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いっしょに いたい

このおもいを だれに ねがえばいいのですか?







「本当に、いいのか?」

兄の貢が戸惑いを隠せない表情で尋ねてきた。

「ああ、いいよ。親父とお袋に、話があるから時間を作ってくれるようにお願いして欲しい。」

「わかった・・・。」

「それに合わせて外出許可もらうから。面倒かけるけど。」

「いや、別に俺はいいさ。朱音にもよく言っておく。ちゃんと話し合うからって。」

「朱音・・・だいぶショック受けてた?」

「まぁな。今一応検査受けてるけど。ただの貧血だろう。」

「そうか・・・。俺は、酷い男だな。」

貢は、そう言い放った要の顔に得体のしれない悲しみを悟った。
しかしそれは静かな悲しみではない。
傷つきながらも、確固たる思いを秘めた青い炎を感じた。

「それより俺が入院してるって、誰から聞いたんですか?」

「ああ、知り合いの医者がな。ちょうど朱音と外に居た時に会って、要さんはもう退院されたんですか?っていうから。それで慌てて来たんだよ。」

「まぁそうか。いつかはバレると思っていたけどな。」

「それより何で隠してたんだ。もちろん親父達も知らないんだろう?」

「うん・・・。」

本当は、意識が戻った時に、天野先生にも言われたんだ。
ご家族に連絡しておきましょうか・・・と。
けれど俺はその申し出を断わった。
両親に、連絡するつもりはなかった。
啓太のことを知られたくないという気持ちもあったし。
何より弱い自分を見せたくなかった。
これで本当に自分がダメな人間だと、親に思われたくなかった。
変なプライドだ。
とっくに諦めていたはずの親からの期待を、まだ求めていたなんて。

「お袋も、親父も心配してる。それに俺も・・・。心配したんだぞ。」

こんな時にも俺の心は疑惑で一杯になる。
本当に、そうなのだろうか・・・と。
こんなにも家族のことを信頼できなくなるなんて、思ってもみなかった。

「なぁ要。お前は、何を抱えているんだ?」

「別に・・・そんな大した病気じゃないし。知らせる必要もないと思ったから。」

「大した病気だろう。身体的にはすぐ治るかもしれないが、そこまで要を追い込んだのは一体なんなんだ?西垣君と別れたからだけじゃないんだろう?」

「兄さんには、わからないよ。」

兄弟の間には明白な温度差があった。
啓太のことではあんなに熱くなった要が、家族の話題になると温度を失う。
結局、この時最後まで俺は兄に心を開けなかった。

啓太は俺と兄が話している間中口を挟まなかった。
少し離れたところでイスに座って外を眺めていたけれど、絶対に聞いていたはずだ。

「じゃあ、朱音の検査終わったら、帰るから。また連絡する。」

貢はそう言い残すと日が傾きはじめた病室を後にした。

「いよいよだな。」

さっきからずっと黙り込んでいる啓太に声をかけた。

「ああ。」

「後悔してる?」

「何に?」

「俺と、一緒になること。」

そう言った俺の顔は、きっとひどく情けない顔をしていたに違いない。
俺の頭を包み込むように抱いて、啓太は言った。

「バカだな。要は。俺はどう転んでもこれから要と一緒に生きていける。それだけは確かなんだぜ?」






久しぶりに帰った実家は、なぜだかとても大きく感じた。
自分の家だったのに、まるでそうではないように。
少し震えていた俺の手を、啓太は握りしめた。

「大丈夫。だから。」

「うん。」

インターホンを押して数秒後、扉を開けたのは母でなく貢だった。

「みんなもうそろってる。入れよ。」

そう言われて敷居をまたいだものの、「おじゃまします」と言いたくなるように他人の家の匂いがした。
この敷居をまたぐのが、あと一度きり、今日帰る時になるかもしれない。
そんな想いを抱えて居間へと進んだ。

俺が居間へと入るとソファに父と母、朱音が座っていた。
父は難しそうな顔をして。
母は少し疲れた顔をして。
そして朱音は痩せたみたいだった。けれども明らかな怒りを示すように眉を寄せていた。

「ただいま。」

俺は家族にまるで現実感の伴わない声で帰宅を告げた。

「社長、おはようございます。」

「ああ、おはよう。とにかく座りなさい。話があるんだろう。」

「はい。では失礼します。」

部屋の中には言い様のない緊張感が満ち溢れていた。
啓太と俺が席についてから10秒ほど沈黙が訪れた後、俺は口を開いた。

「今日は親父たちに言わなければならないことがあって来たんだ。」

「一体どういう話かね。」

「実は俺・・・ここにいる西垣啓太さんと、交際しています。」

事実を告げた瞬間、それを知る貢は複雑な表情を浮かべ、朱音は射るような鋭い視線を俺に向けた。
一方そんなことは晴天の霹靂であろう母親は、口元に手を当てて息を飲んだ。
しかし父親は、まっすぐな目で俺の目を見据えた。

「私は。知っていたよ。」

父親は、信じられないような一言を発した。
まさか。
あれだけ秘めやかに付き合っていたのに。

「どう・・・して。」

そう言ったのは朱音だった。

「どうしてしっていたのに私と啓太さんを引き合わせることを許したの?ひどいわ・・・おじさま。相手がホモだって知ってて・・・。」

「偶然見かけたんだよ。要、家の前の車の中で。君達二人がいる所をね。」

「あなた!どうしてそんなに冷静なんです?実の・・・実の息子がそんなこと?信じられない!要がそういう人間だったなんて・・・。要、コレは何かの冗談でしょう?嘘と言ってちょうだい!」

母親は事実を確認した今、随分と取り乱しているようだった。

「嘘じゃない。俺は啓太とそういう風に付き合っています。」

「私はこういう話題には意外とリベラルな方でね。確かに驚きはしたが、要の決めたことなら何も言わないつもりだ。確かに私も西垣君は素晴らしい人間だと認めている。朱音が惚れるのも仕方がない気がする。朱音に紹介するように言われた時も、特に干渉するつもりはなかった。朱音がうまくいったと聞いて、要とは別れたのかとは思ったが。」

「あなたは認めるの?こんなことってないわ!私は認めませんからね!」

「私だってそうよ!私にあんな恥をかかせたんだから。絶対に許さないんだから!」

「そういう訳だ。」

父親は落ち着きはらった声で結論を下した。

「私は、要と西垣君が交際することに反対はしない。二人とも厳しい道を歩くという覚悟はあるだろう。こうして親に話しに来るぐらいだから。まぁ朱音とのことは当人同士の問題だ。それはそれで決着をつけなさい。一番の問題は・・・さや子だろう?要。」

父親は母親<さや子>の肩をそっと抱いた。

「私は子供を愛する以前に妻を、さや子を愛している。だから私が認めるという考えを強制することはできないよ。こういうことは、やはりどうしても嫌悪感を感じてしまう人間がいるのは仕方のないことだ。つまり、さや子が納得できないのなら・・・君達の仲を許すことはできない。これは夫としての、一家の長としての意見だ。」

父親の話を、俺はじっくりと聞いていた。
必要以上には干渉しないという彼のスタンスは、こんな時にも守られていた。

一堂の注目は母親へと注がれた。
母親は青ざめた顔で、足元の一点を見つめていた。

「ダメ・・・よ。そんなこと・・・許せるわけないでしょう?」

母親からは一向に肯定的な言葉は出てこない。
俺も何とか説得しようと、言葉を発しようとした。
しかし思うように言葉が出ない。
俺が言葉を出そうとする前に、隣から力強い意思を持った声が発せられた。

「お願いします。俺たちはいろいろと回り道をしてきました。きっとこれからもつらいことはたくさんあると思います。でも、それでも俺は要さんと一緒に生きていきたい。本気で、彼を・・・愛しています。俺達を許してください!」

啓太・・・。

『一緒に、生きていきたい』

今の俺たちにとってそれ以上の言葉はなかった。

まっすぐな言葉が俺の胸を貫き、思わず涙腺が緩む。
瞳から溢れ出した一筋の雫を拭おうと、両手で顔を覆った。

「母さん・・・俺も、啓太と生きていきたい。今までコンプレックスだらけだった俺に、啓太は生きる力を与えてくれた。彼と一緒なら、がんばって行けるような気がするんだ。いろんな人に迷惑だし、傷つけることだって分かってる。それでも俺はそうしたいんだ。」

俺は母親に向かって深々と頭を下げた。

「お願いします。俺たちの交際を、認めて下さい。」

渾身の願いをこめた。
決して容易に受け入れられる話ではない。

それでも・・・俺は・・・。

顔を上げると母親は依然として青ざめた顔をしていた。
両手をぎゅっと握り締めている。

「だめ・・・やっぱり。信じられない・・・嫌よ。」

そう言うと、立ち上がってリビングルームを出、2階へと上がっていった。

やはり、駄目なのか。
今までのように啓太と一緒にいることができなくなる。

階段の音を聞きながら、俺はそれを認識した。






いっしょに いたい

このねがいは かなえられることは ないのですか?


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