21

しあわせな ひびに

おわりは ないのだろうか







とても、穏やかな日々だった。

啓太との気持ちを確かめあってから一週間ほど経つ。
俺の飲んだ薬はそれほど強いものではなかったから、あの時は一時的に中毒症状が出ただけだったそうだ。
それより筋力の低下や、睡眠不足、食欲不振がたたってだいぶ体力は落ちていたらしい。
何日間は気だるさが抜けず、以前と変わらないような感じだったが一週間経つころにはだいぶ回復していた。

病院の医療もそうだが、やはり俺を支えてくれる人の存在が大きいのだと思う。
失いかけていた自分の存在をなんとか取り戻すことができたような気がする。
啓太はあれから毎日来てくれた。
仕事があるのでそれが終わってから欠かさず足を運んでは、たわいもない話をして帰っていく。
まるで今まで離れていたことが嘘だったかのような幸せな時間を過ごした。

また、天野先生も手が空いたときにたまに顔を出してくれる。
彼は本当に優しい。
きっと酷く傷つけたはずなのに、そんなことをおくびにも出さず接してくれる。
以前言っていたセリフが蘇る。

『僕の場合どんなにつらくてもあんまり外には出さないかな。ホラ、泣いたりしたら自分が悲しい気持ちだってこと、肯定することになるでしょう?だから感情と身体とを完全に切り離してしまう。それも意識的にね。心がどんなに泣いていても笑顔でいようとしてしまうんです。』

もしかしたらつらい気持ちを抱えているかもしれない。
けれど悲しい気持ちを打ち消すために笑顔でいようとする彼を心の底から強いと思った。
同時に、それは弱さでもあるけれど。
人間なんだから誰だってそういう弱い部分を抱えているんだと、今なら思うことができた。

身勝手な考え方かもしれないが、かつて天野先生が俺が泣くのに付き合ってくれたように
彼の傍にもそういう人がいて欲しいと心から思う。
きっとそんなこと言ったら
彼は笑顔で「大丈夫だ」って言うんだろうけど。
たぶん天野雅人という人間はそういう人なんだ。


ちょうど昼食を食べ終えた頃、啓太が病室を訪れた。

「よ。体調はどうか?」

「うん。だいぶいいみたい。ぐっすり眠れるし。」

「そうか。良かったな。」

「今日はどした?こんな時間に。」

いつもは大体会社が終わった夕方に訪れることが多いのだが、珍しいものだ。

「ちょっと外回りで近く来たからついでだよ。」

「サボリか。っていうかついでなのかよ。」

「違うよ。まあ、今日はちょっと話しておきたいことがあって。」

そういった啓太の顔が少しこわばった。
顔つきからも察するに重い話なのだろう。
病室の空気が一瞬ピンと張り詰めた。

「・・・何?」

「いやさ、今日な。・・・・ちゃんと別れようと思って。」

え?

別れる?

「違うよ、何目ぇ点にさせてんだよ。はっきり朱音ちゃんと別れようと思うんだ。」

そうだった。
気持ちを確かめ合っておきながら、俺たちの間には大きな問題があったのだ。
俺がそうなるようにしむけた、朱音との交際。
朱音がただの女だったらまだしも、社長との血縁にあるという事実は拭いきれない。
朱音に別れを告げるということは、やはり俺たちの関係も明かすべきなのだろうか。
この一週間、俺たちはずっと考えていた。
俺は、別に隠すつもりはなかった。
隠してもそれは一時的なことで、いつまでも隠し通せるとは限らない。

ただ、言ってしまえばお互い傷つく。
それが怖かった。
啓太も隠さずに話してしまったほうがいいだろう。
しかし啓太が言うには「そのこと」が明るみになって俺が傷つくのは耐えられないそうだ。
会社はもちろん社会からのバッシングを二人とも受けるだろう。
そしてさらに俺は家族さえも失ってしまうかもしれない。
だからカミングアウトするかどうかについては少し考えることになったのだ。

「俺の中で、答えを出した。聞いてくれる?」

「うん。」

「朱音ちゃんと、今夜会う約束をしてきた。その時に言うよ。でも、要のことは言わないつもりだ。」

啓太の出した結論は、「言わない」ということだった。

「啓太はそれでいいのかよ?啓太だけ傷つくんだよ?俺は一緒に非難されてもかまわない。」

「俺は、要の恋人であることを誇りに思っている。だからみんなにいってやりたいさ。でもやっぱり要が傷つくのは許せないから。」

「そんな!俺だけ啓太に守られる立場かよ。」

「いずれ、俺が力をつけて、要を守り通せる位の自信がついたら。きちんと要のご両親にも話したいと思ってる。それでもいいか?」

「俺だって啓太を守りたいよ。」

「要、これは”逃げ”じゃないんだ。いずれははっきりさせたいと思ってる。その時は俺はお前を守るし、お前も俺を守ってくれればいい。それじゃダメか?」

「バカ・・・。どうして一人で苦しもうとするんだ。」

「一人でじゃない。要がいるから、大丈夫だ。」

「俺も、強くなる。啓太を守れるほどに。」

「ああ。」

なんてこった。
本当に、啓太がいとおしくてたまらない。
やっぱり強いよ、啓太は。
そういうところが好きなんだなぁ。

無性にこの気持ちを伝えたくなった。

啓太の輪郭を両手で包み込み、慈しみの気持ちをこめてさすった。
唇を、啓太のそれに寄せた。

「待って。」

しかしキスする寸前に止められた。

「ちゃんと、スッキリしてからじゃだめ?問題を解決したら、真っ先にここに要にキスしに来るから。」

啓太にキスを拒まれたのなんか初めてでビックリした。
でも、なんとも啓太らしい発言。

「わかった。じゃ、代わりにギュってしてくれよ。」

「ギュ?」

「うん。ギュってして。」

俺は少し甘えた声でねだった。
すぐに啓太の優しい両腕が降りてくる。
そして、包まれる。幸せな気分と共に。

この腕に守られて、生きていく安堵感。
そして俺も守っていきたい。


お願いだから


俺たちに幸せを下さい。






ふいに、病室の扉が開け放たれた。
一筋の光と共に差し込むのは、正体不明の暗闇。


俺たちは間違っているのだろうか?

そんなことは、きっとない。

そう信じてもよいのだろうか?






「何・・・してる・・・の?」

甘い幸せの中でそれを引き裂くかのような冷たい声が
俺たちの鼓膜を震わせた。







しあわせな ひびに

たとえ おわりが あったとしても


BACK
INDEX
NEXT
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送