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これで いいんだ

もう はなれることは できないから







空は 晴れ渡っていた。

退院してから2週間がたった今日、俺はがらんどうの部屋の扉を閉めた。
もう荷物は送ってしまっている。
手元にあるのはボストンバック一つだけだった。

家から出て、無駄な劣等感から逃げ出したこの部屋。
最初に啓太と体を重ねたのもこの部屋だった。
お互い男とするのは初めてで、どうしたらいいか分からなくて随分時間をかけた記憶がある。
俺が痛がってしまったからいけないのだけれど、一苦労した。
やっと一つになった頃には空が明るくなりかけていた。
こうして部屋の扉を閉めると、なんだかこの部屋の中にはそういった思い出であふれかえっているような気がした。

今日14時の新幹線で大阪に発つ予定だった。
啓太とは13時半に新幹線のホームで待ち合わせる予定になっている。
少々感慨に浸りながらも、俺は住み慣れた街を後にした。

東京駅までは私鉄とJRを乗り継いで役40分ほどで着く。
昼間の空いている車内の中、椅子に座ると少しの間うとうととしてしまった。
昨夜はあんまり眠れなかった。
これからの生活への期待。そして不安。家族への罪悪感。
すべてが入り混じって複雑な心境だった。
どの気持ちが一番大きいかと言われても、答えられない。

本当に、いいのだろうか?

ここ最近、この問いを何度も自分にしてきた。
もちろんその答えは常に「yes」である。
なぜなら俺は俺自身が望んでそう決めたから。
しかしそうとは分かっていながら俺は自分自身に問い掛けることをやめれなかった。
これは、迷いなのだろうか?
いつも迷いなど吹き飛ばすように、いつしか俺は意識して自分に言い聞かせるようになっていた。

電車の揺れは心地良く、乗ってしまうとすぐに東京駅についた。
新幹線の改札までは少し歩く。
自動改札に切符を入れてホームへと入っていった。

エスカレーターを上るとだんだん緊張してきた。
心臓の音が聞こえる。
エスカレーターを上り辺りを見渡すと、乗車を待つ人で込み合っていた。
そんな中すぐに見つかる。見慣れたシルエット。
長身の、俺の恋人。
片方の手をコートに突っ込んで立っていた。
すぐ、視線がぶつかった。

「おはよう。」

なぜか緊張した声が出てしまう。

「おはよう。よかった・・・来てくれて。」

ひどく安堵した啓太の声。

「なんだよ。当たり前だろ。」

「そうか・・・そうだよな。」

俺たちは何かいつもと雰囲気が違った。
それだけ今から俺たちがしようとしていることの重みを感じているのだ。
新幹線がホームに入るまで、二人は無言だった。
今のこの気持ちを何て表現したらいいのだろう。
本当に、僕らは遠い所へ行くんだという実感は希薄だった。
まるで旅行にでも行くかのような、そんな感じ。
けれどももう後戻りはできない。ちょっとした怖さも感じる。

やがて、俺たちの乗る新幹線がやってきた。
新型の新幹線のフォルムがとても美しく感じた。

乗り込み、席に座る。
発車までは10分ほどあった。
車内は結構混んでいて、すでに席の7割近くは埋まっている。
出張へ行くサラリーマン、旅行に行くような主婦の集団、若い人もいる。
そこは日常的な空間だった。
その中で、自分は日常とはかけ離れた気持ちでここに座っているのが不思議でたまらない。
どこか現実的ではない、浮遊感を感じていた。

これから、俺は家族を捨てて、生きていくんだ。



















そう、決めたんだ。



















そう、決めたのに。



















俺は何気なく見ていたホームに、いるはずのない人物を目にした。

うそ・・・。

どうして・・・。

俺はまったく理解できなかった。
思考が渦を巻いて混乱を始める。
まさか、こんな所に「家族」が来るなんて・・・。




「要、本当に・・・いいのか?」

啓太はそれを知っていたかのように聞く。
本当に、家族とすれ違ったままでいいのか、と。

「どう・・・して・・・?」

「俺が、教えた。」

「何で?」

突然の出来事にまともな言葉も出なかった。

「要はさ、俺のこと『唯一』の存在だって言ってくれた。それは俺にとっても同じだし、その気持ちがホンモノだって事、信じてる。」

当然だ。
俺は啓太の他に欲しいものなんてないんだから。

「でも、本当にそれでいいの?」

「いいよ。俺は啓太がいれば何もいらないって・・・言ったじゃないか。」

「そうだな。要のその気持ちは俺もすげぇ嬉しい。でも、俺は要はもっと欲張りになるべきだと思うんだ。」

欲張りに・・・なるべき?

「要が俺のことをすごく大切に思ってくれているのは分かってるけど、それと同じくらいに家族を求めていることに・・・気付いたんだ。」

「そんな・・俺は家族よりも啓太がいてくれた方がいい。」

「要は俺の前ではほとんど家族の話をしなかった。それはずっと家族に対して無関心だったからって思ってたけど、本当は誰よりも家族を求めていたんじゃないのか?」

「そんなのは求めてない!とっくに、手に入らないものだって諦めていたんだ。」

「諦めるなよ!俺は小さい頃要がどんな家族の中で過ごしてきていたかは知らない。だけどこの前要のご両親に会った時、すごく要のことを大事にしてるって感じた。」

「啓太には分からない!俺がどんなにあの人たちに愛されずに育ってきたのか。・・・何も、知らないじゃないか。」

「違う!それは要が心を閉ざしているからだ。」

「違わないよ。啓太だって見ただろう?親父は俺が何をしようと関係ないんだ。それに、母さんだって・・・きっと息子がホモだなんて許せないんだ。」

「ご両親は、絶対に要に関心がないわけじゃない。きっと、すごく愛しているよ。」

「そんなの信じない。」

「この間、社長と貢さんが俺のところに来たよ。」

寝耳に水だ。
まさか父親と啓太がコンタクトをとっていたなんて。

「俺が辞表を出して、大阪に行くことを貢さんから聞いたらしい。貢さんは・・・俺たちがどこかに行こうとしていることをうすうす感じ取っていたみたいだった。だから社長に説得したらしい。俺と要のことを許して欲しいってな。」

「兄さんが・・・?」

「貢さんは、要があんなに必死になって何かを求める姿を初めて見たっておっしゃってたよ。そんな必死な要を、俺から引き離すことはできないって。それに・・・今まで要が家族に対して孤独感を抱いていたことも、気付いたって。」

「それで、親父とはどんな話をしたんだ?」

「要を連れて行かないでくれって、頭を下げられた。」

頭をハンマーで殴られたような衝撃が走った。
あの親父が、俺のことで頭を下げるなんて信じられなかった。

「うそ・・・だ。」

「そんなことを言われても、俺は要を手放すつもりはないって言ったけど。」

「それで?」

「社長は今までの要への接し方を随分悔やんでいた。今までよかれと思って要に干渉しないように育ててきたが、それは要にとって孤独感を生むだけのものだったことに気付いて。今回もそのまま要の思う通りにさせてやりたいけど、このままじゃ家族はきっとすれ違ったままになってしまうって。最後には俺が要と一緒になるということは認めるが、もう一度家族をやり直すチャンスが欲しいとおっしゃってた。お母さんとも良く話し合うって。」

親父が、そんな風に思っていたなんて。
長い間分厚い氷で覆われていた心が、溶け出しているのを感じた。

「俺はこの電車の時間を教えたよ。そして要には僕から話をすると。」

「何も、こんな急に言わなくても。」

「ごめん・・・なかなか言い出せなくて。俺は要から家族を奪うことにすごく罪悪感を抱きながらも、本当は心のどこかで要を俺だけのものにしたかったんだ。だから・・・言うのが怖かった。」

「どうしよう・・・俺。」

「人間には、『唯一』なんてないんだよ。要は俺のことを『唯一』の存在だって言ってくれたけど、要にとって家族も一つだけだ。何ていったらいいかわかんないけど・・・俺たちにとって大切な人は一人だけじゃなくて、たくさんの大切な人と生きてくんだよ。要にとっても『唯一』と思えるくらい大切な人は、きっと俺だけじゃないだろう?」

俺は無言で涙を流した。
啓太だけいれば、何もいらないと。
そう思っているのに、俺はずっと前から家族が欲しかった。
それも事実で。

「俺、大阪で待ってる。要がちゃんと家族を取り戻して俺の元に来るのを待ってるから。降りろよ。」

「啓太・・・。」




そろそろ発車の時刻が近いようだった。
車内アナウンスがそれを告げている。

「行けよ!早く。」

「啓太・・・ありがとう。愛してる。」

「また、後で。」

一瞬、ふれるようなキスをして俺は自分の荷物を手にとった。
発車のベルが鳴る。その音を聞きながら。

俺は家族を取り戻すために、新幹線を降りる。
親父と、母さん、それに貢が・・・・・・・俺を待っていた。







おれは かぞくを とりもどせるのだろうか




きっと だいじょうぶって

くちびるに のこる かんしょくが おしえてくれた


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