僕じゃダメんなんです。」

そういう天野先生の声は震えていた。

「要さん。病院で啓太君と話す機会があったんです。
啓太君はあなたのことを心配していたけれど、僕は要さんと啓太君を近づけまいと必死だった。
でも、僕は気付いたよ。」

「どういうこと?」

「あとは二人で話して下さい。ちゃんと、本音で。」

天野先生はそういってにっこりと笑った。

「ありがとうございます。」

「じゃあ、僕は行きますね。」

白衣を翻し、少し早足で扉へと向かっていく。

「要さん。別れましょう。僕ら。どうしても一人になったら、いつでも来てください。僕はあなたを当分忘れられそうにない。心も、体も。」

そう言い放って扉の向こうへと消えた。




一瞬頭が真っ白になった。

「ふうん。体も・・・ね。」

苛立たしげに啓太が言った。

「ちくしょう。要に触れていいのは俺だけなのに。」

瞬間、啓太の大きな腕の中に抱きすくめられた。
広くて、あったかい世界。
久しぶりにかぐ啓太の匂いがうれしかった。

「要、やっぱり俺はお前が好きだ。お前以上の人間なんていねぇよ。」

真摯な言葉。
そのまっすぐさに心臓が止まりそうだ。

「おまえは?」

啓太は俺の目をまっすぐに見た。

「俺は・・・。」

俺の中ではまだ黒い不安が渦巻いている。
啓太を男同士の恋という泥沼に、再び引きずり込んでいいものか。
何のために俺は今まで苦しんできたんだ。
啓太は、朱音と結婚すればきっと幸せになるはずなんだ。

「要。本音で、だぞ。」

ここ数ヶ月、いろんなことがあった。
恋なんて。忘れられるものだと思ってた。
でも忘れられなかった。
俺は・・・。

「俺は・・・やっぱり。」

想いが膨らんできて、何て言えばいいのか分からない。
好きだっていう気持ちを伝えるのはなんでこんなに難しいんだ?

「正直な、気持ちでいいんだ。本当に俺が嫌いならそう言ってくれ。」

「やっぱり・・・啓太が好きだよ。俺が生きてるって感じさせてくれるのは啓太しかいない。そんな、唯一無二の存在なんだ。」

啓太が俺の唇にキスを落す。

「俺も。」

「天野先生に偶然会って、要の様子を聞いたんだ。要が会社に来ていないから俺、すげぇ心配で。あの先生も、お前を必死で離さないようにしてたんだろうけど。最初はまともに話できなかった。」

「雅人と話したのか?」

「でも、だんだん話して行く内に、天野先生は要が今でも俺のことを好きだと思うって言った。」

「そんなことを・・・。」

「つれぇよな。自分の恋人が弱って、しかも自分のことでなく違うヤツのことを想ってるなんて認めたくないだろうよ。けどあの人はちゃんと言ってくれた。」

「そう・・・。」

「なぁ、なんで要は俺と別れようとしたんだ?」

「・・・。俺が。臆病だからだよ。」

「え?」

「啓太のためなんて、えらそうなことは言えない。俺のために、啓太が傷つくのが怖かった。ただそれだけだよ。」

「俺はお前がいないことのほうがよっぽどツラいよ。」

「でも・・・啓太、朱音とつきあってるんじゃ?」

「やっぱり。」

「へ?」

「そのために別れたんだろう?そりゃ朱音ちゃんと結婚すれば俺の立場はゆるぎないものになるだろうな。」

「そうだよ、俺となんか付き合ってても将来は見えないだろ。」

「でも朱音ちゃんが俺に与えてくれるもの金と出世だけだ。それより俺はお前が欲しいって言ってんだよ。」

「ダメだよ、今更朱音と別れたりしたら大変だろ!」

「本当に俺が朱音ちゃんと結婚してもいいのか?」

そのセリフに言葉が詰まった。
俺は、やっぱり朱音と啓太が付き合っていると聞いた時の絶望感を忘れてはいない。

「正直に話すんだろ?」

「・・・うん。本当は、嫌だ。啓太に他のヤツが触るのなんて。」

「だろ?俺は別にいいさ。立場がまずくなっても。要さえ傍にいてくれれば。」

「俺なんかの・・・どこがいいんだよ。啓太はデキる男だ。仕事だってなんだって。その芽を俺につぶせって言うのか?」

「俺が仕事をがんばるのは、要のおかげだよ。」

「何それ。」

「要さ、自分では気付いていないかもしれないけど、すごい才能持ってるんだぜ。俺みたいなのはただ口先がうまいだけ。要はなんて言うか商談相手をうまく丸め込むようなそんなオーラを醸し出してんの。気付いてない?」

「なんだよ、そのオーラっていうのは?」

「要と話すとみんなそういうオーラに包まれる。これは立派な才能なの。俺入社した当時そういう風に立ち回る要を見てくやしくってさ。どんなにがんばっても追いつけないような気がして、きっとどうすれば勝てるかずっと見てたんだぜ。」

「まじで?そんなの全然気付かなかった。」

「そしたらいつの間にか・・その・・好きになっちまって。」

俺は正直びっくりした。
自分ではそんなオーラなんて気付くはずもない。
っていうか啓太が俺を好きになる経緯ってそういうことだったんだ。

「それに、俺は天野先生に宣言したんだ。」

すうっ一呼吸おいて啓太は言った。

「何を失ってもいいと。それでも要を手放しなくない。ってな。」

「朱音のことはどうするの?」

「ちゃんと、別れるよ。」

「大丈夫なのか?」

「要は俺のこと信頼してないのか?もし職を失うことがあっても、俺はちゃんと生き抜く自信持ってるからな。」

「うん。」

そっか。
そうだよな。

俺は啓太の才能を認めておきながら、啓太をコネで出世街道に乗せようとしていた。
きっと啓太ならそんなのなくても大丈夫なのに。

「幸せにするから。」

「うん。」

「だから、早く体直せよ。」

「うん。」

うれしくて涙が出た。
恥ずかしくて、布団の端で目を隠した。

「泣くなよ。」

「啓太こそ泣いてただろ。」

「そうだな。」







ながいあいだ まわりみちを していた

けれど

やっと すすむべき みちが はっきりとみえた


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