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額にひんやりとした感触がして目を覚ました。
どうやらジェフが冷たいタオルを替えてくれたらしい。
気分は、だいぶましになっているらしいが、それでもまだ全身がだるい。


「ごめん・・・。君は忙しい人なのに。」


「ああ。目が覚めたか。病人はそんなこと気にせずにゆっくり休め。酷い熱だったんだからな・・・。それに、体も。」


体を見れば何があったか、すぐに分かったであろう。
乱暴にあの男を受け入れていた場所はおそらく切れていて血が出ていただろうし、解放されてから適当に服を着て出てきたから幾度となく受け止めたはずの残滓は注がれたままだった。
それに、体中に明らかな暴行の傷跡が残っているはずだ。
キレイなパジャマに着替えられ、体にも不快感がないことから想像するに、ちゃんと清めてくれたに違いない。


「ほんとにゴメンね。たぶん、汚い所も・・・その・・・キレイにしてくれたんだろ?」


「誰だ?」


ジェフの声色が変わった。明らかに、怒りを含んだその声で事の真相を問う。
この時の僕は、ただ一つのことしか頭になくて。
どうやったらジェフのこの問いをかわす事ができるだろうかと、そんなことばかり考えていた。
あの男の目はどう見ても尋常じゃなかった。浩樹の子供に危害を加えるというのも、ただのハッタリではないかもしれない。
あの温厚で、自信に満ち溢れていたかつての和人君を、あんなにまで変えてしまうなんて。
だからもう、僕はそれがどんなに屈辱に満ちたことであろうとも、受け入れる覚悟はできていた。
心配してくれる愛すべきルームメイトにも、きっと嘘だとわかってしまう愚かな嘘を紡ぐのだ。


「ごめん・・・。実は・・・俺、好きな人ができてさ。今まで利害の一致とはいえ、僕なんかを抱いてくれたジェフには本当に感謝しているんだけど・・・その・・・。昨日好きな人と寝てきたんだ。」


我ながらとっさに出たとはいえ馬鹿らしい嘘だと思った。ジェフは顔を顰めながら、僕の科白を聞いていた。


「嘘だな。どうして嘘をつく?こんなに酷いことをされて!脅されているのか?」


「違う・・・!決してそんなことはないんだ。・・・その、ちょっと・・・彼結構そういうの・・・何て言うか、激しいプレイが好きな人でさ。」


僕のたどたどしい言い訳を、思いっきり疑いの目で見つめながらも、話を聞いてくれる。


「好きになった相手がたまたまドSだってか?そんなヤツとは別れちまえよ。こんなに傷つけられて、嫌だろう?」


「・・・いや、僕も、きっと・・・ヘンタイなんだろうね?好きな人とヤったからかな?・・・なんて、言い訳かもしれないけど。酷くされてすごい感じてたんだ。・・・うん。すごく、ヨカッタし・・・。ちょっと、熱まで出して君に迷惑をかけたのは不覚だったかもしれないけれど。次からはもうちょい加減してもらうように言うから。・・・だからそんなに心配しないで?君も、僕になんか気兼ねしないでまた、昔みたいにステディを作りなよ・・・なんて、勝手かな?」


僕がしゃべる分だけ、ジェフは無口になっていく。
怒っているのだろうか?こんな自分勝手で、浅ましい僕に。


「ホントに、好きなんだ。何をされても構わないくらいに、彼のことが。彼の幸せを守るためだったら、僕は何でもする。・・・だから・・・。」


お願いだから、信じて。




ホントに、今でも好きなんだ。何をされても構わないくらいに、浩樹のことが。浩樹の幸せを守るためだったら、僕は何でもする。
僕にはそれくらいしかできることはないのだけれど。
決めた道を、歩かせて欲しい。
だから・・・ジェフにはどうしても悟られずに事を進めるしかないんだ。

「わかったよ。ユウキがそれだけ言うなら、一応信じるけど。体を壊すようなマネだけはやめろ。ルームメイト命令だ。」


ジェフはそう言いながら、僕の髪を優しく撫でた。

きっと、この手だけが、今の僕を優しく包むたった一つの温もり。


















"あなたが苦手な音は何ですか?"


ガラスを擦るキィーという音。歯医者の削る音。
そんなものが、確かに昔は苦手だった。
しかし最近もっと怖いと感じる音がある。




ジェフと部屋で夕食を取りながら、僕は気が気ではなかった。
明日は休日だ。以前はそんな日はジェフと二人でか、あるいは共通の友人と出かけたりして楽しく過ごしていたのだが、今の僕にはそんな意味は持たない。
そんな僕の危惧をよそに、無情にもあの音は鳴り響いた。

TRRRRR・・・・・・・

きっと、かかってくるだろうと思いながらも、いざかかってくるとビクっとする。
携帯の呼び出し音に、いつも肩を揺らして怯えてしまう僕に、ジェフは気付いているに違いない。
僕は慌てて自分の携帯電話を手にとると、自室へと入った。
ため息をつきながら通話ボタンを押す。


「・・・もしもし・・・。」


『俺だ。今から来い。』


彼はまるで絶対の君主のように、僕を扱う。いつもの電話でも、言われる言葉は同じだった。そして、それに抵抗することを僕は知らない。


「わかった。」


僕がそう言うと、電話はすぐに切れた。
モタモタしているわけにはいかない。すぐに行かないと自分に課せられる仕打ちが増すだけなのだ。
僕は自分のベッドの上に投げ出されたままの鞄を取ると、そのまま出かけようと玄関へと向かった。


「おい、出かけるのか?メシの途中だろ。」


「カズトが、今からメシ食おうって。ごめん、久しぶりに一緒にご飯食べれたのに。僕の分も食べちゃっていいから。」


これ以上ここにいると、嘘が暴かれてしまいそうで、焦って部屋を飛び出した。
ジェフに優しくされると、僕は弱くなってしまう。それじゃ駄目だ。
痛切ない気持ちを押し殺すようにして、必死に歩いた。和人君のアパートはここから歩いて20分くらいの、近い所にある。
この20分がどうしようもなく嫌だった。今日は何をされるのだろうかと、そんなことしか考えられない。
僕が最初より従順なためか、縛られたりするようなことはなくなった。しかし体の見えないところには相変わらず暴力が振われたし、罵声も浴びせられる。ありとあらゆる道具を使われることもあった。
早く僕の体に飽きて欲しいと願いつつも、行為がどんどんエスカレートしていく焦りも感じている。
ジェフには体調に留意するようにと、口がすっぱくなるほど言われているのだが、正直健康面については自信がない。
和人君に陵辱されることから来る肉体的、精神的疲労はハンパなものではない。
それに、彼から解放されているときも、いつまた電話がかかってくるかヒヤヒヤしながら電話の存在を気にしている。


少々血の気のない頭を、叱咤しながら、前に進む。
自分が崩壊していく様子を、じわじわと感じながら。
そんなことなら、いっそ、一気に壊してくれと
自虐趣味な自分を嘲笑した。

考え事をしながら歩いていると、時間が早く過ぎるもので。
僕が奴隷として過ごすあの男の住居が、視界に入ってきた。

いつだったか、浩樹と月明かりを見ながら抱き合ったこともあったけれど。
そんな日と同じような明かりを放つ月を見て、随分な皮肉だと感じた。






一体、いつまで、僕は・・・。






月は、ただ光を与えるだけで、その答えは教えてくれなかった。






         

※ATTENTION※
次項には暴力的な表現が含まれます。苦手な方はコチラからお進みください








2005/4/19












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